部活内容:妖精と精霊の『唱歌』
うひゃー、と祐司は指揮棒を受け取ってこたえる。
「あのー、俺めっちゃ歌ヘタなんですけど……?」
クラフは微笑み、
『大丈夫だいじょうぶ。『青』に指揮してもらえたら、ずいぶん楽になるから』
「指揮棒の使い方は……」
『そんなに気にしなくても平気だよ。四拍子ならどうかな?』
「それなら、なんとか、がんばります」
肩を軽く叩かれ、緊張で少し顔の赤い祐司である。
「でも、その……歌、を、歌うんですよね? てっきりもっと他の魔法があるのかと思ってたんですけど」
なんとなく、ミアとクラフ、ついでにクロトも居れば、大抵のことはできてしまうんじゃないかと思うのだが。
祐司にクラフが微笑んだまま解説する。
『わざわざ僕らが「奏者」と呼ばれるのにはちゃんと理由があるんだ。「音」に重要な意味がある、と言ったけど、一番手早いのがこの方法なんだよ』
『見ればわかるわ。つまり、軽くこんな感じね』
ミアが立ち上がる。
そして深く息を吸い、口を開いた。
――――――。
高く伸びる、妖精の歌声。
魔力を乗せた声は図書室中に響き、魔法書だけが自身の在処を示すように、かたかたと震えている。
ふっと声が途切れると、魔法書はまた知らないふりで書架に収まった。
『――と、まあ、こんな風に私ひとりでも、ある程度はできるわけ』
クロトが引き継ぎ、
「でも、それだと時間も労力もかかるからね。私たちもお手伝いするってわけだ」
「あのね、ミアさんほどじゃないけど、私、けっこうこの魔力の使い方、自信があるんだ」
えっへん、と胸を張るひなたである。
おお、セーラー服が持ち上がって素晴らしい景色。
とは考えないぞと思う間もなく考えている、どうしようもない祐司である。
「えっと、じゃあ俺は……。
と、いいますか、そもそもリズムを取る必要はあるんですか?」
なんとなく自分のお荷物感がぬぐえない。
クラフは頷き、
『それも重要だけど、それだけじゃない。魔力の方向を導くのが「指揮者」の役目だよ。この世界でも、指揮者は多くの楽器に音色や抑揚を指示するんだろう?』
「あー、授業でそんなことを聞いたような……」
記憶を掘り返しつつ、しかしそれを自分ができるのか。
祐司の不安は増すばかりだが、ここは腹をくくるしかなさそうだ。
四人からの様々な……実に様々な視線を受け、祐司は頷いた。
「「指揮者」、お受けします」
四拍子くらいなら小学校の時にやったはずだ。たぶん。
そこにクロトが、「おっと」とわざとらしく口を挟んだ。
「忘れていたよ、もちろん『青の瞳』を使いながらやっておくれよね。これも部活の一環だからさ」
「え!? えーと……」
祐司は少し考え、
「! わかりました。さっき本を読んだようにするんですね」
「そういうこと。できるかな?」
「んん……何か取っ掛かりがあれば……」
ひなたがすすっと隣に来て、
「ゆーじくん、大丈夫。まずは「場」を整えるところからやってみて。ちゃんとみてるから!」
ぽん、と肩を叩いてにっこりと励ましてくれた。これはがんばらなければ。
ありがたくその言葉に頷くと、祐司はまず深く呼吸をした。
体の奥底、心の深く、見えない場所にあるその力に触れて、呼びかける。
「『青の瞳』、内なる力よ」
それを喚起するための呪文は、自然と溢れてきた。
「"我が名に於いて命ずる、『青』よ、――満ちよ"」
いつの間にかいつもの杖が手の中にある。
トン、と足元を突いた。
すると、
――――ァアアァアァ。
音を立て、波のように床一面が青く透明な光で覆われる。
図書室が祐司の魔力で満たされたことが、誰にもわかった。
『あら、まあまあやるじゃない。けっこう練習してるのかしら』
「百本ノックのおかげかなあ」
「それはどうでしたっけ?」
『やっぱり『青』は僕と似ているね。「与える」方向だ』
四人がそれぞれいろいろ言っているが、それでも集中が切れない。
一番変化があったのはここかもしれないな、と本人は胸のうちで思う。
以前は魔力の存在も流れもつかめず、思うとおりにするにはずいぶん荒っぽい手段でしかできなかった。
だが、今ならおそらく自分の腹に杖をぶっ刺すような手段以外を選べるだろう。そんな自覚が、静かな自信がある。
祐司が顔を上げると、変わらず四人の視線が集まっている。
それを受けて、祐司が右手の指揮棒を掲げた。
その動作ひとつで、全員が肩幅に足を開き、深く息を吸う。
本当に自分は「指揮者」なのだ。
真剣に頷くと、
「ではみなさん、いきますよ――――」
それは幻想的な光景だった。
クロトのバスに近い低音に引き出され、呼ばれた魔法書たちは羽ばたくように宙を舞う。
そこへ、クラフの明るいテノールとミアの高いソプラノのハーモニーが、本たちを一気に読み解いていく。それをサポートするように、ひなたのメゾソプラノが響く。
読まれ続けてかすれた文字はくっきりと形を取り戻し、破れかけたページはなめらかに新しくなる。装丁が古くなった本も、表紙が外れそうな本も、元通りだ。
そうか、これは――"癒やし"の歌なんだ。
全身に四声のアカペラを浴びながら、祐司は自分自身の中も心地よさにあふれていた。
指揮者である祐司の役目は、声に乗せられた魔力を滞らせないようにすること。四拍の手の動きを止めないよう、それでいて早くも遅くもなくリズムを取らなければならない。
だが、それは難しいことではなかった。
四人のメロディー――それは母音だけで綴られている――が、圧倒的な力で響いていたからだ。そして、それははじめに敷いた『青』の力を基にしている。
自らの力を使うために祐司が迷うことはどこにもなく、思うとおりにタクトを振るだけでよかった。
やがてメロディーが終わりを知らせる。
高まったハーモニーが徐々にゆったりとしたリズムになると、魔法書たちは再び自らの位置に納まる。
歌以上に癒やし――修復の必要なものが、いくつか机の上に並んだ。
最後の「ア」の声を、指揮者はゆっくり左手でこぶしを作って止める。
そして指揮棒を降ろすと、ふっと空気が緩んだ。かなりの集中力で歌っていたのだ。お互いに視線が合うと、ねぎらいの微笑みがこぼれる。
「み、みなさん、どうでしたか……?」
姫は腰に手を当て、
『あなたこそどうだったのよ。私たちはちゃんとできていたかしら?』
「はじめて聴いたので……何とも比べられませんが」
祐司は言い切る。
「完璧だと思います」
『そうね、まあ、私たちなんだから、当然であたりまえだわ。
そうでなくても、『青』でやりやすいし』
ミアはそう言いつつかなりうれしそうだ。
クラフが付け足す。
『そうだね、今後もよろしく頼むね、ええと……ゆうじくん?』
「えと、瀬尾祐司と言います……」
『そうか、わかったよ、祐司くん』
頷きながら微笑む。
……もしかして、精霊の長様はちょっと天然……じゃなかった……自然体なのかもしれない。
そっと祐司は思ってから、
「先輩、先輩はどうでしたか」
ひなたは、もう最高! と両手を広げて全身でうれしさを表しながら、
「そりゃー気持ち良かったよ! ほんとこの仕事好き~!」
「気持ちがいいものなんですか? 俺、ぜんぜん合唱とかわかんないんですけど……」
「中学でもやるでしょ、ちょっとは。あれとほとんど変わらないんだよ。
あとは声にどうやって魔力を乗せるかだけど、それはつまり呪文を唱えることと同義だから、もう歌に集中しちゃえるわけなんだ。
つまりね、うまくハモれてうれしいってこと! 指揮してくれてありがと!」
こちらをハグしてきそうな勢いでひなたは言う。
ハグしてくれてもいいですよ、むしろ制服いつでも待ってます、とは、さすがに言えはしない祐司である。慎む心というより、勇気が足りないだけだが。
「よしよし、これで完了だね。こっちの、もっと修復が必要な本は私が預かるから」
言って、クロトはごそごそとエコバッグを取り出し、十冊程度のその本を仕舞った。
「じゃ、私は帰るから、あとは若い四人で話し合いたまえ。ミアとクラフは、帰る時には一応声をかけておくれよ、ではね!」
クロトはそう言うとドアから音もなく出て行ってしまった。
「部活の顧問なのに……」
「相変わらずだね……」
ひなたは応じて、ふと視線をたゆたう青のひろがる床に向けた。
「ねえねえゆーじくん、『青』の領域解除してないけど、……大丈夫?」
「あ、忘れてました」
トン、と再び杖を床に立てると、波打つ青い光は杖の中に吸い込まれるように消えた。
妖精と精霊が、それぞれの瞳でこちらを見る。
『ほんとにすごいのね、あなたの魔力量』
『ふつうあんな風に放っておいたら、気絶なりなんなりしてるんだけどね』
やっぱりこわいことをさらっと言うクラフである。
しかし、祐司自身はあまり疲れを感じていない。自分で自分の体を左右見渡し、なんともないことを確認し、「だいじょぶみたいです」と頷いて答える。
ミアは興味深そうな瞳で瞬くと、
『さて、じゃあ。
若い者が四人残されたんだから、――ちょっとお話ししましょうか?』
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