部活内容:魔力操作基礎



 生まれてきた赤ん坊の瞳は、うつくしい空色をしていた。



――――――


「あの――、せんせい――、ちょっと――」



 祐司ゆうじが、両膝頭に手を当て、ぜぃはぁと息を切らしながら、クロトに尋ねた。


「これを……、あと何回です……?」


 クロトは全身で疲労を示す姿を、なぜかうれしそうに眺め、


「あと五十七回」

「半分ですらない!」

「あはははは、もうなんかゆーじ君を見てるのが楽しい~」

「先輩の方がひどい!」


 どんなに疲れていても、つい一言言ってしまうのが、瀬尾祐司せのおゆうじという男である。

 いまも、先輩であるひなたに向かって、


「でも、その夏服、マジで色合い最高です!!!」


 やけくそのように叫んで褒めている。疲れすぎて本音しか出ないようだ。



 そんなわけで、今日の不明存在対策部の活動は、祐司の特訓である。

 祐司は自身を「魔法の使えない『青の瞳』保持者」だと思っている。

 だが、持っている魔力を他人に付与し、相手の魔力を増幅させる「蒼穹の瞳」という技が使える。これは魔力行使に他ならない。

 つまり、魔法が使えない、と思い込んでいるのは、ひとえにこれまで魔力を使ってきていないからだ。


 そもそも「青の瞳」には膨大な魔力が秘められている。どこぞの魔物あたりに遭遇したら、真っ先に食べてられてしまうような代物だ。

 そんなことにならないように、身を守るためと、今後の発展のために、今日は百本ノックである。


 まず「蒼穹の瞳」の発動を行い、魔力を増幅させる。そして、その制御のために小さな光を生み出し、三メートルほど先にあるランプに当てる。

 光がきちんと当たると、ランプは光を貯め、徐々に明るくなっていく。

 回数をこなすことで、これまでの苦手意識を排除し、どう魔力を制御すればよいのか自分の感覚で覚えていく。


 もちろん、さきほどの祐司の様子のとおり、この操作は非常に疲れる。

 使っているのはクロトから授かった杖だ。これがまず、「言うことを聞かない」。

 どうも、は特別製で、ちょっとやそっとの魔力では発動もしないぞ、という誇りがあるらしい。

 杖にそんなんがあってたまるか、と祐司は思うが、さすがクロトのものであっただけはある。一筋縄ではいかない。

 ということで、まず魔力をしっかりと杖に纏わせなければならない。ここまででまず疲れる。


 続いて、光を生み出す、これも厄介である。クロトから「できる限り最小出力でね」と言われているのだ。つまり、ある程度大きなものを、ぎゅうっと小さくする。魔力の圧縮という、すこし応用が必要な範囲だ。


 それを、制御してランプに当てる。ここも、押し込めたものがあさってへ飛んで行ってしまわないように、慎重に動きを操る。細かくアクセルとブレーキを使っているようなものだ。


 四十三回もこれをやれば、それは、冒頭のようになることも頷ける。


 横でひなたが「そこね、もうちょっとブレーキ、押さえて」や、「今のはうまくいったじゃん? 感覚忘れないようにね」と言ってくれたり、水分補給をしてくれたり、タオルを渡してくれたりしてくれるが、疲れるものは疲れるのだ。とてもとてもうれしいのだけれど。



 八十回目の光を思わずホームランしてしまって(光は夕空に消えた)、ついに、祐司は地面に大の字になった。制服が汚れることもどうでもいいらしい。


「せんせい、せんぱい、おれはもうだめレす」


 ろれつが回らない風情で相変わらずぜぃはぁと息をしている。

 それをのぞき込みに来る二人。


「おお、ついに倒れたか」

「はじめてでこれはすごい記録じゃないですか、先生」言いながら、濡れた冷たいタオルで顔を拭ってくれる優しいひなたである。

「そうだね、私は天才だからなんてことなかったけど、普通だったら三十回くらいで魔力が尽きてる」

「よっ、さすが『青の瞳』!」


 それを聞き、え、とぱちぱち瞬きをするのは祐司である。


「さ……三十回……?」

「そうだね、普通はね」

「先輩、お、おれ……俺は……百回と聞いていたのですが……」

「そんなのできるわけないじゃん。君、この間までまともに杖も使えなかったんだから」

「できるわけないじゃん!?」


 クロトの言い分に、がばっ、と上体を起こして、祐司。


「それを早く言ってくださいよ~……」


 ばたりと寝転び、こんどは「の」の字を書きだした。すねてしまったようだ。


「まあまあ、そこじゃズボンがぐしゃぐしゃだよ。シャワールーム借りて、汗を流しておいで」


 新しいタオルを差し出しながら、にっこりとひなたは微笑む。

 ちょっとその美少女の微笑みはずるいぞ、と思いながら、しかし、どうしてもうれしくなってしまうのが祐司である。基本的に素直なのだ。

 引きずるように身を起こし、杖にすがって立ち上がる。


「じゃ、ちょっと行ってきますね……」

「いってらっしゃーい」


 よろよろと、体育館の方面に歩き出した祐司を見送って、しばらく手を振り、その手をさっと後ろ手に組む。クロトとひなたは互いに顔は見合わせず、声を落として、言葉を交わした。


「……どうですか、彼は」

「八十回は新記録じゃないかな? 表彰ものだろう」

「ですよね。普通あんなに続きません。気力だけを見ても相当かと」

「それに魔力コントロールの上手さ。あれは天性のものだね」

「それだけに、なぜ今まで魔法を使ってこなかったのか、不思議です」

「うん……まあ、いろいろあるのだろう」


 なぜかそこだけをクロトは濁して、ぽんぽん、とひなたの肩を叩いた。


「そろそろ迎えに行ってあげたまえ。体ばきばきで難儀しているだろうからね」

「そですね、いってきます!」


 クロトに手を振り、ひなたは走りながらさらにどこからかタオルを取り出している。

 その背が充分に小さくなると、クロトは止めていた息をふぅっと吐いた。


「……『ヒトトセ』か……望んだものでもないだろうに……」




「はいはーい! そこのおにいさーん! 背中が拭けなくて困っていませんか!」

「うぉわあああ!!」


 体を拭いていたら、美少女がいきなり左側に現れた。

 祐司は体育用ジャージの下だけ履いていたので、最低限は守られている。よかった。

 ひなたは金髪を揺らして、珍しそうに、


「あ、半裸だ~」


 と、祐司をつつこうとする。祐司は思いっきり眉を下げ、


「先輩、お、ね、が、いですから、男子更衣室にまで入ってこないでくださいよぅ」

「いま誰もいないじゃん、OK、OK」

「先輩は女子ですから!!」


 ね? と懇願すると、「ふむ」とひとつひなたは頷き、


「じゃあお外出て、体拭こうか?」


 と、休憩室に祐司を誘った。

 休憩室は、更衣室に付随しており、ベンチが置いてある、言ってしまえば大きめの下足棚のある場所だ。一応、コンクリートで舗装してはあるが、電気がなくてちょっと暗い。


「あのー……、バレてます?」

「うん、腕、上がんないんでしょ?」

「…………ハイ」


 素直に、背中と髪が濡れたままの祐司は答えた。


「こんなにスパルタじゃないけど、私も訓練してきたからね! ある程度はどうなるかわかるよ~」

「正直、即日で筋肉痛が来ているような気持ちです。頭洗うのに苦労しました」

「よしよし、ではほめてあげよう」


 わしわしわし、とタオルで髪を拭き、背中も拭く。


「細いね! 何この腰」


 ぺしぺしと背中の腰のあたりを平手で叩く。

 肩幅は思春期男子らしくかっちりしているが、そこから腰へ届くラインがうらやましいらしい。


「俺としては、もっと筋肉つけたりしたいんですが……」

「あ、それなら大丈夫。魔法を使ってる間に筋肉が付くから」

「へ? なぜですか?」

「うん、魔法って突き詰めると基礎体力の勝負なんだよ。気力勝負でも、もちろんあるけどね。いま筋肉痛って言ったでしょ、それはほんとに筋肉に続く体力が使われてるからなんだよ」

「全然動いてないのに……?」

「そこが、我々肉体を持ちたるヒトとしてのどうしようもないところでねぇ、体に魔力は結構依存するんだ。まあもちろん、才能とかにも左右されるけどね」


 ごしごしと背中を拭き終わり、「で~きた」と言いながら、今度は新しいシャツを差し出してくるひなた。祐司はありがたく受け取りながら、


「……先輩はどこからそれを出しているんです?」

「そこはほら、オトメのヒミツというやつだよ」


 いい加減なことを言って、にこにこと微笑むと、


「今度は全裸を見せてね!」

「ぶっ」


 勝手に手を取り握手するひなたである。契約は成された。


「よしよし、じゃあそろそろ帰ろうか、ゆーじくん」


 ひとをなんだと思っているんだ、そのうちなんかしちゃうぞ!

 そうは思うが、頬が勝手に赤くなっていることも、自分じゃ絶対できないことも、重々承知な祐司であった。



――――


 生まれてきた赤ん坊の瞳は、うつくしい空色をしていた。

 だから、その家庭は――壊れた。


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