11.不器用フェアリー

「やべ〜! うめ〜! ハレ天才!」


 野菜たっぷりのスープに、ソースを絡めて香ばしく焼いた肉。煎った豆、卵たっぷりふわっふわオムレツ、バスケットいっぱいのパン。

 出てくる端からどんどんと平らげ、酒を流し込む。


「食料調達、絶対手伝ってよね」


 床下の収納から魚と肉の燻製を取り出しながら、ハレは賑やかに食事をする一同を恨みがましげに睨んだ。


「任せてよ、うさぎ五十匹は取ってくるから!」


 早くもほのかに顔を赤くしたカノウが満面の笑みで調子よく宣言する。その横でハナコが「私は人参を五十本収穫するわ」と真顔で頷き、「僕は魚五十匹釣ってくるよ♡」とヨミチが続いた。


「……期待はしないでおくよ」


 憮然としたままハレは燻製をスライスしてチーズと挟みテーブルへと追加する。次々と伸びる手があっという間に皿を空にする。


「そいや、今日はノームのじいさんは?」


 吸い込むような勢いで食事をかきこむウミを肘で牽制しながらエンショウはハレの同居人、ノームのシオを思い出し尋ねた。


「森に行ってるよ、明日には帰ってくるって。あとシオさんはじいさんじゃないよ」

「じいさんだろ」


 いつもフードを被っていて、ボリューミーな白い髭が貴族のつける派手なジャボを思わせる小さな老人。頑なにノーム語しか喋らない上に公用語は読めるが書けないらしく、ハレとのやりとりは基本的にジェスチャーと絵だ。

 壁に掛けられているボードを見れば、「森」を表しているのだろう木と、「明日」を表しているのだろう太陽、月、矢印が描いてある。

 無音のまま交わされる二人の「会話」はなかなか異様であるが、同時にコミュニケーションの多様性も感じられて面白い。



「えー、じゃあ、まず何から話そうか」


 食事の勢いが少し落ち着いたタイミングを見計らい、カノウが会話の音頭をとった。片手に握られたラム酒の瓶のせいで、海賊の頭領会議が始まりそうな雰囲気である。


「怪我の理由をまずは聞きたいんだけど。みんなどこ行ってきたの?」


 ハレがバターを塗ったパンを小さくちぎって食べつつ挙手した。


「迷宮」


 エンショウが、ウミが抱え込んだ肉の皿をテーブルの中央へ戻しながらサラリと答える。


「は」

「いいんだ、この話は。後にしよう。で、次」


「全然よくないけど!?」とハレは説明を求めるようにカノウの顔を見るがカノウも「まあ、一旦ね…」と目を逸らしラム酒をラッパ飲みする。


「はい、じゃあ他に話すこと」

「ハレくんはぁ、なんでそんなにおおきいの?」


 ナッツをつまみながら、ミルクで割ったリキュールをくぴくぴと飲むヨミチが「はぁい」と挙手して言う。


「なんでだろうね……」


 ハレは遠い目をして答えた。


「確かに、原因ってなると、気にしたこと無かったね」

「人間の血が混ざったとかは?」


 エンショウが自らのことを思いながら話す。

 両親が同種族でも、祖父母などに他種族がいるとその特徴が突然に現れたりもする。隔世遺伝というのだと、カノウたちが育った孤児院の院長から聞いた。


「人間の血が混ざったってやばくねェか」


 珍しくご機嫌な様子で尾を揺らしながら、ウミはニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「ああ、"どうした"って話かよ」

「やだぁ」

「フェアリーが男の方ならよォ、まあまあ?」

「それにしたってとんでもねぇな」

「男子、下ネタやめな!」


 カノウはきゃいきゃいと盛り上がる男連中を見回しながら叱りつける。


「ハナちゃんもいるんだよ!」


 男たちは顔を見合わせ口を噤む。伺うように視線をハナコへ向けた。

 姿勢正しく静かにウイスキーを飲んでいたハナコは、その視線を受けてロックグラスをテーブルへ置く。そして長いまつ毛に縁どられた目をスっと開け、口を開いた。


「気になるわ。続けて」


「続けないよ! 人間の血なんて混ざらないって! 基本的に妖精の森に他種族は入れないし!」

「そうね、他種族との交配の可能性は極めて低いと私も思うわ、混血などさして珍しくもない昨今だけれどそもそも交配ができる種、できない種というのは間違いなくあるのよ、それが何を元にどう区分されているか今の私たちには分からないけれどフェアリーは…ちょっと待って? なるほど、フェアリーという種族の独自の文化、言語、信仰への順応性の高さはやはり血族という結び付きがあってこそ叶うものなのかしら、そもそも血というのは」


 止まらない。平素と変わらない顔色、表情だが間違いなく酔っているハナコの演説が唐突に始まる。抑揚のない声が空間を一瞬で支配した。


「生き物って不思議だねぇ」


 壊れたように語り続けるハナコと、内容についていけてはいないもののなんだか雰囲気に飲まれて真剣に相槌をうつ一同の、会話になっていない会話を背景にヨミチはしみじみと頷いた。

 ハレが、止めなくていいのかという風におろおろとハナコを指さす。ヨミチは悟った顔で首を振り、「昔から興味関心のある事柄には一途な子でした」と酒を啜り、オムレツを頬張った。

 ついに立ち上がり身を乗り出し身振り手振りを混じえだしたハナコの隣で窮屈そうにしているハレを見かねてヨミチが「おいでおいで」と手招く。

 ハレは自身のグラスを手に取ると、そそくさと立ち上がり逃げるようにヨミチの隣の床に座る。家主が地べたに座るのは……とヨミチは場所を譲ろうとするが、目線を合わせようとしてくれているのだと分かると、素直に受け入れハレに向き直った。

 年齢に関しては、酒を注がれる際に自己紹介と併せて説明済みである。それでも小柄と見ればついつい子供のように扱ってしまうのは、どうにもならないハレの性分らしい。


「近くで見てもすごい筋肉だねぇ。これも身長と関係あるの?」


 シャツの上からでもわかる太い二の腕を指でつつきながら、ヨミチは言った。ハレは少し照れくさそうに鼻の下を擦りながら、


「これはコツコツ鍛えたやつ。みんなが来た時も、日課のトレーニングの最中だったんだよ」


 と答えた。その視線は、ヨミチが腰掛けている鉄塊へと向いている。


「まさかこれ、持ち上げて…?」


 恐る恐る聞くと「そうそう」とニコニコしながら頷く。

 それにより、訪ねた時に聞こえた鈍い音は、この巨大な鉄塊を床に置いた音なのだと察する。鉄塊は、ヨミチが蹲ったらこれくらいになるだろうかというサイズである。押しても引いてもヨミチでは動かすことすらできないだろう。

 ヨミチは、頭の中の怒らせてはいけない人リストにハレの名を丁寧に記入した。きっと本気を出したらこの男は、ヨミチごときの首と胴体、なんなく素手で分裂させることができる。


「体鍛えるのが趣味のくせに、その筋肉を見せるでも使うでもない変態なんだよなハレくんは〜!」


 突如横から絡んできた赤毛にヨミチは驚愕の目を向けた。生存本能というものがないのだろうか。

 ヘラヘラと笑いながらハレの肩に手を回し、「変態筋肉〜! むっつりスケベ〜!」と酔っ払いは更に畳み掛ける。

 出会って一日での別れをヨミチは覚悟したが、ハレはあくまで穏やかに、エンショウの頭を肘でロックするに留まった。

 流石にこれ以上余計なことを言うと取り返しのつかないことになるとアルコールが回った頭でも察知したエンショウは、首をくわえられた子猫のように途端に大人しくなる。


「一応鍛えだしたのには理由があるんだよ」


 その姿勢のまま、ハレは続ける。


「そうなんだ?」


 しんと動かないエンショウを横目に冷や汗をかきながらヨミチは相槌をうつ。


「フェアリーって飛ぶために骨とかが軽くできてるんだよね。だからかわからないけど、とにかく怪我とかしやすくて。膝とか関節とかずっと痛いし、もうしんどくて…。それが嫌でゆっくりのんびり自分に出来るペースで体を鍛えてたんだ。そしたら、こうなった。怪我も減って、すごく生きやすくなったよ。この筋肉は、自分が痛みを乗り越えた勲章なんだ」

「そっかぁ。それは、良かったねぇ」


 ヨミチがほっこりと笑う。


「お前も大変だったんだな〜〜。外も出ねぇくせに筋トレばっかしてっからてっきりマゾなのかと思ってたぜ」


 エンショウは、頭を挟まれながらも「頑張ったんだな〜」と繰り返しハレの背中をバシバシと叩いた。


「うん、この話をエンショウにするのもう五回目だけどね」


 頭を一度強めに締められ「あうあうあう」とエンショウは呻く。

 どこに出しても恥ずかしい、立派な酔っ払いである。


「ってことはつまり、モテの理由はそのストイックな筋肉だったんだね!」


 ヨミチが手をぽんと鳴らして明るい声で言った。


「モテ?」

「モテ」

「自分のこと?」

「そう、ハレくんのこと」

「全然、モテないよ」


 無い眉を八の字にしながらハレは答えた。


「またまた……」


 その返答に、絶え間なく話していたハナコまでもが口を閉じて振り向き、ハレに生暖かい視線を送る。


「そんなこと言っちゃっていいのかよ」

「あんな熱烈に…なァ?」

「白々しいよねぇ〜!」

「隠さなくてもいいのよ」

「あ、こらこら! みんなダメだよ!」


 慌てたようにカノウが、ニヤニヤと視線を交わす一同の言葉を遮った。


「レダタのことは言わないって約束だからね!」

「レダタ?」

「あ」


 墓穴を掘ったカノウの言葉がしんと皆の言葉を奪った。


「えーーーーと、会ったんだよ。その……別に、なんでもなかったんだけどあの……ついさっき。ほんと、何も無かったんだけど」

「レダタって、レダタ姉さん? 森の外で会ったの?」


 姉さん。


 その呼び方に、ヨミチとエンショウは顔をパッと見合わせた。


「ハレくんさ。レダタちゃんとは幼馴染なんだよね」


 ヨミチが、恐る恐る訊ねる。


「幼馴染っていうか……。実家の斜め向かいに住んでる人だよ。三つ上の女性なんだけど、昔からすごくよく面倒見てくれてさ。頭上がらないんだよね」

「すごい美人だよね……?」

「そうだねー、人気あった気がするよ。将来有望って言って、一目置かれてたし」

「ハレくんは…? いいなー、って思ったりとか…」

「あはは、無い無い。優しくて頼りになる、お姉ちゃんみたいな人だよ」


「今何してるのかなー久しぶりに会いたいなー」と懐かしそうに微笑むハレを全員がなんとも言えない顔で見つめる。


「お前……もうなんか……引っぱたくぞ」

「なんで!?」


 呆れを通り越し、怒りを孕んだ低音でエンショウが突っかかる。


「無自覚系も大概にしないと女の子が可哀想だゆ…」

「仕方ないと言ったら仕方ないんだけど、なんかもやもやするわね」

「これが等身大のハレっていう男なんだよな…」

「え、本当に何!? 自分、何かしちゃった!?」


 慌てて何か弁解しようとするが、はたして何が問題なのかわからないため、困るしかないハレに「気にしないで」と告げ、それぞれがため息をついた。

 ハレにも問題あるが、レダタもレダタだ。こんな野暮天に生半可なアピールが通じるはずもないのだ。カノウに突っかかる前に自分の言葉で告白のひとつでもすればいいものを……。いや、もしかして…したのか? した上で…この反応の可能性……。全然、有り得る。


 ……なんだかな……。


 エンショウは、拗れてずれまくっている不器用なフェアリー二人の関係を想い、この先できるだけ巻き込まれないようにしようと固く誓った。

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