3.ロイヤルファミリー・ストーム!-1

 ランヴァルト達が住まうフロード王国は、東大陸西部を約四百年に渡って支配する強国だ。

 元々は小国であったが、英傑や運に恵まれ支配域を順調に拡大。曾祖父の代には非常任とは云え、【四大陸大同盟】の理事国家を任ぜられるほどの大国となった。そして今や、世界一の大富豪エルヴィーラを擁する事で財政面での不安もほぼ無くなったと云ってよい。【聖地】も認める優良国家の一つである。

 その興りは、かつてこの地を荒らしていた魔物を駆逐し、人々を導いた英雄であった。その為か、個人の武勇を大切にするお国柄である。強さこそ正義、力こそパワー。そう云う脳筋な所があった。

 その点で行くとランヴァルトなど、男扱いどころか貴族扱いも微妙な感じになってしまう。顔が良いだけの小心者なんて、この国では貴族男子として認められない。鼻で嗤われ、箸にも棒にもかからない、そう云う扱いだ。

 血統の良さ故にあからさまな排斥にまでは行かなかったが、貴族令嬢の結婚相手として当主から「無し」判定されていた。「どうしようか?」なんて考慮もされない。最初から「こいつは駄目だ」「絶対無い」と判断されていた。

 武勇もなければ金もない、明るい未来もない、ナイナイ尽くしの男なのだから当然ある。顔がいい事だけが救いか。それとも悲惨さに磨きがかかったと云うべきか。

 とにもかくにも、それが現実だった。



「――そんな孫にこれほど良い縁談が来るなんて……。余、もう死んでもいいわ」

「止めて下さい父上。ランが引いてます」


 おいおいと泣く国王陛下こと祖父を前に、ランヴァルトは遠い目をする。現実逃避だ。祖父を宥めてくれている王太子――伯父の言葉に全力で同意する。内心で。


(陛下がそこまで泣くような事かな……)


 今ランヴァルトが居るのは、フロード王国の王城。国王所有の部屋の中でも格式高い「青林の茶室」だ。国王が個人的ながら大切な客人を招く部屋である。

 ランヴァルトはいつも国王が血縁を招く「紅葉こうようの間」に通されていたので、この部屋には初めて入った。入った時は喉がヒュゥと細くなった。

 人間国宝と呼ばれるような技術者達が、丹精込めて作ったであろう家具の数々。魔導シャンデリアは特級結晶を使用している。大きな窓は当然のように透明度が高く、衝撃にも強い魔導ガラス。その向こうには王都を一望出来る絶景。

 警備の関係上、複雑な道を案内されたので王城のどの辺りに「青林の茶室」があるのか明確には分からないが、相当良い場所にある事は間違いない。あらゆる意味で一級どころか特級の部屋だ。もう怖い。国王、王太子の前に座った時から、ランヴァルトは震えっぱなしだ。心の中で。

 用意されていたティーセットも、淹れられた紅茶も、皿に盛られた菓子類も、エルヴィーラが用意させるものと遜色が無かった。つまり相当金をかけている。孫が来るだけなのに。気合いの入りようが以前とは全く違った。

 前――エルヴィーラと婚約する前とて、国王から粗雑に扱われていた訳ではない。むしろ、力の無い、役に立たない公爵相手に、それは気を遣ってくれていた。他の公爵と同等ではなかったが、それこそ些細な差だった。こちらが申し訳なくなるくらい、国王そふ王太子おじも真っ当に接してくれていたのだ。

 そこに来て、この対応。国王がランヴァルトとエルヴィーラの婚約を、どれだけ重要視しているか分かると云う物だ。「絶対にしくじるな」と云う圧を感じた。胃痛がする。


「はぁ……。すまぬな、ラン。つい取り乱してしまった」

「いえ……」

「いやはや、これでマティルダにも顔向け出来ると云う物だ。あの子の喜ぶ顔が目に浮かぶのぅ」

「はぁ……」


 泣き止んだ――泣き真似だったかも知れない――国王が、絹のハンカチ片手にニッコリ笑う。その笑顔はやはり母・マティルダと似ていて、血の繋がりを感じた。

 フロード王国国王オスヴァルド三世=トーレス。ランヴァルトの祖父である。

 御年七十六となられるが、長命種の血が入っているのでまだ五十代くらいに見える。フロード王族に多い金の髪は豊かに艶めき、ランヴァルトにも受け継がれた瑠璃色の目は生命力に輝いていた。顔立ちは凜々しく、蓄えられた髭は威厳を醸し出し、体格も良く、フロード王国の男らしい壮健さである。

 後三十年は現役だろうな、と云うのが臣下たちの考えだが、本人は家族の前でしょっちゅう「退位したい、隠居したい、楽したい」などと云って、息子である王太子から尻へ蹴りを食らっているらしい。遠慮の無い親子である。


「マティもそうだけれど、当然我々も嬉しく思っているよ、ラン。本当におめでとう」

「ありがとうございます、殿下」


 トーレスの隣りで同じくニッコリと笑い祝福してくれたのは、王太子のトールヴァルド=ヨエルだ。

 御年五十一のヨエルもまた、見た目は三十半ばと云った所。長い金髪を一つにくくり、王妃ははおや似の切れ長な銀の目は英知を感じさせる。背は高く体はガッシリしていて、両親とも人間なのに熊っぽく見えた。ただ浮かべる表情は柔和なものが多いので、威圧感はあまりない。

 国王ちちおやが飄々としている事を反面教師にしたのか、真面目で理性的、突っ込みは厳しめ。だがランヴァルト相手でも優しい、情に厚い方だ。


「ここでは王太子より伯父だよ。そんなに緊張しなくていいからね」

「……はい、伯父上」

「はいはい! 余も前みたいに「おじいちゃま♡」って呼んで良いからの!」

「………………はい、陛下」

「なにゆえ?!」

「前って何年前ですか父上。ランがよちよち歩きしていた頃の話でしょうに」

「そんなのちょっと前じゃろ!」

「……」


 長命種らしい時間感覚の雑さが出ている。

 とは云え、フロード王室に長命種――森の人エルフの血が入ったのはかなり前なので、祖父は厳密には長命種ではないが。それでも普通の人より寿命は長いし、最盛期の姿でいる時間も多い。

 人間、獣人、虫人、石人、花人などなど、人と名のつく種族をひっくるめて人類、または人族と呼ぶ。この世界で最も多く、一定の文明を保つ生物だ。

 その人類の上には、長命種、もしくは上位種と呼ばれる生命が存在する。その中の一つが森の人エルフで、他の長命種と違い生活形態が人類に近いので、たまに婚姻などで人に混ざってくるのだ。その血筋は【長命種血統】と呼ばれる。

 先に云ったように【長命種血統】は、通常の人類より寿命や最盛期が長い。故に王侯貴族は森の人エルフを見かけると、こぞって口説くのだ。ただ、無理矢理連れ去ったり、強引に婚姻へ及ぼうものなら、【聖地】が黙っていない。世界宗教の頂点【聖地】はみんな怖いので――本当に怖いので、森の人エルフの意思が無視される事はない。そもそも森の人エルフ自体、魔力が高く肉体も頑丈。普通に戦えば人類を圧倒出来るので、人は下手に出るしかないのだが。


「ランもエルもベリーも、みんなあっちゅーまに大きゅうなって……。余の両手にすっぽり収まってた時期短くない? 短くない?!」

「赤ん坊から幼児期の成長は著しいですからね」

「そんな正論、余は聞きたくないの! ……それで、ラン? ランヴァルト!」

「はい、…………お祖父様」

「まぁよし! ……そなた、エルとの間に子が生まれるのはいつだ?!」

「ごっほ!」

「異世界の高名な画家がどうした?」

「父上……。子より先に結婚式と披露宴でしょう……」

「おっとそうじゃった。それで、エルが云うように半年後か? 長くない? だいぶ先じゃない? もう三ヶ月後でよくない? いっそ来週とか」

「よくないです……」


 むちゃくちゃ云う祖父である。

 貴族の婚姻はとにかく金と時間と手間が掛かる。式場の手配、ドレスなど衣装、宝飾品の準備、必要な人員の雇用と教育、招待状の準備などなど。式場は貴族の家格によってある程度絞れるが、他の家と被った場合はどちらが先に行うか否かで交渉の必要が出てくるし、ドレスやタキシードなどは当然オーダーメイド、既製品などあり得ない。特別な式典なので普段より人手が必要になるが、例え使用人でもある程度の血筋でなければならない為、「手を貸して欲しい」と他家へ協力を願わなくてはならない。招待状は誰に出すか、どの順番で出すか、紙の質は、焚きしめるお香の種類は、と一々面倒くさい。

 正直なところ、婚約から半年で結婚は最速に入る部類だ。それもこれも、エルヴィーラの財力と人脈あっての事である。

 小耳に挟んだ話だが、「式場にはうちを使ってくれ」と云う声が国内の各施設だけでなく、他国からまで来ているとか。どう云う事だ、と顔が世界の真理を知った猫になってしまう。新郎新婦どちらもフロード王国の貴族なのに、他国で式を挙げるとか常識的に云えば「無い」のだが。

 ――つまりそれだけ、エルヴィーラの影響力が凄まじい事の証明とも云える。


「まぁ冗談なんじゃが」

「冗談じゃなかったらタイキックですよ父上」

「異世界から伝わった格闘技止めてくれ。あれ、絶妙に凄く痛いんじゃが!」

「笑ってはいけない時に笑った者への体罰用だそうですから、ことさら痛いのでは」

「え……。それであの威力の蹴りなの……? 異世界こわ……」

「異世界は不思議でいっぱいですね」


 笑ってはいけない時に笑った者への体罰とか、凄く限定的だと思うのだが。どう云う状況なのだろう。式典中などで笑ったらその場で体罰を加えられるのだろうか、異世界は。怖い。


「あぁ、異世界と云えば……ランは知っておるか? エルの曾祖父殿が”記憶持ち”だった事を」


 話が切り替わる。それと同時に、空気も切り替わった。

 ランヴァルトは元から伸びていた背骨へ、さらにぐっと力を入れた。


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