315)恐怖の林間学校-7(飯ごう炊飯)

山登りの途中で起きた落石事故……。それにより生徒達は山登りを中止して、危険の無い飯ごう炊飯に移行した。



 彼らは予め決められた班に分かれカレー作りをするのだ。


 小春の班は玲人とカナメと晴菜の4人。いつも一緒に居るメンバーで班分けされた。



 カリュクスの騎士であるローラ達は、小春の席近くの班となった。近すぎず遠すぎずの距離で小春を守る為の配置だ。


 もっともこの辺りの調整は薫子が上手く行っているのだが、そんな背景を知らない小春はこの班分けを素直に喜んだ。

 



 ちなみに調理は林間学校の宿舎でもあるホテルに併設されたキャンプ場にて行う。



 午前中落石事故等ゴタゴタが在った中、始まった飯ごう炊飯。



 班は飯ごうによる飯炊きグループとカレーを作るグループに分かれた。玲人とカナメは飯炊きを担当し、小春と晴菜はカレー作りを担当する。


 その小春だが用意された食材を非常に手際よく包丁で刻んでいく。その様子を見て同じ班の晴菜が驚いた様子で問い掛ける。



 「……小春……アンタ、随分手馴れてるわね……何かうちのママより上手だわ」


 「そう? お褒め頂き光栄だわ。10年以上ブランクは在ったけど……八角家に引き取られてからは基本私が家事全般やってたから……意外に忘れないものね……。

 だけど、現役の晴菜ちゃんのお母様より上手と言われて……御世辞でも嬉しいわ」



 晴菜の問いに小春は素直に答える。


 この時の小春は実は早苗に入れ替わっていた為、早苗(体は小春)の返答は、早苗が肉体を持っていた時八角家(修一の実家)に暮らしていた時の事を、思い出しながら晴菜に伝えていた。



 当然、晴菜は小春(意識は早苗)の言う事の意味が分からず聞き直した。



 「え? じゅ、10年前? 10年前って言ったら小春4歳よ? それに八角家ってどういう事?」


 「あら、これはうっかりね。林間学校なんて久しぶりだから……ちょっと浮かれてたわ……晴菜ちゃん……今の話、冗談だから忘れてくれるかしら?」


 「えええ!? そ、そりゃ、忘れろって言えば忘れるけど……、何か小春最近変だよ? 夏休み中、何か有った?」



 晴菜は小春に”忘れろ”と言われて戸惑い、以前から気になっていた事をストレートに尋ねた。


 晴菜が気になっていた事は小春の突然変わる人格の事だ。



 8月に入ってからの夏祭りでの事件(チンピラに囲まれた時)や、この林間学校での小春の別人の様に変わる性格をずっと気になっていた。


 問われた小春(意識は早苗)は調理する手を止める事無く、静かに答える。



 「……確かに……この夏で私と言う存在は生まれ変わったわ……。以前の小春がバージョン1とするなら今の私はバージョン10……。圧倒的な性能UPと処理速度を有する存在になったの」


 「えぇ?……何かちょっと違う様な……。私が言ってたのは、突然性格が別人になるって言うか……」



 小春(意識は早苗)の返答に、晴菜は脱力しながら答えた。



 「まぁ、いいじゃない? 若い内は色々有るわよ?」


 「アンタも私と同い年じゃない! 私達どう考えても若いわよ! って小春! アンタカレーの中に今、何入れた!?」



 適当な事を言って誤魔化そうとする小春(意識は早苗)に反論した晴菜だったが、手際よくカレーを作っていた小春が、調理する鍋に突然放り込んだ食材を見て驚いて大声を上げた。


 対して小春(意識は早苗)はニコニコ微笑ながら答えた。



 「何って板チョコよ? 知らない?」


 「チョコは知ってるわ! 何でそれをカレーに入れた!?」


 「フフフ……晴菜ちゃんも料理するみたいだけど……コレを知らないとはまだまだね……カレーにね、チョコを入れるとコクとまろやかさが出るのよ! 他にも色々ブチ込むから是非味わって!」



 そう言いながら小春(早苗)はカレーの中にソースやケチャップ、ココアなどを少量入れた。



 「ええー!? こ、小春、アンタ……、何でも入れ過ぎじゃ無いの!?」


 「まぁ、味見してから文句言いなさい」



 目を丸くして驚く晴菜に対し、小春(早苗)は小皿に調理したカレーを少し入れて晴菜に差し出す。対して晴菜は恐る恐る口に入れたが……。



 「!!……うそ!? 本当に美味しい!? 配られたカレーのルーは良く知ってる味の筈なのに……全然違う……! こんなにも美味しくなるなんて!」


 「え? 何々? 晴菜ちゃんどうしたの?」



 晴菜は一口食べて驚きの声を上げた。その声を聞いた他班の由佳やクラスメイトの女子達が集まって来た。


 晴菜は由佳達に小春(早苗)が作ったカレーを味見させ、彼女達も驚きと感嘆の声を上げるのであった。



 丁度そんな中、玲人とカナメが飯ごうで白米を焚き終えた様だ。


 小春の班以外の所もカレーの準備が終わり、担任教師の真島の挨拶の後、彼等は自ら作ったカレーを食べ始めた。



 小春(早苗)は各種隠し味を投入した特性カレーをまず玲人に勧めた。



 「さぁ、どうぞ修君」

 「あぁ、頂くよ、早苗姉さん」



 玲人はその意識を父親である修一に替わっていた。玲人と小春の中では今日の林間学校で早苗が作ったカレーを一番最初に食べるのは修一と決められていた。



 それは生前不遇な人生を歩んできた、早苗と修一に対するせめてもの心遣いだった。



 「……とても、美味しいよ! 早苗姉さん」

 「そう! 喜んでくれて本当に嬉しいわ! 修君!」



 周囲の目など全く気にせず早苗(体は小春)と修一(体は玲人)は見つめ合って幸せそうに微笑み合う。



 そんな二人の様子に同じ班の晴菜は驚愕しながら見ている。晴菜だけでなく違う班の由佳やクラスの少女達も同様だ。



 「……大御門君も……別人みたいになった……何がどうなってるの? そ、それにしても見せ付けてくれるわね……!」

 「ほ、本当ね……、完全に二人の世界って感じ!」

 「こ、これがセレブ王子の魅力か!?」



 晴菜達はそんな事を言い合いながら、興味津々で小春(早苗)と玲人(修一)の様子を見つめる。晴菜の前に居たカナメは小春達の姿を見てニコニコ笑っていた。


 カレーを食べ終わった修一(体は玲人)は早苗(体は小春)に話す。



 「早苗姉さん、カレーとても美味しかったよ! この味久しぶりだね」

 「ええ! 修君には八角の家で良く作ってあげていたわね……。覚えていてくれて嬉しいわ!」


 「忘れる訳無いよ! ……懐かしくて美味しくてとても嬉しかった……。この想いは僕が独り占めしたら玲人に悪いね。だから僕は戻るけど良いかな?」


 「そう、修君が戻るなら私も一旦小春ちゃんと仁那ちゃんに替わるわ! 修君、また後でね!」


 「うん、早苗姉さん、後でね!」



 早苗(体は小春)と修一(体は玲人)はそんな事を言い合いながら、立ち上がって互いの手を取り合い指を絡ませながら、軽く唇にキスをした。



 「「「「!!…………」」」」



 その様子を見ていた晴菜達は絶句したが、そんな事に構わず、早苗と修一は見つめ合いながら静かに座り、二人共ほぼ同時に目を瞑った。


 完全に二人の世界に入っていた修一と早苗は一頻り幸せな空間を作り上げた後、玲人と小春に意識を戻したのだ。



 そんな二人の熱い世界を見せられた晴菜や由佳達クラスの女子達は絶句したまま固まっていた。


 ちなみに全ての事情を知っているカナメは相変わらず小春達を見ながら唯微笑んでいた。



 やがて目を瞑っていた小春がゆっくりと見開き不満げに呟く。



 「……うん……ふう、相変わらず早苗さん、唐突なんだから……あれ? どうかしたの? 晴菜ちゃんに由佳ちゃん達?」


 「「「「……き……」」」」


 「? ……き?」


 「「「「キャアアアアアア!!!」」」」



 固まっていた晴菜達に小春は声を掛けると彼女達は黄色い声で大絶叫したのであった。



 ちなみに小春は意識を共有するシェアハウスに寛いでいた為、事情が良く分っておらず晴菜達が固まっていた事情も、大絶叫されている理由も分らない。



 「え!? 一体何が!?」



 小春は突然の黄色い叫びに、ただ戸惑ってしまうのだった……。

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