小悪党

粋羽菜子

小悪党

「やぁ、どうも。泥棒ですか、お疲れさまです。」

長年泥棒をやっているが、この男は一等変わった男だった。今回のターゲットは温和そうな見た目で、大体そういう奴は凶器を持った俺に怯えて部屋の隅で震えている。それがどうしたことか、いきなり刃物を持ってやってきた俺に微笑みかけるどころか、挨拶までしやがった。これには思わず俺の方がたじろいでしまって、どうしたものかと一瞬考える。だが、俺は泥棒だ。物を盗んでこそ泥棒というものだ。そのまま脅しをかけてやろう。そうすればこいつも少しは大人しく怯えてくれるはずだ。

「おい、静かにしてろ。お前の家のものは俺がもらう。もしも暴れたり、助けを求める素振りがあったら容赦しねぇぞ。」

「はい。はい、分かりました。私は大人しくしておりますので、私の家にあるものはお好きなだけ持っていってください。」

脅しをかけても柔らかな雰囲気が崩れることはなく、自分の家のものは好きに持っていっていいという。いよいよ訳が分からなくなってくる。害があるわけではないし、こちらとしては有り難い限りだが、やはり少し気味が悪い。これはさっさと荷物を運び出して逃げるのが得策か。何を企んでいるのか知らないが、持っていけるものは持っていこう。軽く舌打ちをして、念の為もう一度男に声をかける。

「今から作業を始めるが、本当に大人しくしていろよ。」

「わかっています。私も自分の身が大切ですから、あなたの指示に従いますよ。」

まぁ、良い。俺の方も欲張らずに高そうなものを数点見繕って早く逃げよう。そうして、俺が物色を始めると男の家は泥棒にとって宝物庫のようなものだった。高価な品がざくざく

出てくる。この男はもしやどこかの資産家なのだろうか。ここで物を取られても、再び家具を揃えられる故の余裕なのか。そうだと決まったわけではないが、そう思うと無性に苛立ちが湧いてくる。社会は不公平だ。俺がこうして泥棒をやっている一方で、こんなに豊かな生活をしている奴がいるなんて。さっさと、撤退しようと思っていたが予定変更だ。この家の家具は全て持ち出すことにする。その時、カチャカチャとガラス同士がぶつかる音がした。男が余計なことをしているに違いない。そう思って音の発生源に近づくと何やら良い香りがしてくる。

「おい!余計なことをするなと言っただろ、何をしている。」

「あぁ、すみません。禁止されていたのは暴れたり、助けを求めることと言われましたので、お茶を飲もうと思いまして…。お茶を入れることは禁じられていなかったので。余計なことだったでしょうか。貴方の分も入れてありますよ。」

普通、泥棒に脅されたらただ部屋の隅に立っているだけだろう。独断で茶を入れ始めるとは、なんんと命知らずな奴なのか。男が屁理屈を捏ねていることも無視して呆れるくらいだ。これだから頭のゆるい資産家は、と知ったような口を利きつつ男が入れた茶を見やる。金持ちなだけあり、教養があまりない泥棒でも良い品だとわかる一品だ。どうせ家具を盗み出していくなら、茶も飲んでいこうと思って俺は茶を一気に飲み干す。ふむ、よく分からないがいつもの茶よりも美味い。

「どうでしょうか、お茶の味は。私、これでもお茶を美味しく入れるのが得意なんですよ。」

「まぁまぁだ。悪くない。もう少しで作業が終わる。それまで大人しくしとけ。言われたこと以外やるな。」

茶の感想には少々見栄を張って、男に再度注意をしてから作業に戻る。しばらくして、全ての荷物を運び出したあと金持ちの男に別れを告げられた。最後の最後までふざけた奴だったな。


「さて、小悪党の泥棒さんは帰りましたか。それにしても助かりました。彼のおかげで準備がだいぶ早く進みそうです。いちいち自分で家具を運び出すのは時間がかかるし、何より目立ちますからね。さっさと、この家を引き払って逃げるとしますか。はぁ…、住みやすい家だったのですが仕方がない。FBIに追われていたら、おちおち休憩も取れませんね…。詐欺師も楽じゃない、ってところですかね。」

詐欺師を職業としてる男は、ぶつぶつと呟きつつ新たな拠点へと自分の身柄を移す支度を始めた。

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小悪党 粋羽菜子 @suwanako

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