17.迷宮、記念すべきリベンジ


 迷宮行は、雨天決行だ。

 小雨が降りしきる中集合した一行は、おはよー寒いねーと呑気に挨拶を交わす。

 前広場にいつも駐屯している兵士たちは今日は留守のようで辺りは静かだった。少し遠くで、ベテランらしい冒険者が二人、雨宿りのためか座り込んでいるだけである。


「隊長は一番戦闘慣れしてるウミに任せようと思うんだけど、異論ある人」


 準備運動の指揮をとりながらカノウが提案する。

 カノウの動きを真似して体をほぐしている全員が首を振ったため、パーティーの指揮はウミに委ねられることになった。


「さて、ここでウミくんの取り扱い説明をします。ウミくんは腹ぺこになるとおバカさんになってしまいます。ウミくんがおバカさんになる前に入口に戻ることを目標にして、まずは迷宮に慣れましょう」


 エンショウのよくわかるウミ解説に、また全員が元気な返事をする。

 たとえ腹時計でも、タイムリミットがあるというのはいい。滞在時間で揉めることもないし、期限があった方がだれることがない。終わりの見えない緊張から生まれる気疲れもしづらいだろう。


「更に今回は目標を定めていこうと思います」


 手首の運動。


「扉を開けてみます」

「ああ、前回戻った時に教えてもらったやつね」

「そう。とりあえず一層奥にある迷宮内広場とやらを目指します!」


 よっしゃー、と返事。こちらを見るベテラン冒険者の生暖かい視線が少し刺さる。「ほんとに前回遭難したんだ…」というハレの絶望的な呟きが聞こえた。


「はい、その他連絡事項ある人」


 カノウが、体操終わりの深呼吸の後に聞く。

 ヨミチは、エンショウの顔をそっと伺い見た。昨日出会ったあの怪しいローブ集団のことを皆に報告するかと思ったのだ。

 だが、エンショウは涼しい顔で「ありませぇん」と答える。

 直接の被害にあったのは、孤児院の職員だというヤヤと、エンショウだ。エンショウが何も言わないのならば、余計なことは言わない方がいいだろう。そう判断しヨミチも「ないよぉ」と続く。

 結局、ローブのことはハナコにも伝えられていなかった。言うべきだったのかもしれないが、なんとなく切り出せなかったのだ。

 まあ、似たようなローブなだけで勘違いかもしれないし、もしハナコの同級生などでも、関わらなければいいだけの話だ。

 何か起きたら起きた時に考えよう。

 ヨミチはいつも通り、面倒ごとは見て見ぬふりを突き通すことに決めた。


「ンじゃァ、行くか」


 ウミの先導で迷宮入口前に立った。漂う匂いと、ぽっかり開いた暗闇に前回遭難した時の記憶が蘇るが、不思議と恐怖は薄かった。

 武器も防具も無しで生還できたのだ。しっかりと用意して挑めば恐れることは、多分無い。

 どうやら奥には人がたくさんいるみたいだし、流石に一層で死ぬことはないよね。


 怪我だけはしないようにしよう。保険効かないらしいし。


 薄い覚悟を決め、ヨミチは仲間たちと二度目の迷宮へと踏み込んだ。


 -


 目が慣れるまで暫く待機した後、一同は生真面目に陣形を組んで歩き始めた。

 もちろん、右手の法則は採用済みである。

 初めの角を曲がったところで暗闇の奥で何か影が動いたのを確認し、すわと前衛が動いた。まずはウミが飛び出し……たところにカノウも飛び出しお見合いからの衝突でカノウが尻もちを着く。慌ててヨミチがカバーに入ろうと棍棒を振りかぶる。

 敵を確認。一匹、巨大蟻だ。これなら! とにじり寄ると、蟻は鋭い顎を持ち上げ、カウンターとばかりに飛びかかってくる。驚いたヨミチは避けようとして足を絡ませ、後ろで身構えていたエンショウを巻き込んで転倒。投げ出されているエンショウの足に噛み付こうとした蟻を、体勢を立て直したウミが蹴りあげる。


「後ろ! 後ろ!」


 ハレの叫び声に振り向くと、更に巨大蟻が数匹ぞろぞろと出てきている。よろめきながら立ち上がったカノウとヨミチは、慌てて武器を振り上げた───。



「戦闘というより、最後の方はリンチだったわね」


 ハナコは、記念すべきリベンジ迷宮の初戦闘をそう評した。

 カチャカチャと宝箱と格闘するエンショウの横で、前衛三人は座り込んで肩で息をしている。

 遅れてやってきた蟻を三人はドタバタと囲むと、蟻が行動する暇を与えず、手にした武器をやたらめったらに振り下ろした。剣、剣、棍棒。剣剣、棍棒。剣、棍棒、棍棒、棍棒。以下、棍棒。

 連携のれの字もない。紛うことなきただの暴力である。


「とはいえ負傷者ゼロでちゃんと倒しきったんだし、別に問題ないんじゃないの」


 励ますように言うハレに、「蟻だったから良かったけど、もっとやばいのだったらまずかった……もふもふとか……」とカノウは肩を落とす。


「前回はもっと上手くやってたじゃん」


 エンショウが、宝箱から無事に取りだした品々をポケットやカバンにぐいぐいと押し込みながら三人に指摘する。

 前回は負傷こそしたが、それは武器も防具もほとんど無かったがゆえであり、連携自体は取れていた。


「問題は、私とヨミチくんだね」


 攻撃の起点がウミとなることに変わりはない。今回も、ウミは素早く反応し真っ先に先陣を切っていた。

 となれば、残りの二人の動きが前回と違う。ウミに合わせられていないのだろう。


「はぁい、提案」


 ヨミチの挙手。


「はい、ヨミチくん」

「僕とハレくん交代」

「却下。ハレは僧侶でいざという時の頼みの綱だからダメ」

「僕とエンショウくん交代」

「却下。俺が死んだら誰が宝箱開けたりなんだりすんだよ。俺はヨミチくんより弱いぞ」

「僕とハナちゃん交代」

「却下。もう少し頑張れお兄ちゃん」

「戦士でお兄ちゃんなら死んでもいいって言いたいわけぇ〜? おかしいじゃん〜! 人権団体呼んでもらえる〜!?」


 もだもだと駄々を捏ねながら、よく分からない文句を言う。

 すると、黙っていたウミが口を開いた。


「誰も死なねェためによォ、戦士が前に立つんだろ。別に前衛だけで戦えってンじゃねェんだ。いざとなりゃエンショウに援護させる。ハナコの魔法もある。怪我したらハレが治す。前衛が無事なように後衛が援護して、後衛が無事なように前衛が前に立つ。分かってんだろォ」


 ど真ん中のど正論に、ヨミチは「ぎぃ〜」と歯噛みする。


「今回と前回、何が違う」


 ウミが、カノウへ顔を向けた。


「緊張……かな。前回もしてたはしてたけど、それを上回る集中があった。火事場の馬鹿力というか、命かかるほど冷静になるというか……。今回は緊張が直で来るね」

「じゃあもう、役割決めちゃえば」


 エンショウの提案。


「どうするかって動きが決まってたらそこまでテンパんないっしょ」

「いい案ね。後衛も含めて何パターンか作っておきましょう」


 迷宮の通路で車座になる。話し合いがスタートした。


 -


 まず、飛び出したウミが手にした剣で斬りかかった。


「鼠だなァ」


 胴を裂かれた鼠の決死の反撃をカノウが盾で受け止めると、ヨミチがすかさずその脇から棍棒を振り下ろした。

 頭を潰されて絶命した鼠を見て、エンショウは「おぉ」と感嘆の声を上げる。

 理想的な連携でさっくりと戦闘は終わった。


「いい感じ!」


 カノウがヨミチの首にぐいと手を回し嬉しそうに笑った。


「身長のおかげで細かい連携取りやすいね! 私がスパイでウミがテロリストだった時に二人で戦わなきゃいけない時あったんだけどさ、連携難しくって」

「さらっと出てくる情報がいちいち濃いんだよね」


 ヨミチは押し当てられるカノウの胸を肘でガードしながら変な顔をする。


「すげぇ良かったじゃん、プロってたわ」


 エンショウが、宝箱を探して周囲を見渡しながら言った。


「うん。この調子でいこう。一回後衛も含めての戦闘も……あ、そうだハナちゃんたち」


 暇があれば顔を突き合せて何か難しい話をしているハナコとハレに、声をかける。


「二人、治癒と魔法それぞれ何回ずつ使えそう?」


 おもむろにハレが立ち上がり、目を閉じて大の字になる。どうやら魔力を感じとっているらしいが、背中に小さな羽の生えた大男が暗闇で立ち尽くす光景はただただシュールである。


「うーん、三回…三回かな」

「じゃあ二回だね」

「なんでよ」

「サバ読んで完治できなかった前科があるから」


「それはそうだけどあれは魔力の薄い場所でやったからで、最初にそのことも伝えてあるし…」と早口に言い訳するハレを無視して、「ハナちゃんは?」とカノウは振り返った。


「……私も、二回かしら」


 肩から提げた鞄の中を覗きながら、ハナコは答えた。


「わかった! じゃあ、いざって時の二回だね。大事に使おう」


 にっこりとカノウはハナコに笑いかけた。


 さて、じゃあそろそろ先に進もうかと誰からともなく立ち上がる。だが、エンショウが近くにいない。


「エンショウ?」


 呼びかけると、軽やかな足音と共にエンショウが戻ってくる。


「なあ! 扉あった扉!」


 鼻息を荒くするエンショウは、通路の先を指さす。

 ついて行くと、壁の一面に扉があった。両開きの、巨大な石の扉だ。恐らく前回潜った時もここにあったはずだが、不思議なことに全く気が付かなかった。


「どうやって開けんだァ?」


 ウミが扉を手のひらでパンパンと叩く。

 すると、ゴゴゴという鈍い音と共に扉がゆっくりと開き始めた。

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