第四章 Awake

夢の痕



 夢の感触。


 誰にでもあるだろう、それが良い夢か、悪い夢かを判別するてざわり。

 その感触に、祐司の意識はふと浮かびあがった。


 ――ああ、またこの夢だ。


 繰り返されるのは、慣れた感触の悪夢。

 どんな本を読んでも、誰と語らっても、幾度もこの夢は祐司をさいなむ。





 その夢は言い争いの声から始まる。

 具体的な言葉は聞こえない。ただ、リビングの大きな机を挟んで、大人が大声でなにかを言い合っている。



 ――"家族"とはなんであるか。



 ひとしきり大声を出すと、大人たちは黙る。

 漂う空気は、諦めと徒労感。

 現実に繰り返されていたのは、悪夢ではなく、この言い争いだった。


 祐司は理解している。

 目の前のふたりがこうなっているのは、自分自身が原因であると。


 『青の瞳』。

 自分を鏡で見るたび、その色は存在を主張する。 

 どう扱えば何が起こるのかは、知識としてではなく本能が知っていた。

 だから、使うことをせずに、眠らせることにしたのだ。


 大人たちはしばらくの沈黙のあと、ため息をつく。


 ――まただ、またあの場面がやってくる。

 意識がもがくが、夢は終わらない。


 父は、こちらの顔を睨み付け、舌打ちをする。

 「      」

 母は、軽く首を振り、口を開く。

 「      」

 リビングへその言葉が放たれる前に、祐司は耳を塞いだ。心もすべて。


 だが、過去は忘れられず、襲いかかる。




 ――「俺は出て行く」「お前が生まれてこなければ」

 ――「あなたが悪いんじゃない」「だから離れて暮らしたほうがいいわ、私達」




 ――""




 諦められた。捨てられた。否定された。確認もされなかった。

 それらすべては自分の所為だ。

 事実は易々やすやすと祐司を切り裂き、バラバラにし、そして二度と元には戻らない。

 

 こんな目はいらなかった。

 疎まれるのは辛かった。

 こんな目はいらなかった。

 えぐり出してもいいくらいに。

 だから、この目を持つ自分がすべての元凶だ。


 そうだ、こんなことになるなら、

 自分など、この目と同じくらい、

 自分には必要なかったのに。



 




 ――そして、夢の感触は途切れる。

 意識はさらに浮かび上がり、覚醒へと上っていく――。

 


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