44.間に立つ人


 小部屋区域を踏破し、全員の装備が少し強くなり、再び迷宮に潜り出して、一週間。

 毎日毎日少しずつ。地図を埋めながら丁寧に歩いていく。

 幸い、小部屋区域を踏破して以来やたらと冴えているエンショウが、大きな罠を二度も看破し被害を抑える功績を挙げ、また運良く特別強い敵に遭うこともなく、一同は順調に二層を踏破して行った。


「右上の隅には死んでも行かねぇよう気をつけろよ、また無限扉地獄行きだからな」

「まさかあの中で丸二日も経ってたとは思わなかったよねぇ」

「そろそろアザーが心配で死んじゃうから、次は無いよう本当に気をつけよう」


 カノウはそう言って、ウミの背負う風呂敷を横目に見た。

 小部屋区域での軽い遭難以降、ウミがアザーに持たせられている食料は、以前の三倍に増えている。


「あれ。この扉、開けたっけ」


 ハレがふと足を止め、通路の隅の暗闇に誂られている扉を指さした。エンショウは自らの持つ地図と見比べて「開いた! 何も無かったとこ」と頷く。


「いやーヒドラの扉を開けるヒント、なかなか見つからないね。そろそろ酒場とか内広場で情報集める必要あるのかなあ」


 これから進む通路で、ヒドラの扉の先以外の場所は全て探索が済む予定である。しかし、今のところ扉を開くためのそれらしき仕掛けや、敵、アイテムなどは何も見つかっていない。

 探索が甘い場所、となると再び小部屋区域に向かい、一つ一つの部屋を丁寧に見ていくことになるのだが、闇雲に再突撃したい場所ではない。


「もしこの先に何も無かったら、数日情報収集かなぁ」

「そういえばよー、"隊長"、酒場でも最近見ねぇよな」

「確かに。めっきり会わないかも」

「ていうか他の冒険者にも最近会わないよねぇ」

「ま、大登録会から随分経ったし、そういう時期なんじゃねぇの」


 すっかり歩き慣れた二層の大通りを進みながら、そんな話をする。

 ある程度顔馴染みになった別パーティーのメンバーが、ある日を境に欠けていて、暫くすると一人も見ないようになっている。

酒場で出会い、夢を語り合った冒険者の死体と迷宮内で再会する。

 迷宮に潜り始めてから数ヶ月。既に幾度も見た光景だった。

 感傷的な空気が流れる中、「そういえば」とハナコがヨミチの肩をちょいちょいと叩いた。


「ねぇ兄貴。あの手紙、読んでないの?」

「今そう言う話の流れじゃなかったじゃん〜」

「あー! あの! ガールフレンドからの! あったなぁそんなん!」


 ニヤニヤしながらヨミチの頭に肘を置くエンショウを、鬱陶しげにヨミチは払い除ける。


「よ、読んだよぉ……もちろん」

「返事は? 出したの?」

「えっとぉ…なんで?」

「追加の手紙が来たわ」


 ギクリとヨミチは顔を僅かに背ける。


「なんだよなんだよヨミチく〜ん。女を選んで冒険者引退か?」

「え"、ヨミチくん冒険者やめちゃうの!?」


 話半分に聞いていたカノウが勢いよく振り向く。


「冒険者やめたらもう会わないだろうしなぁ、今生の別れになるかもなぁ」


 わざとらしく、よよよとエンショウは袖で顔を隠す。


「いや、会わないってことはないでしょ。僕が迷宮潜らなくても、街中で普通に会うとか…」

「え? だってヨミチくん、冒険者やめたら女の子のいる田舎のお家に帰るんじゃないの? お家が恋し〜ってずっと言ってたじゃん」

「……あ、あぁ。そうだね」

「ヨミチくんいなくなったら、寂しいよなぁ。バカ話すんの楽しいし、強いし、面白ぇし」

「しかも可愛いし〜?」

「可愛いし〜!! よっ! 俺たちのお姫様!」

「エンショウくんわかってるねぇ〜♡」

「あ、お姫様♡足元にうんこ落ちてるぞ♡」

「どぅわッ! おい! もうちょっと早く言ってよ!」

「遮るわ。前方、敵」


 ハナコの鋭い声にウミがいの一番に武器を構えて飛び出す。黒い塊に見える何か。ウミの一太刀を食らうとそれは膨らむように広がり、群れで現れた大量の虫であるとわかる。


「わ、わ、人っぽいのいる!」


 ヨミチの指さす先。虫の群れの更に向こうに、武器を持った人型の何かがいる。


「めちゃくちゃ顔が豚! 顔が豚! 殺せ! 殺せ!」


 目を凝らしていたエンショウがそう叫び、新調したボウガンを構え数発撃ち放った。ボウガンの矢は豚人間の頭に見事に命中し血飛沫が飛ぶ。が、豚人間は倒れない。

 次いでウミが豚人間の巨体に切りかかる。しかし、分厚い脂肪に阻まれて致命傷は与えられない。

 その間に、ハナコが氷の魔法を周囲に放ち素早い虫の動きを鈍らせ、槍を持ったカノウと、ピックを持ったハレが端から素早く潰していく。

 豚人間の棍棒がウミの脇腹に叩き込まれる。ウッ、と唸り声を上げて屈んだウミの横からヨミチが飛び出すと、すかさず棍棒は標的を変えヨミチの頭に向けて振り下ろされる。


「ヨミチくん!」

「っっあ〜ん! 手が痺れるっ!」


 左手に持った中ぶりのナイフ…バゼラードで棍棒を受け止めると、全身を使って押し返し、右手に持った刺突用の小ぶりな短剣…マインゴーシュを突き出して豚人間の目を突いた。

 苦しみ悶える豚人間に振り払われ、ヨミチは地面に転がる。豚人間が、怒りのまま追撃のために棍棒を振り上げる。その腹に、体勢を立て直したウミが剣を突き立てた。

 豚人間は荒い息のまま、膝を着く。


「肋折れたまま動くと臓器に刺さる! ウミ、動くな!」


 虫に何ヶ所か噛みつかれ血を流したハレが叫んだ。立ち上がろうとしたウミがその姿勢のまま固まり、舌打ちをする。


「ヨミチくん! トドメ!」

「う」


 ヨミチはおろおろとバゼラードを振りかぶる。苦しげな息を吐く豚人間が、その視線をヨミチへ向ける。

 恐怖が沸き起こる。豚人間の、人間らしいところばかり目に付いてしまう。どこを狙えばいいのか、途端に分からない。


「む、無理ぃ……」


 呻き声が漏れた。その瞬間、豚人間は甲高い鳴き声を上げてどうと仰向けに倒れた。


「動くなって言ったろ!」


 ハレが駆け寄ってきて、ウミを支えるとすかさず治癒をかける。


 結局トドメを刺したのは、立ち上がり再び剣を振り下ろしたウミだった。


「…ごめん」


 しゅんとヨミチが肩をすぼめる。


「ヨミチくん、凹んでる暇があったらこっち手伝ってー!」


 そんなヨミチの肩をぐいと掴み、カノウは黒光りする巨大な虫の目の前にヨミチを押し出す。


「う、うわああ気持ち悪い〜…!!」


 最後は全員で半分凍った虫をべしべしと退治して、戦いは終了した。


 -


「ゆーて、途中の援護良かったし、慣れっしょ慣れ」


 宝箱から取り出したスクロールを指先で器用にくるくると回しながらエンショウは明るく言った。


「慣れかぁ〜…」

「ま、俺らにはウミがいるんだし。そう焦んなくてもいいっしょ。大体なんとかしてくれるって」

「なんとかしてやっからよォ」

「ウミくん本当に強くて頼もしい…」

「実際コイツだけ実力が頭一つ…あ、そこ左だぜ」


 エンショウの指示に従い左に曲がった一同は、その瞬間に「あ!」と声を上げて足を止めた。


 禍々しいヒドラの装飾が一面に施された大きな扉が、行き止まりに堂々とそびえ立っていた。


「…開ける?」


 その大きさと威圧感に圧倒されながらも、カノウが右手を掲げる。


「待て待て待てこういう時のカノウはろくなことしないから下がってろ」

「そんな! 人のことをドジみたいに!」

「ドジ代表だよお前は!」

「……魔力の流れがおかしいな」


 ハレが両腕を広げて首を傾げた。


「なんだろこれ…部屋の中に大きい…何かがいる」


 ヒドラ。

 全員の脳裏に、巨大な蛇のモンスターの姿が浮かぶ。


「情報収集と準備をして出直しましょう」

「賛成」


 そうして、一同はヒドラの大扉の位置を丁寧に地図に書き込むと、二層を後にした。


 -


 内広場での情報収集は冒険者たちの喧嘩に巻き込まれる形で失敗に終わり、地上へと戻ったウミ隊は酒場を目指していた。


「今日は"隊長"いっかなー」

「ねー」


 夜闇の中、迷宮から長々と続く坂を下りきり、明かりの灯る賑やかな広場へと踏み込む。


「やぁ」


 そこで突然、背後から声をかけてくる人物がいた。


「久しぶりだネ…っ!」

「!? あなたは、あの時の…!」


 特徴的な訛りに、小太りの体。汗と脂で光る額。

 立っていたのは、いつかエンショウがスタナーで動けなくなっていた時に寺院へと運び救ってくれた、ベテラン冒険者であった。

 男は、ヨミチへと視線を向けると、にちゃりと笑う。


「彼氏クンとは、」

「やぁ〜! 実はもう彼とは別れちゃったんですよねぇ〜! 傷心なんでその話はしないでください! しかも本人の前ですし!」


 男の言葉を遮って、ヨミチは慌てて口を開く。その勢いと必死さに、エンショウは必死で笑いをこらえる。


「それは良かったナ…!」


 男はほほ笑みを浮かべる。ヨミチはハッとして「でも好きな子が別にいるんで!」と付け加えた。エンショウが吹き出す。


「そうみたいだ、ネ!」


 男は変わらぬ微笑みのまま、ゆっくりと頷く。


「実は、君を探しているという女の子を連れてきたんだ。君たちはよくこの時間に迷宮から戻ってくるって聞いて待ってたんだけど、無事に会えたね」


 そう言って男は、横にも縦にも大きな体を一歩横に避けた。


「ヨミちゃ……」


 鈴の鳴るようなか細い声。ヨミチの喉がヒュッと鳴った。


「る、る、る、ルーちゃん…!」


 そこには、つば広の帽子で顔を隠した小柄な女性が、両手でダガーを握って立っていた。

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