結成、"不明存在対策部"!



 そんなこんなで、一晩明けて、次の日。



 ――なんとなく、誰かに見られているような。

 周りの視線が、自分に集まってるような。


 背中が変にぞくぞくする感覚を持ちながら、瀬尾祐司せのおゆうじはいつも通り徒歩で登校した。

 校門を抜け、下駄箱で上履きに履き替える。

 教室は四階の1-F、窓際の前から三番目が祐司の席だ。

 

「ゆーじ、おはよー! なあ、お前すごいな!」


 そう明るく親密な様子で話しかけてきたのは、一つ前の席、赤い短髪の男子だ。

 椅子に反対向きに座り、わくわくした目で祐司を見てくる。


「あの委員長先輩と付き合ってるんだって?!」

「待て待てケイ、おはようは言うけど、なんなんだ、その恐ろしい話は」

「だってもうみんな言ってるぞ?

 "委員長先輩とホウキ二人乗りして、後ろから抱きついてた"ーって」

「うっ」


 事実だけに祐司は言葉に詰まった。

 ケイと呼ばれた少年は続ける。


「ああ、いいなあ、あんなに美人と仲良しかぁ」

「ちがう、ちがうんだ、俺は連行されたんだ、本当なんだ」

「ほう? なら、言い分を聞いてやろう」


 祐司は、とてもかくかくしかじかと、昨日の出来事を説明した。

 対してケイは腕を組み、


「ふーん、お前がその、対策部とやらに入るとは」

「いや、だから、入るとか入らない以前の問題なんだって……」

 そこに別のクラスメイトから声がかかった。

「おーい、瀬尾! クロトせんせーから伝言!」

「……厄日か今日は……」

「はい、いってらっしゃい」

 よろよろと、メモとペンを手に教室を出て行く黒髪の背中に、ケイはしみじみと言った。

「うむ、あのお人好しにも困ったもんだな」

 全部自己責任だけども。



 クロト先生、というのは愛称である。

 正しくは、ヴィークロト・ガヴェイラというそうだ。

 これも仮称で、実際はもっと長い名前らしい。出身地の問題だという噂を聞いたこともある。

 そんな先生は、「魔法」の授業の先生のひとりだ。

 魔法の教師は、大抵、『不明存在』への対応で、なにかと騒動を起こしやすい。中でもクロトはその教師陣の中でも群を抜いた実力があるそうで、様々かつ面倒な対応に駆り出されている、らしい。

 簡単に言うと、「あまり近づかない方がいい」。


 しかし、入学後真っ先に、クロトは祐司に話しかけてきた。その接触具合は、噂を聞くよりも早かったので、避ける暇もなかった。

 祐司は普通に、相手を先生として対応した。ぱっと見ても、話しても、悪い人には思えなかったのだ。

 はじめましてと言う時もにこにことしていたし、黒髪にカーディガンとワイシャツ、スラックスとごくごく普通の外見だったから。


 なんなら、中学校から一緒の、さっきのケイ――春科恵一はるしなけいいち――以外では、いちばん話をしているのではないだろうか。

 そしてそのまま、時に用を頼まれ、時に資料の整理や検索をし……と、なぜかこまごまと手伝いもしている。

 (……俺って流されやすいのかもしれない……)

 ここしばらくを思って、祐司はようやく自分の性分に気がついたようだ。

 

 伝言を聞いてたどり着いたのは、図書室。

 五階の東端にある、窓が大きくとられた日当たりのいい場所だ。

 蔵書が傷むのでは、と思っていたが、そこはそれ、魔法で図書室全体に特殊な加工をしているらしい。また、本自体も定期的に補修されるのだそうだ。

 おかげで、いま適当に取り出した本も、新本のようにまっさらな紙色をしている。

 ただし、

「よ、読めない……」

 知らない言語で書いてある可能性は高い。

 ちなみに今は、言語どころか本当にまっさらなページが続くのみの本を手に取ってしまった。うーん、どうやったら読め――。


「わーー!! 来てくれたんだ! 朝からありがとう!」


 と突然左から声がかかった。

「うわっ、委員長先輩!?」

 思わず言うと、相手は、む、というような顔で腕を組んだ。

「『うわっ』、はひどいなあ、ひなた先輩って呼んでっていったじゃん、ゆーじくん?」

「は、はい、神羽森かんばもりひなた先輩……」


 本を仕舞い、挨拶をする。


「おはようございます」

「おっはよー、昨日はお疲れ様!」

「いえいえ」

「やー、学校中で君との仲も公認ということでね! お姉さんは鼻が高いよ!」

「こら待て」

「おや」 


 流れでまた変なことを言われてしまったので、今度は祐司もさすがに止めた。


「あの、いや、確かに抱きついたのは俺が悪いんですけど」

「だよね~、制服好きの瀬尾くん?」

「だから制服が好きじゃない男はいません」

「そこ、こだわるなあ……。

 で、私と噂になるのはいやなの?」

「ふえっ?」


 祐司が返答に詰まると、ひなたがすこし上目遣いで、小首をかしげた。

 さらり、と、一房、つややかな金髪が肩を滑り落ちる。

 きらめく新緑の瞳に、通った鼻筋、小鼻、柔らかそうな頬、唇。

 こんな美人と噂になるのは、


「……い、嫌じゃない、ですけど……」


 答えるだけで耳が熱い。俺ってそんなに経験値がないのか? と自問自答するが、返ってくるのはは『だって美人なんだもん』『女の人とちゃんと話したことないもん』と、心もとないものしかない。中坊に毛が生えたような高校一年生に、対処する方策はまったくないのである。


 祐司の台詞に、ひなたはうれしそうに微笑み、


「じゃあね、これからいっぱい一緒にいるんだし、そういうことでそういうことになるからね?」

「は、はぁ……」


 と、頷きそうになって、祐司ははっと顔を上げた。


「待ってください、"これからいっぱい一緒にいる"って、なんすか」

「なんすか、じゃないよ~」

「そう、なんすか、ではないんだな」

「うおあ!」


 背中側から声がして、今度こそ祐司は本当にびっくりした。

 完全に気配がなかった。絶対なかった。そこに突如現れたとしか思えない。

 振り向くと、そこには柔和に笑う背の高い壮年の男性がいた。

 長袖のワイシャツにカーディガン、今日はグレーのスラックス。

 ヴィークロト・ガヴェイラこと、クロト先生だ。


「やあやあ、呼んでおいて遅れてしまったよ、ごめんごめん」

「何してたんですか、もう」ひなたが口をとがらす。

「ちょーっと手間取ってしまってね。まあ、うまくいったから許しておくれ」

「許しましょう」

「えっ」


 先生なのに扱い雑すぎない?

 祐司が思わず、ひなたの顔を見ると、


「私と先生は、実は付き合いが長いんだ。親の親の親の代からお世話になったり、お世話したりしてる」

「そうなんですか……」

「ま、立って話すものなんだ、座りたまえよ」


 クロトは近くの椅子に座ると、二人にも対面に座るよう促した。

 そこで、祐司が、はい、と軽く手を上げる。


「あのー、疑問があるんですけど」

「はい、なにかな、瀬尾くん」

「そもそも、校則によると部って四人以上じゃないと部にならないのでは? というか、顧問とか、そういうのはどうなるんです?」

「うん、そこなんだよね」

 クロトは両手を組み、

「実は、これは学校所属の部ではないんだ。聞いているだろう。特殊校におりてきた、そうだな、辞令のようなものだ。町を守んなさい、とね」

 うんうん、とひなたが頷き、続ける。

「で、私は委員長だけどやっぱり未成年で学生でしょ。昨日のことだっておおごとにすればまあ無理矢理ナントカできたけど、毎回それじゃ困るじゃない。

 そこでクロト先生に話したら、君が出てきたというわけ」

「俺ですか……? 魔法も使えないのに?」

「そこはもちろん、みんなその『目』に期待しているんだよ」


 クロトは言って、祐司の瞳を指してぐるぐると指を回す。


「こっくりさんの話は聞いたよ。あれが呪文なしで見えるとなると、君のその目は相当だね」

「相当……なんなんですか?」

「単なる、"魔法のかかった目"じゃないということだ。

 つまり、目――眼球そのものが魔力を持っていることになる。だから、魔力を介して、他人に見えているものを伝えられるんだろう。

 体の一部に魔法がかかっているのは珍しくもないし、よく使われる魔法の一種でもあるけれど、体に魔力を持っている、しかも瞳に、というのは、ずいぶんなことなんだよ」

「そうなんですか……?」


 いまいちピンとこない話だ。

 祐司は目を閉じて、まぶたの上から眼球を触ってみた。

 うにうにとした感触しかない。あとちょっと痛い。


「普通だと思うんですけど……」

「「普通ではない」」

 二人から言われてしまった。


 そこで、そうだ、とクロトが手を打った。

 言っておかないといけないのだった、と前置きし、


「君のご両親に会ったよ。いろいろと許可をもらっておいた。そのほか、他の先生方にもいろいろ許可をもらっているから、瀬尾くんの身は完全に私の手中にあるといっていい」

「ちょっ、また俺を介さずそういうことを!?」

「――まあ、なんというか」


 抗議する祐司に、何故かクロトは一瞬複雑な表情で彼を見つめた。


「君は、まだ若い。時には助けもいるだろう。そのときのための、ちょっとしたお願い事をしてきただけだよ」

「はぁ……わかりました……」


 曖昧な言い方だが、ともかく害はなさそうなので了解しておく。

 クロトも何度か頷き、にっこり笑った。


「さて、じゃあここでひとつ、君にプレゼントをしよう」

 すると突如、クロトの手に長い棒――明らかに年季が入った、黒檀色のそれが現れた。

「うわっ」

「おお、びっくりしてくれるのか。とても新鮮だ」

 なにもない宙空から出てきたのだ。手品でもさすがに驚くし、もちろんこれは手品ではない。

 クロトはなにごとか小さく唱え、その杖をとん、と床に突いた。

 瞬間、

 ゴォゥッ。

 音を立てて教室全体に風と白い光の粒子がはしった。

 きらきらと残る光が手のひらに乗る。

 あっけにとられていると、先生は満足そうに、


「よしよし、まだ使えるね。これを君にあげよう」

「な……なんです、これは……」

 両手で受け取って、祐司は尋ねた。


 杖といっても、節くれだったような、ありがちな形状ではない。

 何らかの刻印が入っているものの、本当に、ただの長い棒である。


「これは私が昔使っていたものだよ。若気の至りがぱんぱんに入っている」

「入っている……?」

 この棒に?

「簡単に言うと、過去余っていた私の魔力が入っているんだ」


 にこにこといつも通り微笑む先生。


「例えばだが、瀬尾くん、君の守護のために、二十四時間張り付いてもいいかね?」

「絶対に勘弁してください」

「うん、つまりね、まあそれは防犯ブザーみたいなものさ。

 眠る時は枕元に、出歩く時はぜひ手に持って、とは言わないから、とりあえずこの杖のことを意識して行動してくれたまえ。君の安全と、私の安眠のために」


 そう言って、微笑む表情を変えず、先生はじいっと祐司の瞳を見つめた。


「――君の目は、やはりとてもおいしそうだね」

「はっ!?」

 急なカニバルに祐司はたじろいだ。

「えっ、目って、た……食べられるんですか?」

 衝撃的な発言に、思わずあさっての方向で聞き返す。

 先生は軽く頷き、

「そうだね、血に、体液、髪、眼球、心臓。これらは強い魔力を持つんだ。致命的であればあるほどいい」

「そういえば、このあいだ習ったような……」

「そうそう。基本だからね。よく覚えておきたまえよ」


 と、ふっと笑顔を消し、ぽんぽん、と祐司の頭を軽く叩いた。


「いいかい、その『青の瞳』を狙っているものもいるのだ、と考えて行動しなさい。そのためにも、その杖を君に授けるのだから」

 教師のようなことを言い、しかしクロトは息を吐いてだらしなく机に頬杖を突いた。

「じゃ、紅茶淹れてくれるかな? 一限は休みにしておくからさ」

「俺の貴重な数学の時間を、勝手に休みにせんでください……」

「まあまあ、数学くらいだったら私が教えるよ、ゆーじくん、我が恋人よ」

「だっ、だから茶化さないでくださいよ……!」


 

 こぽこぽと電気ケトルがお湯を沸かす音がする。

 ひなたが、どこからか真新しいノートを取り出す。

 隣から見ていると、表紙に可愛らしい字で「"不明存在対策部 日誌"」と書いた。

 そして、こちらの視線に新緑の瞳を合わせ、にっこりと笑う。


「今日から始まる、私とゆーじくんのおもしろおかしい愛の日々の記録だよ」

「おもしろおかしい愛の日々……?」


 愛ってそういうことなのか?

 疑念がわいたが、それは先輩の計り知れない冗談なのだろう、そう祐司は結論づけた。真面目に深く考えても詮無いことなのだ、きっと。


「これからいーっぱい一緒にいようね、ゆーじくん」

 ひなたが名前の通り、明るく柔らかな笑顔を向けてくる。

「ええと……」


 こういうとき、赤面せずにはいられないのが祐司である。

 けれど、言うことはちゃんと言わなければ。


「はい、これから、いっぱい一緒にいましょう。その、部の活動で」

「んもー、真面目だな君は! こういうときは、こうでいいんだよ!」


 ぎゅっと両手を両手で取られ、握手よりももっとしっかりと、二人は手を組み合った。

 うれしそうに、ひなたはぶんぶんと手を振る。

 それはやわらかくて、少し小さく細い手だった。


 ――ああ、そうか、この手のために、これから彼女と共にいるのだ。


 天啓のようにその言葉が胸の内にあふれた。

 悪くないな。

 祐司は、ひなたに微笑み返した。



 日誌の最初のページには、「6月3日 晴れ 不明存在対策部、結成!」と記されている。

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