45.修羅場
「芝居みてぇ、本当にあんだなこういうの」
エンショウがからかうように口笛を吹いた。
「ねぇ、恋人に会いに来るのに武器握ってるのは普通なの?」
カノウが真剣な面持ちで首を捻る。
「ヨミチくんより小柄な女の子なんだね」
何かに納得したようにハレは頷いた。その横でウミは退屈そうに持たされた軽食の残りを口に放り込んでいる。
「ヨミちゃ…心配してたんだよ…ずっと探してたの…。アタシのとこから急にいなくなっちゃって…アタシ、不安でご飯も食べられなかった…ヨミちゃがいないとアタシ……生きてけないから……」
「ルーちゃん……ごめんね…」
ヨミチは、ウミ隊の誰もが見たことないような、どこまでもどこまでも優しい笑顔を浮かべ、穏やかにそう言った。
「ヨミちゃ……アタシを捨てて冒険者になったの?」
「捨ててないよルーちゃん。これにはわけがあるんだ。ね、説明させて?」
「聞きたくないよ…! アタシを捨てた言い訳なんて…! ねぇヨミちゃ…冒険者はさ…死んじゃうんだよ…? アタシの知らないとこで…そんなの嫌なの…だからねアタシ……」
「あ、嫌な予感がする」
エンショウが呟いた。
「ここでヨミちゃを殺して、アタシも死ぬの……!」
「ルーちゃん!」
突き出されたダガーを、ヨミチは体を捻って避ける。そして左腕と胴で少女の細い手首を挟み腕の自由を奪うと、右手を自身の背中から回してダガーの束を抑えた。そして体をくるりと反転させダガーを取り上げる。
「僕ちょっとあっちでルーちゃんとお話してくるから…先に情報集めといてぇ…」
ダガーを取り上げられ半狂乱で泣き喚くルーの肩を抱き宥めながら、ヨミチは人気のない路地の方へ消えていく。
「……ちょうどいいや。なあ、おっさん」
時折ヒステリックな叫び声の聞こえる路地へつい視線を奪われながらも、エンショウは一度咳払いしてそう切り出す。
「おっさん、あんたここの迷宮のベテランなんだろ? ちょっと聞きたいことがあんだけど」
「おじさんに答えられることなら、教えるヨ…! 若くて優秀な冒険者は貴重だからネ!」
「優秀ってこたねぇけど…まぁいいや。あのさ、二層のこの辺にあるヒドラのレリーフの着いた扉と、この辺にあるやっぱりヒドラの彫られた大扉、知ってる?」
地図を広げて見せながら、エンショウは男に尋ねた。
「知らないけれど、知ってるカナ」
そう言って、男は頷く。「どういうこと?」とカノウが首をひねった。
「二層にそんな扉は無かったけれど、扉そのものの仕組みは知っているってことだ。モンスターの種類は違えど、よく見る封印だからね」
男は突然、訛りのとれた流暢な言葉で早口に話し始める。初めて出会った時から、真剣な話となるとこの男は口調が変わる。
「大扉の中にはヒドラがいる。ヒドラを倒せば、ヒドラのレリーフのついた扉も開く。簡単だろう? でも、おじさんが潜ってた時の二層にはそんな面倒なもの無かったから、誰かがきっと、他の冒険者の邪魔をするために仕込んだんだろうね。そもそも迷宮に"細工"をするのは迷宮内に存在する数少ないルールに抵触することだ。それなのにこんなに大掛かりなことしちゃうってことは、王国兵にもかなり顔が利く人の仕業だろうネ…!」
「心当たりしかないわ。ありがとう」
ハナコが、美しく微笑んで手を挙げた。その額に薄らと青筋が浮かんで見える。
そのタイミングで、路地で話し合っていた二人が戻ってくる。どうやら路地の奥で怪しい露天を開いていた店主に「やかましい」と追い出されたらしい。
「今が楽しければいいってニコニコしてたヨミちゃはどうしちゃったの…? 未来も過去もない、今だけを生きてるヨミちゃが好きだったよ…」
先程よりは随分と落ち着いたが、それでも未だにぐすぐすと泣いているルーの話を、ヨミチはひたすらに「うんうん」と聞き、頷いている。
「ごめんね、ルーちゃん。全部僕が悪いよ。でも、逃げたわけじゃない、捨てたわけじゃないってことだけは、わかってね」
「捨てたわけじゃないなら、冒険者なんてやめて、ルーの家に戻ってきてよ……!」
「……それは…」
「嫌なの!?」
歯切れの悪いヨミチの反応にルーは再びキッと顔を上げる。
「なんでよ! ヨミちゃ、おかしいよ! アタシの好きなヨミちゃはアタシのお願い絶対断らないのに!」
「ルーちゃん…」
「ねぇアタシのこと嫌いになったの? 嫌になっちゃった? こんなのおかしいよね!? 他に好きな女でもできた!?」
「ちょっと落ち着いて…」
「やだ! こんなヨミちゃやだ! 元のヨミちゃに戻ってよ! アタシは」
「ちょっと。声を抑えるか、他所へ行くかしてちょうだい。往来でみっともないわ」
ルーの怒涛の口撃を遮ったのはハナコだった。ルーは深く被った帽子と口元まで引き上げたスカーフで依然顔を隠したまま、ハナコを睨む。
「誰、アンタ」
「ヨミちゃの妹のハナコよ。はじめまして。兄がお世話になっていたみたいね」
「アタシ、アンタみたいにいかにも恵まれてますって女が一番嫌いなの」
「そう。何を好こうが何を嫌おうがそれは貴女の勝手だけど、貴方のボーイフレンドは私の兄で、更にこのパーティーの一員でもあるの。あまり低レベルなワガママでこっちまで振り回さないでくれるかしら」
「テメェ…!」
「おうヨミチくん、明日はヒドラ狩りだぜ」
女性同士の間で巻き起こった突然の険悪な空気に耐えられず、エンショウはそっとヨミチを引っ張り出すと向かい合う女性二人に背を向けてにこやかに言った。
「あ、やっぱりヒドラいるの!? え〜ん、やだなぁ〜」
ヨミチの表情が、作ったような優しい笑顔からいつもの見慣れたものへと変わる。
「え〜毒とか持ってたら怖いなぁ〜…ちゃんと篭手つけてこ…。あ、ねぇ武器は最近使ってる短剣でいいのかな? リーチ足りないと思う?」
「あーどうだろ? 後ろから見てる感じ、今使ってる短剣、ヨミチくんの体格に合ってて良さそうではあったけど」
「防御面が不安ではあるよね、よくコロコロ転がってるの見るし」
「転がれてンのは、受け身が取れてっからだ。盾あっても死ぬときゃ死ぬ。無くていいンじゃねェか」
「そうだ、おじさんにヒドラの倒し方聞けば……あれ? いない」
気がつくと、先程まで立っていた男は忽然と消えている。派手な痴話喧嘩に巻き込まれる前に逃げたのだろうか。
「とりあえず短剣で行くけど、一応盾も、軽いのを腰に下げてこうかな」
「あ、ちなみにヒドラの毒に対する解毒は一応自分が…」
「ヨミちゃ!? まさか、ヒドラと戦う気でいるの!?」
ルーが、ハレを勢いよく突き飛ばして割って入る。
「やめて! 危ないよ!」
「だって、ヒドラを倒さないと三層に降りれないし…」
「降りなくていいじゃん! ヒドラだよ!? 絵本に載ってるような魔物だよ!?」
「まぁでも、人を殺すよりかはマシだしねぇ」
ヨミチはいつもの調子でそう軽口を言ってから、ハッと口を閉じた。
「人を殺したりもするの? 信じられない…ねぇおかしいよ。ヨミちゃはなんのために迷宮に潜るの? そこまでして潜る理由があるの?」
「る、ルーちゃん…」
「殺すだとか、冗談でもそういうこと言わない人だったよ、ヨミちゃは…。臆病で、可愛くて、何も出来ない、アタシだけの…」
「…今はお互い、冷静じゃないから。また今度、ゆっくり話そう。ね?」
宥めるようにルーの頭を撫で、更にぎゅうと抱き締めると、ヨミチは足早に去っていく。
追いかけようと踏み出すものの、みるみるうちに人並みに飲まれたヨミチを見失い、ルーは肩を落として俯いた。
「なんで……? ヨミちゃ、変わっちゃった…」
ポツリとそう呟いて、ルーは小さな拳を握り締めた。
「ほんとにな……」
なぜか同調したエンショウが、ルーの隣に立ちゆっくりと頷く。
「最初は嫌々、泣きながら戦ってたのに、最近はかなり頼もしい前衛になった…」
「たしかに…」とその空気に飲まれ、カノウも口を開く。
「帰りたぁいとかもあまり言わなくなったよね。むしろ、パーティーの雰囲気とか察してよく纏めてくれるし…和ませようとしてくれたり…」
「そういえばそもそも、初めにクソオカッパに面と向かって喧嘩売ったのはヨミチくんだ…」
「意外と下品な話題が好きでね…ただのぶりっ子かと思ってたら悪ノリとかもするし…」
そういえばこんなこともあった、あんなこともあったと、ヨミチとの思い出を和気あいあいと語り出すウミ隊を、ルーはキッと振り向く。
「やめて! もういい! アタシの知らないヨミちゃの話しないで! …何よ…みんな嫌いよ!」
そう叫ぶと、ふわりと広がるピンクの服を翻し、ルーは去っていった。
「俺らってなんか女の子に嫌われがちだよな」
そう話すエンショウの脳裏には、金髪が美しいフェアリーの姿が浮かんでいた。 事情を知らないハレ以外の全員が「あー…」と唸る。
「とにかく!」
カノウが手をパンッと鳴らす。
予想外に大きな音が鳴って周りの人々に振り向かれてしまい、恥ずかしそうな表情で控えめにもう一度鳴らすと、カノウは腰に手を当てる。
「厳しい戦いになるかもしれないけど、明日は頑張りましょう! 目標はもちろん、死人ゼロ! みんなよろしくね! ウミからは何かある?」
「ヒドラぶっ殺した後の三層には、いよいよ鏡の一片があっからなァ…気ィ引き締めろ」
三層。
その響きに、全員の顔が自然と真剣なものになる。
「はい。明日も昼過ぎに集合ね。じゃあ今日は解散!」
「あーい。ってことで、酒場で飯食う奴いる〜?」
「食べる! なんかカレー食べた翌日、調子がいい気がしてさ。前日に食べるのやめられなくなっちゃったんだよね」
「自分も食べる。一度帰ってシオさん連れてくる」
「兄貴帰ってるだろうし、私は下宿でいただくわ」
「帰ってアザーと食う」
「はーい、じゃあ明日よろしくねー」
そしていつも通り、皆ばらばらと広場から解散していったのだった。
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