第二章 てのひらの星くず

夢の世界を



「――――失礼しました」


 そう言って、ひなたは後ろ手に図書室のドアを閉めた。 


「――……で?」


 きらりと夕暮れの光を映して、翠の視線を横に向ける。


「あはは……」


 そこには、帰ったはずの祐司が、壁に背を付けて座っていた。

 とりあえず笑顔が張り付いているが、(怒られます)という目をしている。

 ひなたは(あら、そうなの)と腕を組んだ。

 ふーん、へぇ。


「べつに? どこに誰が居てもいいけど?

 でも隠れて聞いちゃうのはどうなんだろうかね?」

 

 祐司は慌てて両手を前に出す。


「ちょっと待ってください、誤解があります」

「でも、聞いちゃえ~、と思ってたんじゃないんですかー」

「そんなこと全然考えてません!」

「じゃあどういうつもりだったのかな?」


 じと、と半眼で正面から祐司を見つめると、彼はそっと視線を外す。

 心なしか耳が赤い。


「あの、……一緒に帰りたかったん、です」

「へっ?」

「……先輩の様子が、変でしたので」


 なんとも言えない沈黙が落ちる。

 

「で、でも見えちゃうし聞こえちゃってたでしょ?!」


 ひなたがそう指を指す先、確かにドアには四角くガラス窓がついているが、


「それこそ覗いてなんかいませんよ!

 だいいち、図書室には防音の魔法もかかってるじゃないですか!」

「君の目ならやろうと思えばできちゃうじゃん!」

「そういうよくない趣味はないんです!」


 ふう、とふたりは同時に息をついた。


「――誓って、見たり聞いたりしていません」

「そうだね、君の美徳は正直さなんだった。うたがってごめん」

「いいえ、こちらこそ疑わせてすみません。

 でも先輩ならわかってくれるとわかっておりました」


 変な言い回しをして、祐司はちょっとうれしそうだ。ひなたに尋ねる。


「ところで、姫様と長様は、まだ中に?」

「そだね。なんだかまだやることがあるみたい」

「お手伝いとかは……」

「訊いたけど、どうも察するにニンゲンの手には負えないみたい」

「ではまあ、仕方がないですが、……ちょっと気になりますね」

「長様のセーラー襟?」

「だっ、それは、ちょっと興奮したのは悪かったと思ってます!」

「おふたりのすること、気になるね~」

「俺の言い逃れを無視しないでください!!」




「――とかなんとか、どうしようもないこと言ってるんじゃないかしら」


 ふう、と腰に手を当て、ミアは閉まったドアに向かって言う。

 クラフは先ほどより少し笑みを深めて、


「あのふたりは、なんというか、なかなか楽しい性質を持ってるみたいだね」

「えっ、クラフにわかるって結構すごいんじゃない?」

「いいことを言われてないことはわかるよ、ミア」

「まあ、あんたも浮世離れしてるからね。なんていうか、文字通り?」


 ふたりは各々の足元を見た。

 セーラー服に合わせた、いかりの刺繍の白い靴下と茶色のローファー。

 豪奢なドレスに似合う、朱の強い赤のピンヒール。

 それらは、ごくごくわずかに、地上から離れていた。浮いているのだ。


 彼らは宙を歩きながら、まんべんなく書棚の間を通る。

 ふたり、指先でトントンとランダムに本の背を叩いていくと、それらはほのかに光を放った。


「さて、そろそろ『仕事』の時間ね」

「こっちが本業とは言えないねえ」

がいたのが幸運だったわ」

「彼はなんであんなコトしてるのかな?」

「趣味なんじゃない? あれも相当に変わってるしね……よし!」


 そんなことを言いながら、図書室を一周して、貸出カウンターまで戻ってきた。

 ミアがパン、とひとつ手を叩く。

 するとぼんやりとした本の光が、差し込む夕陽のような橙の色味に変わる。


「『夢』を持ち帰らせてね、可愛い本たち。

 私たちの仲間のために」

「僕たちの仲間のために」


 ひとつ、ふたつと本から光が抜け出ていく。

 丸く形を取った夕陽の光は、どんどんと数を増やして『妖精』と『精霊』の周りに集まる。

 今度はクラフが手を叩く。

 部屋いっぱいにあふれた光は、収束し、球となり、しかし形を変え――。

 一冊の革表紙の本となった。


「どうかな、ニンゲンたちの夢は、いつも多色で無軌道だ」

「どうかしら、さあさあ、他の場所にも行ってみないとね! セカイ旅行よ!」


 ミアはそう言ってびしっと天を差すと、ふたりの姿は――いや、影が――足元から形を崩していき――。


 そして、赤く染められた妖精の爪が、最後に空気に溶けていった。




 

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君と世界の幸福論 ~不明存在対策部~ 星風あおい @h_aoi

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