12.結成
「なんか……流れに流れちゃったけど。他になんか話さなきゃいけないことあったっけ」
白けたムードを紛らわせるようにカノウが、二本目のラム酒の栓を抜きながら言った。
「ハナちゃん、治癒の詠唱についてなんか聞きたがってなかった?」
「眠くて仕方ないし力が抜けちゃったからそれは今度聞くわ」
「素直でよろしい」
若干船を漕ぎかけているハナコからグラスを取り上げカノウは頷く。
「治癒って言や、フェアリーって全員が治癒使えるわけじゃねぇんだな」
迷宮内でウミが口にしていたことをふいに思い出し、エンショウは言った。
そもそもフェアリーという種族が他種族との交流に消極的なため、関わる機会が極端に少なく、フェアリー=治癒を含めた神秘は一通り使える、というのがステレオな考えになってしまっていたのは否めない。
そのため、レダタが治癒が使えないということには、衝撃を受けた。
「そうだね。使えない人がほとんどみたいだよ」
他人事のようにハレは言う。
「孤児院にいた時も噂で聞いてたほど儀式儀式した生活送ってなかったよねハレ。院長なんかは、やりたいことあったら道具も揃えるし時間も割くよ〜って感じだったのに」
「だって、面倒じゃないか……」
「そんなこと言っていいんかい」
「みんなで食事するにも、一人だけあれこれやるの恥ずかしいじゃん。髪結んだり、靴履いたりする度にルールがあって、詠唱しなきゃいけない言葉があるんだよ。頭おかしくなるって」
「そんなこと言っちゃうくせに、治癒使えるんだな。なんでだ?」
「あー。童貞だからじゃない」
「「「ど」」」
「詳しく……」
半分寝ていたハナコがぐぐぐ、と顔を上げ、挙手。
「詳しくも何も…」
「難しい話は後にしよ、ハナちゃんはねんね! そんなことより、好きな人とかいないの!?」
ヨミチが飛びつくような勢いでハレに顔を寄せる。
「この兄妹、ぐいぐいくるなぁ〜。好きな人は、いないよ」
「気になる人は!?」
「いないいない、恋愛なんてできないよ、自分には」
「えー! なんで断言するんだよぅ! 差し支えなかったら根掘り葉掘り聞きたい! 話したく無かったら全然いいんだけど出来れば赤裸々な恋バナをしたい! 聞きたい! 聞かせて! できる範囲で構わないから!」
どういうわけか恋バナに猛烈に飢えているヨミチの、控えめなのか強引なのか分からない追撃に、ハレは唸り声をあげて腕を組む。
「嫌ってことはないんだけど、どう話したらいいものか」
怖い顔を更に怖くし、顎髭を撫でながら何か考えたあと、ハレは言葉を選ぶようにぽつぽつと話し始めた。
「あのね、自分はこの図体でしょ。でも一応、フェアリーなわけ。そうなると同種に惹かれたいきもちがあるんだけど、どう頑張っても無理なんだよ。子供に性欲覚える人いる? いないと嬉しいけど。それと同じで、どれだけ魅力的なフェアリーに出会っても、なんか…綺麗なお人形さん見ている以上の気持ちになれない」
「他種族は?」
「正直、他種族と恋愛できる人の気持ちがわからない。嫌悪感とかはないけど、恋愛感情はわかなくない…? 本能が拒否してる気がする」
なるほどねぇ……とヨミチは難しい顔で頷く。予想以上に根が深そうな問題に、思わずウミまでもが食事の手を止めハレの話に耳を傾ける。
「寂しいなー、とは思うかも。世界にひとりぼっちというか……。…まあ、いいんだけどさ。フェアリーの神官たちって恋愛ご法度なんだ。きっと、神様にとって重要なのは儀式とかじゃなく、そこなんだと思う。なんか、そう思うと神様って意地悪で寂しい奴っぽいよね。だから自分みたいなのを気に入ってたくさん力を貸してくれるんだ」
「お前には俺たち、ダチがいるぜ」とエンショウがハレに抱きついた。「お前が作った飯、ずっと食い続けてやっからなァ」とウミも反対から肩を組む。こめかみのトゲがハレの頬に刺さった。
「はは。嬉しくねー」
と言ってハレはそっぽを向く。だがその顔は、くしゃりとした照れ臭そうな笑顔を浮かべていた。
「よし、そんなハレの実力を汲んだ上で友達としてお誘いがあるんだよ。な!」
エンショウは思い出したようにそう切り出し、カノウを見た。
カノウもそこで初めて、ここを訪れた理由の一つを思い出したらしく、「そうそう」と満面の笑みを浮かべた。
ハレへ改めて向き直る。一つ咳払いをすると、切り出した。
「ハレ。私たちと一緒に、冒険者にならない?」
誠実に、真剣に。真っ直ぐな目で見つめるカノウの言葉を受けて、「あ、そこで冒頭の迷宮に繋がるんだ」とハレは呟く。
「迷宮……」
難しい顔をするハレに、
「あ、その、嫌なら断ってくれても、構わないんだけど」
と、レダタの言葉が過ぎったらしいカノウが慌てて付け足す。
ハレは断れない性格で、強く言えば押し切られてしまう、ということをレダタは言っていた。
確かにこうして押しかけても結局家にあげて料理まで振舞ってくれてしまうのはそういうところかもしれない。
だが、エンショウの知るハレはどちらかというとウミとはまた違った方向で頑固な性格をしていると思う。妥協ゾーンはとても広いが、それを超えるとテコでも動かない。他人の「こう」には流されたり、振り回されたりしても、自分が「こう」と決めたら譲らない。
本気で嫌なら舌を噛み切るくらい平気でしそうな圧を感じる。
迷宮に入るか否かなど、今後の人生、生死にまで直結する問題だ。強要などしない。できない。ハレの意思をただ尊重するつもりだ。
……もちろん、信頼している友人に了承してもらえたら嬉しいのは、事実だが。
息を詰める。ドキドキしながら、ハレの返事を待った。
「ああ、なんか最近盛り上がってるね。別にいいよー、どうせ暇だし」
「軽」
身構えていた分、緊張感のない返事を受けてずっこけそうになる。
「出不精のくせにいいのかよ」
「勘違いするなよ、自分はシオさんとならどこへでも行くよ。君らと外出るのが嫌なんだよ。うるさいから、知り合いだと思われたくない」
「迷宮ならいいのかぁ?」
「いいでしょ迷宮なら」
うるさくしても迷惑かからないし。暴れても問題無いし。なんか壊したり、変なこと言ったりしても困る人いないし……とつらつら述べた後、少し視線を逸らしながら、
「……友達と人生賭けて冒険するっていうのも、楽しそうで、悪くないしね」
と付け足した。
堪らずカノウ、ハナコ、ヨミチもハレの前後からくっついて抱き締める。
「あーもう酒くさい! 離れて! じゃあ明日、冒険者資格取ってくるからね!」
「あれ、昨日登録会終わったけど、とれるんだ?」
ハレのウェーブした長い茶髪をわふわふとかき混ぜながらヨミチが小首を傾げた。
「とれるよ。ただとるための金額が倍以上になるのと、参加者が少ないから仲間を見つけるのが大変ってだけで。当日受付すらオッケー」
「本当に適当だよな」
昨日の大登録会の進行もなかなかに適当だったことを思い出す。
どんどんと引きいれ、辞めるも逃げるも勝手にしろという姿勢は、職場環境が良くないせいで常に求人を出している商店を彷彿とさせる。
履歴書不要な場所はやめておけ、とはよく言うが冒険者に至っては履歴書どころか戸籍すら不要なのである。
登録料を払った冒険者たちが迷宮で即死しようが、英雄になろうが、ペーパー冒険者になろうが、国に損は無い。登録料だけで恐らくぼろ儲けだろう。
どうせならみんなで迷宮でいいもん掘り当てて、登録料の元くらいは取ってやろう、とエンショウは心に決めた。
「じゃあハレは登録に行くとして、残りのメンバーは明日、装備品の買い出し行こっか」
カノウが提案する。装備といえば手元にあるのは迷宮から引き上げた棍棒だけで、血にまみれたそれは傘よろしく玄関先に立てかけてある。
「様子見」の時点で散々な有様だったのを考えると武器も防具もそれなりのを用意したいよな、と考えていると、ハレが「買い出し?」と聞き返して、動きを止めた。
「何を買いに行くの?」
「何って…武器とか」
何を当たり前のことを、と笑う。
「今日、一回潜ってきたんだよね」
「遭難はしてきたな」
「遭難…? 今日持っていった武器とかは?」
「武器も防具もなんも持たず入ってったから遭難したんだぜ」
絶句。青い顔をするハレを見てヨミチが「この人まともだ〜」と嬉しそうに言う。
「迷宮に手ぶらで入って遭難する友達とか付き合い方考えるレベルなんだけど」
「気持ちはたいへんわかるよ。俺も、お前がそんなこと話してきたらドン引きしてちょっと距離置くもん」
「了承するの、早計だった。考え直してもいい?」
「男に二言はないよな」
ニコリと笑う。
ちょっと待って、本気で言ってるの? とあれこれ喚くハレのグラスにやんややんやと酒を継ぎ足すと、全員でそれを囲む。
「よし。じゃあパーティー結成を祝って…かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
「マジで君らとつるむとろくなことない!」
自棄酒の如く酒を呷るハレにつられ明け方まで飲み明かした一行が死屍累々の有様で目を覚ましたのは、翌日の夕暮れ、帰宅したシオに揺さぶり起こされてのことだった。
全ての予定が一日繰下げられ、新たな衣服の忘れ物がハレのクローゼットに追加されたのは、もちろん言うまでもない。
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