4.夜の逢い引きはまだ早い。-3
「いくら婚約者つったって、犯罪は犯罪でしょー。不合意ならゴーカンだよゴーカン」
「うるさい」
「まぁご丁寧に防音と気配遮断の結界までかけて。これで出入り口を封印してたら言い訳無用で犯罪ですよ、御前。厭ですよ私は。御前を警備隊に突き出すなんて」
「うるさい」
「えぇっと……」
双子の乱入により絶体絶命のピンチを脱したランヴァルトは、その二人に挟まれてソファに座っていた。エルヴィーラはふて寝している。ランヴァルトのベッドで。
やめていただきたい。移り香でもしようものなら、そのベッドで眠れなくなってしまう。
「俺しょうじき、「
「うるさい」
「見る人の心を痛める光景ですね。私には清らかな乙女に襲いかかる卑劣な暴漢に見えましたが」
「うるさい」
こちらへ背中を向けたまま、エルヴィーラは拗ねた声で「うるさい」を繰り返す。なんだか幼い子のように見えた。ちょっと可愛い。
「てかさー、テンペスト帝国ほっといていいわけ? 姐さんいつも、相手が泊まる場所用意してくれたらそこで過ごすのが礼儀だって云って、ちゃんと泊まって来るじゃん」
「帝国の侍女に一言云って来た」
「それ、向こうがパニックになってる奴」
「早く帰って下さい、御前。
「死ぬ奴じゃーん」
何か物騒な会話がなされているが、ランヴァルトはどうコメントすれば善いか分からない。気の利いた言葉など、この状況で云える訳もないが。
しかし、ヴェルトが気になる事を入室時に云っていた事を思い出した。この空気を変えるため、ランヴァルトは勇気を持って声を出す。
「あの……」
本気で蚊の鳴くような声が出た。
凄い。人ってこんな小さい声が出せるのか。
「声ちっさー」
「いかがなさいました、旦那様? やはり御前を訴えますか」
「いえそうではなく」
獣人族である故か、耳の良い二人はランヴァルトの掠れ声を拾ってくれたようだ。
「ヴェルトが入ってきた時、気になる事を云っていたな、と」
「俺なにか云ってたっけ?」
「えぇー……?」
「あぁ、ベック夫人の事ですよ」
「え、ベック夫人?」
双子とベック夫人に面識はあるが、ヴェルトがうるさいと感想を持つ程関わりはあっただろうかと、ランヴァルトは首を傾げた。
ヴェルトとヘイスは、ランヴァルトと一緒でなくては離れへ行かないし、ベック夫人はエルヴィーラ側の人々を避けがちだと思っていたが。
「あー。姐さんが防音結界も張ってたから、わかんなかったか。あのねぇ、だんなさま。さっきからあの小母さんが乗り込んで来ててね、だんなさまに会わせろって騒いでんの。そんでうっせーからどうにかして貰おうかなーって」
「ベック夫人が?」
「そうなのです。離れのメイド達を引き連れて、エントランスで大騒ぎですよ。家令殿と侍女頭殿が対応してますが、旦那様に会わせて貰えないなら帰らないとかなんとか」
「うっぜぇし魔術で吹き飛ばしてもいいんだけどさー。流石にだんなさまの知り合いだし? 勝手にやったら悪いかなーって」
「思いとどまってくれてありがとう……!」
ヴェルトの言葉にランヴァルトは本気で感謝した。
この時間に訪ねて来るベック夫人は確かに非常識だが、だからと云って吹っ飛ばして善い訳では無い。好き勝手振る舞っているように見えて、ヴェルトにもブレーキはあるのだ。
「……それならヴァルタル
むっくり、背を起こしたエルヴィーラがそう云った。ちょっと不機嫌な声だ。
「え、でも」
「この時間に会うのは宜しくありません。会えば調子に乗ります、あの手合いは」
「そう、ですか……」
会うべきと云うか、事態を収めるべきではとランヴァルトは思った、エルヴィーラの意見は違うようだ。エルヴィーラにそう云われてしまっては、ランヴァルトは従うしかない。
また判断を間違えたようだと、肩がしゅんと落ちた。
「……ねぇ、姐さん」
またノルデンフェルト前公爵に迷惑をかけてしまうとさらに落ち込むランヴァルトの横で、ヴェルトまで不機嫌な声を出した。驚いてそちらを見ると、先ほどとは種類の違う、苦り切った顔をしたヴェルトがエルヴィーラを見ていた。
「だんなさまが大事なのは分かるけどさぁ、云い方ってあるじゃん。やり方もさぁ」
「……何が云いたい」
「姐さんがだんなさまを箱に入れてだぁいじに仕舞っておきたいのは知ってっけど、判断力まで奪うのやり過ぎじゃねーの? 俺、お人形の世話とか退屈でヤなんだけどー」
「――……あ゛?」
エルヴィーラから、もの凄く低い声が響いて来る。奈落の蓋でも開いたかな、と錯覚するような重低音に、ランヴァルトは心底びびり倒した。
思わず縮こまるランヴァルトの隣りで、ヘイスも体を強ばらせている。平然としているのは、ヴェルトだけだ。
「だんなさまが自分から箱に入るなら、別にいいよ。だんなさまが選んだなら、俺も文句ねーしぃ。でも姐さんが無理矢理押し込めんのは違うでしょ。もーちょっとさぁ、だんなさまの自主性をそんちょーしてやったらぁ? 今の姐さん、けっこーキモい」
「……云うじゃないか、仔熊風情が」
ベッドからするりと降りたエルヴィーラが、ソファの前に立つ。ヴェルトを見下ろす目は、氷山のように冷たい。
ヘイスの緊張が深まった気配を感じる。小さな声で、「ヴェルト」と諫めるように呼んでいたが、片割れは話を続けた。頭の後ろで両手を組んでふんぞり返り、これまた組んだ長い足を片方、ぷらぷら揺らしている。めちゃくちゃ尊大な態度である。上司の前でする格好ではない。
ヴェルトの神経って魔導超合金で出来てるのかな、とランヴァルトは現実逃避気味に思った。
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