第32話 必ずお前を追い詰める

 ボウリング場を後にした俺達は近くのカフェに入っていた。

 勝負に負けた俺は約束通り実乃里にソフトクリームを奢るために喫茶店へ立ち寄ったのだ。

 2人でメニュー表を見て、実乃里はチョコソフトを、俺はブラックコーヒーを注文する。


「実乃里ってスポーツ全般苦手そうなイメージがあったけど、ボウリングめちゃくちゃ上手くて驚いたよ」


「正直私が1番びっくりしてるんだよね、まさかあんなに上手くいくなんて思ってなかったしさ」


 自分の今まで知らなかった才能に今日初めて気付いた実乃里は、 意外そうな表情でそう話した。


「本気で極めたらプロボウラーになれるかもよ」


「そうかな? もし就職活動に失敗したら考えてもいいかもね」


「実乃里が就活に失敗する姿とか全く想像できないし、そこは心配しなくても大丈夫だろ」


 ちょうどそう言い終わったタイミングで席にチョコソフトとブラックコーヒーが運ばれてきたので、早速俺達は食べ始める。


「そう言えば、実乃里は就職どうするの? 俺は商社とか外資、金融機関辺りを志望してるんだけど」


 先程の会話の中で就職活動というワードが出てきて、実乃里の将来が気になった俺はそう聞いてみた。

 すると目の前に座る実乃里は、チョコソフトを食べながら俺の質問に答え始める。


「私は地方公務員が志望なんだよね。だから授業以外に公務員の対策講座も4月から受けてるんだ」


「地方公務員って事は、市役所とか県庁辺り?」


「そうそう、だいたいその辺りを志望してる感じ」


 公立学校の事務職員や警察官、消防士なども地方公務員に該当するが、俺が想像していた通り市役所職員や県庁職員を目指しているようだ。


「結構公務員試験の勉強が大変そうだな。都道府県や市区町村によって違うんだろうけど、受験科目が結構広いって聞くし」


「そうなんだよね。科目は多いし、絶対倍率も高いしで、試験はだいぶ先だけど今から緊張してるよ」


 公務員はかなり人気だと聞くので、緊張する気持ちは分からないでもない。

 まあ実乃里のような真面目な人間であれば公務員試験に落ちるような事には絶対ならないと思うが。


「でも地方公務員なら地域に貢献できる仕事だし、安定してるってよく聞くから選択肢としてはありだよな」


 そんな事を話しているうちに2人とも食べ終わったので会計をするために荷物をまとめていると、窓の外で嫌な人物の歩いている姿が目に入り、俺は顔が強張る。

 そう、それは俺が先日地獄に落としてやると決めた男、秋本だった。

 ガラの悪そうな男女と歩いているため、絶対に絡まれたくないのだが、幸いな事に向こうはこちらに気づいていない様子だ。

 俺の異様な様子を見た実乃里が、その視線の方向に目を向けた瞬間、顔が青ざめる。


「な、なんであの人がこんなところに!?」


 実乃里の視線は他の2人では無く秋本に向けられているのだが、その表情には強い恐怖の感情が浮かんでいた。

 秋本達はそのまま路地裏へと消えていき、ついには姿が見えなくなったのだが、実乃里は怯えたままだ。


「落ち着いてくれ。もう大丈夫、居なくなったから」


 俺は実乃里を強く抱きしめ、なんとか落ち着かせようと試みる。

 しばらくの間は震えていた実乃里だったが、俺の努力の甲斐あってかようやく収まり、ゆっくりと口を開く。


「……私はあの人から、秋本仁先輩から何年も酷い嫌がらせを受けてきたんだよ」


 席に座り直し実乃里の話を聞くと、なんと秋本と地元が同じであり、小学校や中学校時代にいじめられていたのだ。

 きっかけは小学校の登校班で、上級生である秋本から目をつけられ、色々と嫌がらせをされていたらしい。

 だんだん嫌がらせがエスカレートして大きないじめに発展し、それが原因で実乃里は精神的にかなり追い詰められてしまったようだ。

 そのせいで男性に対して強い苦手意識が生まれてしまい、元々志望していた男女共学の高校を諦めて女子校に行かざるを得なくなったらしい。

 トラウマから秋本の顔は何年経った今でも忘れられないらしく、外を歩いている姿を一目見た瞬間に気付いたのだろう。

 以前初詣の際、成人式の話題を出した時に”私は行かないつもりだよ、地元にはあんまりいい思い出がないからさ”と悲しそうな表情で言っていた理由はこれだったと、俺はようやく理解する事ができた。

 こんな酷い過去があるなら同級生だらけの成人式に出たく無いと思うのも当然と言えるだろう。

 この話を聞いた俺は、心の底から腹が立つと同時に秋本に対して激しい殺意を覚えた。

 秋本を地獄に落とす理由が1つ増えたと言っても過言では無いのだ。

 すっかりと遊ぶどころでは無くなった俺達は、実乃里を慰めながら家まで送り届けて解散した。

 実乃里を徹底的に追い詰めて、登校拒否になる寸前まで追い込んだ秋本は本当に許せない。

 確か秋本は”次何か大きな問題を起こしたらサークルの公認を取り消して解体するとまで言われた”と話していた事を思い出す。

 自分が代表を務めるサークルが解体されるような事になれば大ダメージになるに違いない。

 俺は秋本の弱点になるような何かを探して必ず追い詰めてやると決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る