16.着てる服
広場から少し歩いたところに、その商店はあった。
エンショウの説明するところによると、この街で唯一の冒険者向けの専門店らしい。
正直、迷宮ありきのこの街で冒険者の用具を扱う店が一つしかない事に強烈な違和感を感じるが、ヨミチはあえて気にしないことにする。
ヨミチは、権力を含む大いなる力には出来る限り逆らわないタイプである。
「ボ………ク? タ? 商店?」
辿り着いた先、その商店にかかる看板は、一部が禿げて読めなくなっていた。
「もうずっと禿げてんだよ。だからみんな、ボッタクリ商店って勝手に呼んでる。ここの生活一番長いカノウですら正式名称知らねぇらしい」
「いや店名、不穏すぎない〜?」
「まあ、ゆーてあだ名だし、ほんとにぼったくってんのかは……どうだかな。俺も初めて入るから」
目配せをし合い、ウミを先頭に鐘の付けられたドアを開いた。
「いらっしゃい、冒険者さん」
にこやかな、恰幅のいい店主に迎えられた。
僅かに迷宮を感じさせる埃と黴の臭い。薄暗い店内に誂られた棚には様々な品が所狭しと置かれている。
見たことも無い武器、曰く付きの防具、煌めく装飾品には、なんとも男心をくすぐる引力があった。
「全員で1000Gで収めるって話だよね」
ヨミチが、吸い寄せられるように棚へ近づきながら確認する。
「おう。初心者があんま不相応なもん身につけてても迷宮盗賊に盗られるだけって登録会でも言ってたからな。一層、二層らへんうろつくなら、その程度でいいらしいぜ」
エンショウが財布を揺らす。
既にその中には全員分の予算、1000Gが収まっていた。
「とりあえず、前衛は装備固めたいよねぇ。武器が必要かな」
「ヨミチくんは棍棒あるからいいとして。あとは、盾とか…。うわ、ハレが着れる服とかねぇよこんなん」
「え、僕もうあの棍棒で確定なの?」
「なんか得意な武器とかあるなら、棍棒はウミに回すけど。こいつなんでも使えっから」
「俺ァ、ほとんどなんでも使えるぜ」
「……特には無いから、棍棒でいいけどぉ…」
釈然としないながらに、ヨミチの当面の武器は棍棒で確定する。
迷宮に潜るしかないのなら、どうせなら何か格好いい武器を握ってみたかった。「中古の棍棒かぁ」と恨みがましげに呟く。
「たった一本でパーティーを生還させたっていう箔はついてるぜ」
エンショウは飄々と嘯いた。
「そもそもの持ち主は迷宮で死んでるだろうけどね」
と、ヨミチは皮肉げに返した。
各々、店内を歩き、見て回る。色が違う、形が違う、だがそれにどんな意味があって、見た目以外に何が違うのか…わからない。
店主に聞いてみようと振り返ると、カウンターに一枚の紙が貼られていた。
【鑑定、識別、承ります! (※有料)】
ダメだこりゃ、とヨミチは棚へ顔を戻す。店主は入ってきた時と同じにこやかな笑顔で座っている。
「やばくね、これ! かっこよくね! いくら? 500G? 買えるじゃん!」
壁にかけられた、見たことも無い細く長い剣を見て、エンショウは騒いだ。
先程からエンショウは物珍しいものを見つけては子供のように「これいいんじゃねぇか!?」とはしゃぎ、その度にウミかヨミチに却下され続けていた。
「いやみんなで1000Gなのにそれ買っちゃったらもう半分だよ」
ヨミチが、並ぶ手袋の値段を見比べながら冷静に言う。
「買っちゃった」
「なんでよぉ!」
振り返り、エンショウの頭を思わずすぱん! と叩いた。
カウンターに置かれた剣、どう見てもヨミチなどは持てるサイズでない。「いや、でもこれ絶対いいやつだぜ! 高くて悪いもんがあるわけねぇし!」とエンショウは力説する。
「いいですねぇ、お若い冒険者の方」
揉めている三人を尻目にテキパキと剣を梱包しながら、店主が話しかける。
「お力があるのですねぇ」
少し他の初心者用武器より高いものを買っただけで変なおべっかもあるもんだと、ヨミチはエンショウの胸ぐらを掴みながら顔を顰める。
「全然ですよぉ、初心者も初心者です」
何せ、迷宮の経験として話すならば、一歩入って命からがら出てきただけだ。正直、無かったことにしたい位の体たらくである。
だが店主は「いやいや……」と首を振る。
「野太刀を買われるとは。侍の方がいるのですね、立派ですよ」
サムライ?
「え……いないけど」
エンショウがきょとんとした顔をする。登録会でも特にサムライなどというコースはなかったように思う。
なんだそれ、と顔を見合わせていると店主が「えーと…」と言いづらそうに口を開いた。
「この"刀"という武器は、扱うのに特殊な技能が必要でして…。その技能を持つ者は、サムライと呼ばれているんです。素人が握ればまともに扱えないどころか、味方を巻き込むことすらある諸刃の剣です」
エンショウが、救いを求めるようにウミを見た。
ウミは、店主から"刀"を借りると、眺め回し、軽く振り、そしてカウンターへ戻した。
「一ヶ月…二ヶ月かそこらありゃァ、ギリ使えんじゃァねェか」
専用の技能が必要な武器をたった一、二ヶ月で使えるようになるのならば、それはすごいことだ。
だが、今求めているのは、そういうものではない。
「返品とか…」
エンショウが肩をすぼめて店主を見た。
「買取価格は半額の250Gです」
ウミは無言でエンショウの頭を叩き、財布を奪い取ると、ヨミチへ渡した。
-
「エンショウくん。買い物ド下手。マジでヤバい」
「だからテメェは万年クソ貧乏なんだよ。ちったァ反省しろこのクソダボがァ」
「なんか…気がつくと金払っちまってんだよ…」
「呪われてんの? 今度、ハレくんに解呪、頼んでみようね」
集合した時と同じ広場のベンチに並んで腰かけ、ヨミチはエンショウの奢りのパンを齧った。
買い物は、ウミと二人で行うことで一先ず無事に終わった。
エンショウを店の外に放り出したタイミングで、ちょうど同じく新人らしいパーティーが買い物に訪れたため、会話を盗み聞きして真似して購入したのだ。
「あーあ、迷宮が迫ってくる」
ヨミチは、足元に置かれている、買い物した品の入った麻袋を爪先で蹴った。
「もう逃げらんねェなァ」
「ウミくんが見逃してくれてたら、明日の朝にはお家に帰れてたんだけどな♡」
「え、なに、ヨミチくん逃げようとしてたの。こないだの遭難でビビっちゃった?」
エンショウは、自身の財布に残った金を数えながら、からかうように笑った。
「だって、そもそもハナちゃんに無理やり連れてこられたんだよ!?」
自棄になって、ヨミチは迷宮へ潜ることになった経緯を話す。
女の子と幸せに暮らしていたこと、迷宮行きはノリで話しただけだったこと、数年音信不通だったのに急に現れて有無を言わさず拉致してきたこと。
「ハナちゃん、どういうつもりなんだろ。僕なんて連れてっても、可愛いだけなのに。僕のこと嫌いなのかな」
頬杖をつき、むーっと息を吐く。
エンショウは、顎に手を当てて唸った後、「でもさ」と口を開いた。
「逆に言えば、ハナちゃんはそんなちょっとした約束をずっと忘れないでいたんだろ。よっぽど兄貴を頼りにしてんだと俺は思うけどな」
「そんないい話かなぁ?」
「そんないい話だと思おうぜ」
「うーん」
酒場で買ったジュースを飲む。口の中に、柑橘類の甘酸っぱさが広がる。
「キョウダイねェ」
ウミは、相変わらず何を考えているのかいまいち読めない顔で、ぼんやりと遠くを眺めていた。
それから、取りとめのない話をして、明日の迷宮行の待ち合わせの時間を決めたあたりで、不意に広場の入口近くが騒がしくなった。なんだなんだ、と三人は揃って振り向く。
夕方が近くなり、ますます賑わう広場のど真ん中を人々を退かしながら突っ切ってくる一団がある。
王国兵士だ。武器まで携帯している。王家の紋の入ったマントを身につけているのを見ると、迷宮前で駐屯している彼らより幾分か階級が上なのだろう。その後ろに、異様な姿が三つあった。
揃いの深紅のローブを羽織り、フードで顔を隠している。
それを見てヨミチは「あれ?」と首を捻った。その、深紅のローブに見覚えがあったのだ。割と最近、間違いなくどこかで見た。この街に来てからだろうか。
「おいおいおい、なんだあいつら」
どうにか思い出そうと記憶を辿っていると、隣でエンショウがそう声を荒らげた。見れば、ローブの三人の足元でフェアリーが蹲っている。
先導していた兵士が、フェアリーに気づき、何事か声をかけた。
ローブは手を貸すでもなく、小馬鹿にするようにフェアリーを見下ろしている。
フードの縁に、金糸の刺繍が施されていることに気がついた。特徴的な、アラベスク模様。クレマチスの花と……。
「……あ、思い出した」
ヨミチは呟く。
エンショウが「今わざとなんかしたぞアイツら」と指を指した。それに気がついたのか、一番後ろにいたフードの人物がこちらを振り向く。
「ローブ…あれ、ハナちゃんの……」
その時だった。
頬を、熱風が撫でた。ガシャン、と派手な音がすぐ隣からして、視線を向けるが、エンショウがいない。代わりに、ベンチの背もたれの部分が黒く焦げ煙が出ている。
「エンショウくん!?」
立ち上がり、辺りを見渡す。すると、ベンチの裏から呻き声が聞こえた。
「っぶねぇ…」
後頭部を地面に打ち付け、蛙のようにひっくり返っている。咄嗟に背もたれを飛び越えて、何かを避けたらしい。
「ウミ! やめとけ!」
ハッとしたエンショウが大声を上げ、ヨミチが歩き出そうとしているウミの腕を慌てて掴んだ。
「さっきの連中?」
「いや、分からん…よく見えなかった」
ヨミチが振り返ると、もう既に兵士も、ローブの姿も無い。ただ、先程あの一団と何かトラブルになっていたらしいフェアリーが、フラフラと飛んでいるのが見えた。
ウミが「ン?」と目を細める。
「アレ、孤児院トコの奴じゃねェか」
「…ヤヤだ!」
ベンチの背もたれに手を付きようやく起き上がったエンショウは、そのフェアリーの姿を認めると駆け出した。
「ヤヤ!」
「あ、あ、あれ、あ、エンさん」
そのフェアリーは顔に酷い火傷があり、右脚がなかった。ようやく追いついたヨミチはあまりの怪我に青ざめる。
「え、顔、大丈夫!?」
「あ、こ、これは元から、元からで」
慌てたようにフェアリー…ヤヤは顔を覆って首を振る。よく見れば火傷跡はケロイド状になっていて、出血のあとも見られない。ヨミチは、ほっと息を吐く。
「とりあえずあっちで座ろう」
エンショウはヤヤを抱えると、先程のベンチに戻る。酒場で水を貰い、ヤヤへ差し出した。
「一人か?」
ヤヤが落ち着くと、エンショウは訊ねた。
「あ、そ、そう。あ、アグレイさん来るからって」
「いつも通り、お使いにきたのか」
「しょ、食材の、手配を、て、手配だけ、一人で」
ヤヤは話そうとすると言葉が詰まってしまうらしく、それに合わせるように、エンショウは、ゆっくりと間を空けて返事をする。
「さっきの奴らは、知り合い?」
「あ、ち、違います」
「何か、言われた?」
「あ、ち、治癒が…なんとかと…わ、わ、笑われました。そ、それで、な、なな何かをぶつけられ、そうになって……避けて……」
何か。エンショウに向けて発された何かと、きっと同じ。火の痕跡を残す、安易には目に見えない…何か。
「…魔法……」
ヨミチが呟いた。エンショウはちらとヨミチを見たが何も言わず、穏やかにヤヤに笑いかけた。
「とりあえず、今日は送ってくわ」
そう言って、ヤヤを再び抱えあげる。
「二人も真っ直ぐ帰れよ。明日、遅刻すんなよな」
「あァ」
買った武器、防具はウミが預かるらしい。重たい麻袋を無言で担ぐと、挨拶もなくさっさと一人で歩き出してしまう。
「あ! リュック! リュック預けてる! ウミくん待って!」
ヨミチの全財産とも言えるリュックが馬車屋で囚われていることを思い出し、慌てて後を追おうとする。
その背を、「そいやさ、ヨミチくん」とエンショウがふと引き止めた。
「ヨミチくん、俺がひっくり返る前に、なんか言いかけてなかった?」
広場の明かりが逆光になり、エンショウの表情が見えない。ヨミチは一瞬固まるが、すぐに無害な笑みを浮かべ、
「ううん! 大したことじゃないよぉ」
と答えた。
「また明日ね、エンショウくん」
手を振ると、ヨミチはエンショウの視線を振り払い、ウミを追って駆け出した。
-
「買えた?」
財布を返すために部屋を訪ねるなり、意地悪くにやりと笑うハナコに、「買えましたよぉ」とヨミチは拗ねた顔をしてみせる。
「それは良かったわ」と、ハナコはご機嫌に言い、机に向かい直した。
軽快にペンを動かすハナコの背中を見つめた後、ヨミチは視線を壁へと移す。
一着の服がかかっている。黒や白など、無駄の無い色合いが多い持ち物の中で、その異様に昏く、しかし鮮やかな色は目を引いた。
だから、覚えていた。
権威ある大学へ通う優秀な魔法使いに与えられた誇りと、枷。
高位の魔法を修める学徒の証。
トゥムオロ大学、成績上位者十名へ渡される、その深紅のローブを。
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