317)恐怖の林間学校-9(暴走)
伊原恵美が正体を知らずに呼び込もうとしている“紅き革命軍”の磐田が獰猛な笑みを浮かべていた頃、林間学校宿舎のホテルから少し離れた林道に停車している一台の車。
その車は白塗りの作業用ライトバンで街中で良く見られる車種だった。その中に居るのは地味な作業服を着込んだ線の細い男が居る。
白髪交じりの頭髪で黒ブチのメガネをした小柄な男だ。その男は携帯端末を手に誰かと話していた。
「フフフ……これで“紅き革命軍”も終わりですね……?」
“確かに……でもやっぱりやり過ぎだわ……。マルヒト(01)のクラスに、新興とは言えテロ組織を襲わせるなんて“
「……忘れたんですか、先輩。マルヒト(01)の戦闘力を……。新たに入手した情報では先日の国立美術館の事件や、廃工場でのテロ組織殲滅に、彼が中心的役割を果たしていたのです……。殲滅された組織は一部とは言え、国内最大のテロ組織である真国同盟……。
そんな彼に対し新興の、しかも大した武装の無い“紅き革命軍”なんてマルヒト(01)の前では一瞬で終わるでしょう」
ライトバンの車内で話しているのは巧妙に変装し中年男性にしか見えないが、その正体は自衛軍中部第三駐屯地に務める女性事務次官の桜葉葵だ。
彼女は可愛らしい容姿と明るい性格により女性事務次官ではとても重宝されていた。
そんな彼女が中年男性に変装しているのには理由が有った。
彼女の本性は政府から密命を受けた諜報員であり、中部第3駐屯地に所属するマルヒト(01)もとい、大御門玲人准尉を諜報活動する為に、事務官として潜り込んでいた。
しかし彼女と彼女の先輩である村井の上官だった田辺エージェント管理者が突然、重度の痴呆症を発症し再起不能となり、彼女達には無期限の現状待機命令を言い渡されていたのだ。
だが、彼女達は、田辺エージェント管理者が再起不能になったのは背後に潜む強大な敵の攻撃に寄るモノと考えて、独自に諜報活動を続けていたのだ。
この地味な男の変装は諜報活動の一環だった。
諜報活動を続ける中……葵は玲人が特別に気に掛ける、普通の中学生である石川小春に強い関心を持つ。
そして、先日の大御門総合病院での出来事……。入院した玲人を見舞う石川小春に葵は接触した。
しかし、何てことも無い女子中学生である筈の小春は……不思議な力で葵を操ったのだ。
この出来事により、葵は小春自身が玲人と同じ特殊能力者で在ると断定した。
そして葵は小春達に接触すれば、田辺を再起不能にした“背後の敵”が現れる……そう確信したのだ。
そう言った理由で桜葉葵は、今回……伊原恵美を通じて紅き革命軍を石川小春と大御門玲人に襲わせたのだった。
対して……葵の先輩である村井京香は、田辺を失った後、暴走する葵の行動を懸念していた。
今回の林間学校に参加しているマルヒト(01)こと玲人や、新たな能力者と思われる小春を新興テロ組織に襲わせる段取りを付けたのも、他ならぬ葵だった。
そんな暴挙にでた葵に、先輩である村井は苦言を言う。
“……どうしてこんな大掛かりな計画を立てた時に……この私に相談してくれなかったの? 無期限停止中とはいえ、この組織では私が上官代行に当たるのよ?“
「……先輩に言えば、きっと反対されると思いました。先輩は良くも悪くも私の事を案じてくれるから……」
苦言を言った先輩の村井に対し、葵は笑みを浮かべながら答えた。その言葉を聞いた村井は本気で彼女を叱る。
“当たり前じゃない! こんな無茶な計画……絶対に失敗するわ!”
「……大丈夫です。例え事が露見しても村井先輩には迷惑掛からない様に、全て私の方で手配しましたので」
“誰もそんな事頼んでない! ふぅ……まぁ、良いわ……。してしまった事はどうしようもない……。こうなったら私も出来るだけサポートするから“
葵の勝手な言い分を聞いた村井は又も叱るが、諦めの溜息を付いて答えた。
「……有難う御座います、先輩。それでは今回の作戦の要点をおさらいします。今回の作戦はマルヒト(01)に“紅き革命軍”をあてがう事が目的ではありません。“先生”を廃人にした第三者の確認が目的です。だからこそ……石川小春をターゲットに選びました」
“ええ、分ってるわ……。マルフタ(02)の死後、何故かマルヒト(01)は石川小春を中心にして行動している。でも、葵ちゃんが話してくれた大御門総合病院での出来事を考えると……石川小春が新たな能力者で在ると考えれば、納得できるわね」
「はい、そうです。石川小春は死亡したマルフタ(02)……つまり大御門仁那の能力を引き継いだか……あるいは同一人物か、それとも……複数の存在を取り込んで居る可能性があります。
マルヒト(01)が石川小春の傍に付き従うのも、その可能性を示唆している……。そして……その石川小春の背後にはきっと私達が目的とする第三者が潜んでいると確信しています」
“確かに……彼女には何か有る……。だからと言って林間学校中の中学生をテロ組織に襲撃させる事は妥当とは思えないけど“
「藪を突かなければ蛇は現れませんよ、先輩……。とにかくサイは投げられました。私はターゲットの動向を確認させて貰います」
“仕方ない……とにかく気を付けて、葵ちゃん……”
村井は、溜息を付きながら携帯端末の通話を切った。葵は村井との通話の後、ライトバンを運転し林間学校宿舎のホテルへと向かう。
ホテルが見渡せる高台から“紅き革命軍”の襲撃を磐田の連絡を受けながら見届ける心算だった。
(……何としても“先生”を陥れた連中の尻尾を掴んでやる!)
葵はそんな強い想いを抱きながらハンドルを握る。この時葵は気が付かなかった。超えてはならない一線を彼女は超えた事に。
本日この夜、諜報員としての葵が最後を迎える事となるのであった……。
◇ ◇ ◇
所変わって林間学校宿舎のホテルにて。小春達は入浴後就寝する為、客室に集まっていた。同じ部屋には小春の他、晴菜と由佳が居た。寝転びながら晴菜が小春に話し掛ける。
「ふいー……、今日は中々ハードだったよ……流石の私も疲れたね……」
「うん、私も同じよ。小春ちゃんは如何だった?」
「わたしも一緒……特に飯ごう炊飯が一番疲れた……いや、バスの中でも大変だった……」
由佳の問いに対し、遠い目をして答える小春。散々冷やかされたのが堪えたのだろう。対して晴菜と由佳は冷静に突っ込む。
「……小春の場合、自業自得でしょ?」
「うん、ご馳走様って感じかな」
「え!? なんで!?」
二人により突っ込まれた小春は驚きの声を上げる。そんな小春だったが脳内から早苗が話し掛ける。
“……小春ちゃん……ちょっと拙い事になりそうだわ……気を付けて”
(!? ど、どういう事ですか!?)
早苗の注意喚起に驚いて脳内で問う小春だったが、そんな小春の元に遠くから怒号と悲鳴が聞こえた。
「……オイ、急げ! コッチだ!」
「お前達! さっさとしろ!!」
「キャー!!」
「た、助けて!!」
突然聞こえた叫び声を聞いた晴菜は困惑して呟く。
「い、一体何が……?」
「うん……良く分らない……」
晴菜の戸惑う声に、同室の由佳も不安そうな声を漏らす。そんな晴菜達の部屋に乱暴な足音が響き、突如客室のドアが開けられる。
「お前ら!! 大人しくしろ!!」
怒号と共に入って来たのは、赤黒い軍服を着込み、ライフルを手にした男だった……。
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