「魂」
「お話……と申しましても……」
祐司はいつも通り困った。
何しろ初めましてで、一曲歌い合っただけの仲である。
素性を聞くほどバカではないが、では一体何を話せば良いだろうか?
クラフは変わらずふんわりと笑い、
『うん、君が戸惑っていることはわかるよ。急に言われても、ふつうニンゲンはあまり思いきった質問はしてこない。
でも、これは、なんらかの話をするということではないよ、『青の瞳』の少年、祐司くん。これは僕らからのお礼なんだ。手伝ってくれたからね』
『つまり、なんにでも答えてあげるってことよ』
「それって、この、俺の目についてもですか?」
『ええ、もちろん。ただし、質問には答えるけど、上手な質問じゃないと必要な答えは出ないかも』
そう答えるミア。
ひなたは腕を組んで考えて、そして何かを思いついたらしく、
「私は、そうだな、あとでにしようかな~」
めずらしく迷うように言って、林立する書棚の方へと歩いて行った。
祐司はそれを見送って、二人に向き直る。
「俺が聞きたいことは一つだけです。
――この『青の瞳』は一体何なんですか。捨てたりできないんですか」
『え、その目、要らないのかい?』
ぱちぱちと湖水の瞳を瞬かせながら、心底不思議そうにクラフが問う。
「俺には過ぎた力です……それに、今の世の中じゃ、魔法を使える方がちょっと変なんだ」
言い捨てた祐司に、そうなのか、というようにクラフは頷き、
『だったら、
「!?」
ごく普通の会話として彼は続ける。
『要らないのなら、僕が使うよ。ミアだって欲しいよね?』
『そりゃね。そんな魔力の固まり、ほっとくなんてもったいないわ』
『視力用には別の目を繋いであげるからさ、くれるとうれしいな』
そういって、さっきと同じように微笑む。
「奏者」という肩書きは、「魔法書の癒やし手」だというだけである。
彼らは敵でもなければ味方でもない。
"ニンゲンの範囲外から来た存在"だ。
「……――ちょっと、考えますので……」
『うん、いつでも言って。クロトが文句を言うかも知れないけど』
『けっこう怒られると思うから、諦めた方がいいわよ、クラフ。
――さて、じゃあ質問に答えてあげる』
ミアは再び椅子に腰掛け、しなやかに足を組む。
『――『青の瞳』は、魔力の具現化。とても稀少で、重要な存在。
辞書で引けば、まあこんな感じかしら』
『そうだね。付け足すと、おかげで、君の体と「魂」は、割と頑丈で魔法を使いやすい。でも、その瞳を欲しがるものはたくさん居るから、それに対処できないと生き続けるのは難しいかも知れないね』
再度怖いことをさらっと言う長様である。
しかし、クラフの発言にどうもひとつ慣れない言葉があった。
「あの、「魂」が頑丈って、どういう意味ですか? 「魂」ってあるんですか?」
ミアとクラフは同時にぱちくりと瞬いた。
思わずというようにミアが問う。
『え、本気で言ってる? 魔力と「魂」についての認識がその程度?』
「「魂」……というのは、その、存在してるか微妙ですけど……」
言うとミアは途端に大声でどなった。
『ああもう! ガッコウってのはこれだから困るわ! クロトに文句言わなくちゃ。基本もなってないじゃない』
ふん、と息を吐きながら足を組み替え、
『そこの、ありあまる魔力を持つ『青の瞳』さん。あなたは魔法を行使するにはどうすればいいかを知っているかしら?』
「え、えーと……? 魔力を使うんですよね?」
『そうね、大体そんな感じ。で、魔力ってなにかしら。
そもそも、"なぜ魔力が存在するか"、考えたことがある?』
「えと……」
全然考えたことないです。知りもしません。
と、言いたかったけれど、またミアが怒りそうだったので黙る祐司。
クラフは相変わらずにこにこしたままだが、ミアは腕組みをしてきりりと眉をつり上げている。
けれど、彼女は口を開いた。話をすることに決めたようだ。
『――――昔々のお話よ』
「は、はい」
『おそらく今、あなたが思ってるよりずっと前。ニンゲンが存在するかどうか怪しいくらい昔の話』
紀元前、というやつだろうか?
歴史にも弱い祐司は曖昧な知識でなんとなくそのあたりを想像してみた。いまいち具体的ではない。
『ああ、このへんは、ニンゲンの歴史には載らないものだから、あんまり想像しても無駄よ』
「?」
『アレがあってから、ニンゲンはニンゲンになったわけだしね』
もしかしたらもっともっと昔、ホモ・サピエンスとして歩み始めた頃かも知れない。
『ともかく、昔々、ニンゲンの一族は滅びの一途をたどっていました――』
ミアが言うには、こうだ。
人類は、滅びようとしていた。
おそらく何かに祈り、何かを願い、諦めようとして諦め切れず、けれど数を減らしていた。
そこに、とある存在がやってきた。
やってきたのは、「別世界からの旅人」。
『"世界"がたくさんあることは知ってるわよね。おなじように、滅びそうな世界があったのよ。
「それ」は時空を超えて、別世界に来るほど困ってたってことね』
二つの種族は、苦境を共にした。
「旅人」は「ちから」だけの存在になり、ニンゲンに「ちから」を与えた。
そうして人類は苦境を乗り越えた。
これが、「魂の統合」である。
『ニンゲンは生き残った。その代わり、「魂」をもつこととなった。「ちから」――「魔力」によってね』
「ほえ……」
間抜けな声が出てしまった。
つまり、この世界には「魂」が存在し、それは大昔得た「魔力」の作用によるものということだ。
魔法の薄れかけているこの世界では、「魂」を感じ取れるひとが少ないのも頷ける。
『わかった? 「魂」を持つのはほかの種族の協力あっての話。魔法を使えるのもそのおかげ。
だから、あなたの『青の瞳』は稀少で重要なのよ。「魂」を持つことができる――「存在」を確定させられるからね。
あなたたちがいう『不明存在』っていうのは、ほとんどそれが狙いね。「魔力」、ひいては「魂」がほしいのよ。存在が曖昧だから、「魔力」
『あーあ』と姫は割合本気のため息をつく。
『『青の瞳』が人間の体に入ってるなんて……もったいないの極みだわ。
宿主が死んだら「魂」も消えちゃうし』
「はぁ……」
なんだかちょっと怪しいことを言われたが、とりあえず、死後誰かに目だけを持っていかれることはないようだ。
「(――って、それって目を取られるなら生きたままでってことじゃん!)」
ものすごく嫌な結論に行き着いたところで、スピーカーからチャイムが鳴った。
まもなく下校時刻である。
「せんぱーい、帰りませんかー?」
ひなたが消えたあたりの書棚に呼びかけると、
「うんとねー、今日はもうちょっと姫様と長様としゃべって帰るー」
姿の代わりに声が返ってきた。
祐司はそういえば顔見知りだったんだっけ、と思いあたり、
「わかりました、鍵はお願いしますね」
「はいはーい」
そう返事が返ってきたことにひとつ頷き、
「では、お先に失礼します」
と、姫と長にきちんと礼をし、鞄を持って部屋を辞した。
『……あの子の素直さはちょっとびっくりするわね』
「気を遣ってくれるタイプなんです。そういうところは鋭いし、
言いながら、本を探していた様子のひなたは空手で姿を現した。
クラフは今までとは異なる頷き方をした。使命のある頷き。
ミアは肘掛けに片手をつき、華奢な顎に指を当てる。
『さて、それじゃいつも通り、『闇喰い』を出してもらいましょうか――』
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