部活内容:魔法書について



「――先輩あのですね、少年がセーラー服を着ているというのはセーラー服が女子にまで広がりやがては制服として定着する最も重要な最初の一因と言えるわけなんですよ」

「よーし、ちょっとうるさいぞ」

「詳しくは井上晃先生の『セーラー服の社会史』p12から――」


 もう一発後頭部をはたかれ、仕方なく祐司は尊さの伝導をやめた。

 ひなたが半目で「ゆーじくん」と言う。


「『奏者』がいらしてるから、制服論は後にしようね」

「『そうしゃ』……?」

『そうよ、私たちふたりのこと!』


 炎のような深紅の長い髪を払いながら、少女の姿をしたそのひとは椅子に座って足を組む。

『もーあんたたち、さっきからいちゃこらしてんじゃないわよ』

「いちゃこらじゃありませんよー」とひなたは否定するが、

『どーだか』

 相手は肘掛けに腕を伸ばして、にやにやと笑った。どうも、赤い少女と青い少年たちは、こちらのふたりと知り合いらしい。

 少女が椅子に座り直すと、スカートの豪奢なフレアー部分がひろがる。赤系の色がグラデーションになり、幾重にも合わさっている。

 しゃんとした身のこなしといい、着ているものといい、どうやら身分の高い人のようだ。しかし、性格はずいぶんさっぱりとしているらしい。


『ほら、さくっと話を進めて頂戴。クロトも喋る!』

「はいはい、説明するね」


 軽く応じる二人は、ずいぶん気心の知れた仲のようだ。

 いつものように、クロトが怪しくにこやかに話しだした。


「彼女はミア。妖精ようせい族の「ひめ」様だよ」

『ミアさん、と呼んでもいいわよ』

 ちょっと顎をあげてそんなことを言うミア。

「そして彼はクラフ。精霊せいれい族の「おさ」様をやってる」

 呼ばれた少年は、ちょっと首を傾け、セミロングの湖水色の髪を揺らして微笑む。祐司には二本白線の入った水色のセーラー襟が眩しい。


 ――というか、妖精に、精霊?


 ぽんとかるーく紹介されたけれど、その種族の頂点が来るって、けっこうすごいことなんじゃないだろうか?


 そこで、片手を上げてミアが話に入ってくる。

『私たちは、貴方が顔に出しているとおり、なかなか顕れないものよ。

 だけど、じゃあなんで世界飛び越えてまでここで用事を済ませるかっていうのは、説明がとーっても長くなるから、想像で補ってもらえる?』


 そーぞー、と気楽に赤の妖精は言う。

「想像って……」ちょっと乱暴すぎやしないか? 

 祐司の困った気持ちが充分顔に出ていたのであろう、クロトが苦笑して付け足す。

「彼らはいろいろあって、いまはふたりでお役目を果たしているのだ、と言えば、少しは大丈夫かな?」

『ま、私とクラフは、「ペア」であるというところをわかってくれればいいのよ』

 また軽く、ミアが補うように言う。


 確かに外見だけなら、深紅しんく蒼碧そうへき、火焔と水氷のように、彼らはとても対照的だ。それなのに、「ふたりでひとつ」のような特別な存在感がある。


 はー、と感心しながら、祐司は尋ねた。

「それで、今回はどのようなご用で……?」

『そうそう、そうだった』

 クラフはまた首を傾けて微笑み、

『僕たちはね、ここにある魔法書の"定期点検"に来たんだ』


 そう言うと、書棚の方に手をのばす。

 と、一冊の本が呼ばれるように飛び出し、その手にそっとおさまった。

 本を呼んだのではない、本が好んでクラフの手におさまったのだ。それは祐司でもわかった。

 本は少し綴じた部分が綻びていて、紙の先も丸くなっている。表紙も何かの革だがぼろぼろだ。


 クラフは続ける。


『「奏者」とは、「かなでるもの」。

 魔法書には記述された言葉にも意味があるけど、「音」にはもっと重要な意味があるんだよ』

『そ。で、私たちは「それ」がズレたり消えたりしてないか、ときどき確認に来てるってわけ』

「そうなんですね……」


 魔法書がそんな風になっているとは、祐司にとっては初耳である。

 もうちょっと知識を増やしたい。勉強しよう。なにごとも知識の集積をし、疑問を覚え、それを解くためさらに知識を積むことが肝要である。そうだ、セーラー服だって詳しくなれてるじゃないか。

 


 ぽん、と軽く手を叩いて、クロトが告げる。


「じゃ、「お手伝い」に入ろうか。

 その前に、初心者に説明するから、悪いけどちょっと適当に待っててくれるかい?」    

 クラフとミアはうなずいて、各々興味のある場所に向かう。ミアは窓ガラスを叩いてみたり、クラフは書棚から名もわからぬ本を取っていたり。



 クロトは祐司に向き直り、

「さてと、初心者く」

「初心者も何も、話にちょっと追いついてないんですが」

「だったらなお丁度いい。いいかい、今回は魔法書の読み方についてだ。

 君は既に、ちゃんと『青の瞳』を使おうという気になっているね?」

「それは、もちろんです」

 頷く祐司。ひなたと保健室で約束したとおりだ。

 クロトはいつも通り微笑むと、

「となると、その『視る』ことのできる『青』は、事実上ありとあらゆる魔法書を何だって読むことができるわけだ」

「えっ??」いまは読める本の方が少ないのに?

 クロトは答えるように続ける。

「この世のものではないものも、姿を隠しているものも、君には見えるだろう?  大狐おおぎつねを退治した時といっしょさ、君にはちゃんと『視る』ことができる」

 そう頷いた。祐司に自信を持たせるような頷きだ。

 そうはいっても、すっかり錆び付かせてしまった『瞳』である。祐司にはどうしたらいいのか、ヒントも取り掛かり方もなにもない。

「とりあえず、魔法書をもっておいで。返却途中のもので良いから、二冊くらいね」

「はぁ……」

 首を傾げつつ、祐司は返却処理の終わった魔法書を三冊、机に置いた。

 ひとつは題字も読めないもの、もうふたつは中身が真っ白なもの。

 だが、大きさや厚さは一般図書とよく似ている。大きさや厚さから言って、絵本やそのあたりだ。

「うん、これらはよく借りられる本だね。図版が多くて、初学者が興味を持ちやすい」

 クロトの言葉に、ふと祐司は思い当たる。

 よく考えなくても、上級生になればこれらの本を読めるように訓練されるのだ。読めないと勉強が進まないわけでもある。早めに読めるようになろう。意気高揚だ。

「あ、この本はうちにもありますよ。なつかしいなあ」

 ひなたが一冊、ハードカバーの本を手に取って言う。

「? 魔法書って、同じのが何冊もあるんですか?」

「そりゃあそうだよ、そうじゃなかったら出版社や印刷会社はどうするの?」

「出版社……!?」

 祐司が驚くと、ひなたは軽く頷き、

「進学後の就職先としてよくあるよ。なんていうかな、ヒトが使う魔法関係の存在は少なくなっているけど、『不明存在』自体はそこまで減ってはいないんだ。だから、それに対するための知識を残すことも、重要なお仕事なんだよ」

「はー……」

 感嘆するだけの祐司である。

 

 さて、この持ってきた本をどうするのか。

 クロトは、はい、と適当に本を指さし、

「じゃ、読んでみて」

「えっ!? あの、装丁は見えてますけど、読めないんですが……」

「ふむ、そうだなあ」

 クロトは一冊を手に取って、軽くめくりながら言う。

「祐司くん。いままで眠らせていた『青の瞳』を使うようになって、しばらく経つね。「影渡り」のときも、まあ及第点かな」

「は、はい」

「でも、どう使えばいいかある程度わかっていても、相手に触れなければ魔力供給もできない」

「そ、そうです……」

 クロトはぱたん、と本を閉じ、少し真剣に告げた。

「つまり、君に圧倒的に足りないのは、"技術"、つまり経験と使い方だ」

「技術……?」

「そう。その莫大で膨大な量の魔力を持つ目を、どう使えばいいか学ばなければならない。人並み以上の力を持っていると、そういうことも付随してくるものさ。

 以前百本ノックをやったろう? あれも魔力を使うための技術の一例だね。

 今日は『青の瞳』の本道、『視る』ことをやってみようか」

 言うと、クロトの手のひらの上に、本がふわりと浮かんだ。

 真っ白なページがパラパラとめくれる。

「『視る』のは文字ではないよ、もちろん本自体でもない。

 書かれているのは、魔力を使われたもの。それを読むには?」


 隠されたものを視るには、どうしたらいいか。祐司は考える。

 大狐のときは、本体が姿を現したがっていた。

 では本の場合は?

 そこに詰まっているのは知識だ。

 そして、


「――書いた人も、読んで欲しいと思ってる……ということですか?」

「うん、そこに気付いたのであれば、もう君はこの本を読める」


 クロトの手にあった本が、気付けば自分の手の中にあった。

 ”読んで欲しい”、"知識を君にあげよう"。

 そう言われているような気がする。そうであるならば。


 "教えて欲しい、あなたのことを"。


 ページを開く前、すっと撫でた表紙に、既に言葉はあった。


「……「超入門・アクマ招喚」……?」

「正解!」


 ぱちぱちぱち、といつの間にか隣にいたひなたが手を叩き、こちらをのぞき込む。


「ねえねえ、どんな風に視えてるの?」

「どんな……ううんと……なんというか……」


 説明が難しい。非常に不思議な感覚だ。

 読めると言っても、目には相変わらず見たことのない文字が見えている。

 だが、直接その「意味」が脳裏に現れる。手で触れると特にわかるし、声に出せばはっきりと伝わってくる。

 それを聞いてひなたは感心したように頷き、

「なるほどー、何かを唱えなくても、触れたものを『視る』ことができるんだね、さすが『青』」

「そういうもんなのでしょうか……?」

「そうだよ。ふつうは自分の魔力を使って読まないといけないから、割と疲れるもんなんだ。もっと練習すれば、ゆーじくんは体力の限り読み続けられるよ!」

「それは遠慮したいんですけど……」


『ちょっとぉ! まだかな! 話は一段落したっぽいけど!?』

『ミア、お話をさえぎるのは失礼だよ?』

「おお、すまないすまない、素人に超基礎を教えるのを忘れていたんだ。なんとか読めるようになって、よかったよかった」

 どことなく、クロトに失礼なことを言われている気がするが、そこはスルーすることとする。


 本を読んでいたらしいミアは、書籍を机に置いて腕を組んだ。


『さ、これで数が増えるわね。"重奏"できるかしら』

『五人もいれば大丈夫だよ。『青の瞳』に期待しよう』

「えっと、俺……も、何かするんですか?」

『当たり前よ! なんなら、この図書室にバラバラにしまってある魔法書、全部あなたが読んで確認する?』

「遠慮します」

 やりとりにクラフはやわらかく微笑み、

『そのための「奏者」だからね。

 よし、それじゃ君にはこれを持ってもらうよ』

 と、宙を掴むと、なにやら細い棒のようなものがその手に現れた。

『君は、拍子を取るのは得意かな?』

「え? ええと、まあ音楽ゲームは好きですが……」

『じゃあ大丈夫。はい』


 コルクの持ち手に、すっと伸びた白いプラスチック。

 手渡されたのは指揮棒だった。

 隣では、腰のあたりに手を当て、ひなたが呼吸を何度も整えている。

 クロトもめずらしくカーディガンを脱いで、身体をひねったりして何かに備えているようだ。


 も、もしかして……。


「あの、クラフさん?」

『なに?』

「「奏者」って、今からやることって、もしかして」


『うん、わかってくれたみたいだね。

 すべての本に触れるのは無駄だからね、魔力を乗せて、「」で確かめるんだ』


 そう言うと、多分珍しく、にっこりと青の少年は微笑んだ。





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