救世主は綺羅星の如く

平賀・仲田・香菜

救世主は綺羅星の如く

「昨日の草間さんは凄かったね」

「そうそう、まさかあの二人を仲直りさせるだなんて」

「彼女がいれば、私たち劇団ロケットは安泰だ」


 皆が草間十華の話題を口にする。それだけ彼女が劇団に及ぼした影響は大きく、登場が鮮烈であったからだ。団長にして脚本家である芝一鶴は、その空気に若干居心地の悪さを覚えながらも通りすぎる。


「芝さん。次の公演はもちろん草間さんが主演で脚本を書いているんですよね?」

「ああ、まあ。そんな感じ」


 煮え切らない、しかし、あやふやを煮詰めたように適当な返事を芝は発した。そそくさと立ち去り、大道具置き兼、芝の執筆場である倉庫へと逃げ込む。内側から鍵をかけ、古めかしい電灯のスイッチを入れる。宙を舞う埃が乱反射をしながらきらめく。ちらちらと瞬く埃を大量に吸い込んでいると思えば気分は悪いが、その風景を芝は嫌いでなかった。

 煙草に火をつけ、煙を吐く。孤独、静寂、薄灯。そして煙草。芝が脳を働かせる環境がここには揃っていた。にも関わらず、芝の手は動かない。その手は頭を抱える以外の役割を与えられていなかった。

 ──草間十華。彼女の存在が悩みの種である。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。容姿端麗才色兼備。彗星のように突如現れ綺羅星の如き輝く彼女の存在は、入団二日目にして誰よりも大きな存在となっていた。


 ※※※


「私は誰!?」

「山戸黒海!」

「そう。私は山戸、私が黒海! 私は何者!?」

「ロケットのエース! 我らが女王、美しき女帝!」


「私はだあれ?」

「白山海莉!」

「正解。私は白山、私が海莉。私は何者かしら?」

「ロケットのスター! 我らが姫、麗しき姫巫女!」


 かつて劇団ロケットは二つに分裂していた。その筆頭こそ山戸と白山であった。


 山戸黒海は劇団ロケットのエース。スラリと伸びた上背にスレンダーな身体、一見無造作にも見える短髪はブリーチで真白に色を抜かれている。何者にも物怖じしないその態度は、性別の垣根を飛び越えてファンを作り出す。

 白山海莉は劇団ロケットのスター。小柄で華奢な身体と、腰まで伸びた濡れ羽色の髪。柔和な物腰と態度に加えてメリハリのある体型は、劇団内外を問わず数多の男どもを虜にしてきた経験を持つ。


 例えば、芝が白山を主演に据えようと脚本を書いたとする。白山のイメージに合わせて、深層の令嬢が繰り広げる一夜の不思議な冒険譚を書いたとする。もちろん山戸は気に入らない。では山戸はどうするか。ウィッグをつけ、メイクも服も変える。声色も性格もである。エースの名に恥じぬ演技力は「脚本とキャスティングがミスマッチではないか」という声を産み出す。もちろん、白山と山戸が逆の場合でも同じことが起こる。

 山戸と白山。彼女たち二人の存在は劇団ロケットを二極化し、もはや分裂も余儀なしという際にいた。


 その体制を揺るがした新たなる希望が草間十華なのであった。


「……」

「草間十華様!」

「……」

「ロケットの救世主! 我らが天使、ひいては女神様!」


 草間十華。女性としては高めの身長。その洗練された所作と上品な物言いは、劇団員の心を浄化するに至る。彼女を知った人間は「彼女こそが天上人だ」と口を揃える。

 草間の顕現とカリスマにより、ロケットの最終戦争は終わりを告げた。白山と山戸らでさえもお互いの健闘を認め合い、涙ながらに友情の握手を交わした。そのワンシーンは劇団内で長く語り継がれることとなるのであった。


 ※※※


 劇団団長である芝一鶴は頭を抱えている。草間の存在に頭を悩ませている。如何ともし難く立ち上がった芝はウィッグをかぶる、服を着替える、化粧を塗る。芝が姿見の前に立つと、そこには紛れもない草間十華の姿があった。

 芝は役者上がりであり、劇団ロケットを立ち上げた立役者である。持ち前の演技力は女性を演ずることなど造作もない。

 劇団ロケットをまとめ導く女神のような女性の存在を脚本として描き、それを自らが演じる。造作もなかったが、その存在は劇団に大きくなり過ぎた。誰も草間の退場を認めないだろう、誰も草間が舞台から捌けることを認めないだろう。それは最終戦争の第二幕を意味するのだから。

 劇団団長、脚本家、そして草間十華。二足ならぬ三足の草鞋を同時に履いた芝に安息の日は来るのであろうか。団長芝一鶴と舞台女優草間十華の苦悩は続く。

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救世主は綺羅星の如く 平賀・仲田・香菜 @hiraganakata

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