314)恐怖の林間学校-6(事件の始まり)

 山道を元気にズンズンと進む小春。彼女は後ろから辛そうに歩く晴菜に呼びかける。


 そんな小春に晴菜は誰に聞かせる訳でも無く呟いた。 


 「晴菜ちゃん! 早くー!」


 「……ハイハイ……何で、小春の奴あんな元気なんだよ……バレー部で鍛えているあたしより体力あるなんて……一体どういう事だよ?」



 今、晴菜達は林間学校の一日目スケジュール最初の山登りに取り組んでいた。ちなみに山登りの後は定番のカレー作りの予定だった。


 晴菜達はクラス全員で山登りを行っていたが、まだ中学生の彼らは山登りなど経験したことが無く、一部の者を除いて皆辛そうに山を登る。


 晴菜のその一人で息を切らしながら登っていたが、何故か小春は元気一杯で平気そうにズンズンと進んでいく。


 いつもの小動物の様なひ弱さを感じさせない小春のエネルギッシュな姿に晴菜は違和感を覚えながら、思わず呟いたのだ。


 そんな春奈に横に居たカナメがニコニコしながら答える。


 「いいじゃない、石川さんが楽しそうなら! それにしても飯ごう炊飯、皆一緒の班になれて良かったね!」


 「……そうだな……、おっと仁那、いや小春! 余り先に行くなよ?」


 「うん、分かってるよ! 玲人!」


 カナメの言葉に皆の後ろに続く玲人が同意し、同時に先行し過ぎる小春に注意する。


 ちなみに今、小春の体を動かしているのは仁那だった。小春は自身の魂に同居する早苗と仁那に、この林間学校で一定間隔で体を交換する約束をしていた。


 その為、この山登りは仁那の強い希望もあって彼女が小春の体を使う事になっていた。



 ちなみに飯ごう炊飯のカレー作りは小春と仁那の強い希望もあって早苗が担当する。但し食べる時は小春と仁那にそれぞれ替わって貰うといった具合だ。


 料理自体は小春本人も手伝い程度は出来るが、生来のどん臭さの所為か何かしら失敗する。


 対して仁那は同化の影響でお子様の精神となってしまったので料理などのお手伝いをさせると小春以上の惨劇を生んでしまう。


 そんな訳で小春と仁那の料理の腕前は、早苗から熱心に指導を受ける玲人の方が上だった。


 そんな小春と仁那の作った料理を愛しい息子に食べさせる訳にいかないと、早苗はヤレヤレとばかり料理担当になったのだ。



 そんな訳で山登り担当となった仁那は周囲の風景にいちいち大騒ぎしながら凄く楽しそうに山を進む。


 その様子を息を切らしながら見ていた晴菜が近くに居た由佳に話し掛ける。


 「……うーん……どっからどう見ても小春なんだけど……偶に小春じゃ無くなるっていうか……ねぇ、由佳はどう思う?」


 「……た、確かにそんな気もする様な……しない様な……よ、良く分からない……」


 「そうかなー? 何かおかしいけどなー?」


 晴菜に問われた由佳は小春の中に3人の魂が同居している事を知っているが、小春達に口止めされている為、事実を晴菜に話す訳にもいかず言葉を濁した。



 そんな二人の様子にカナメが声を掛けた。


 「まぁまぁ、二人とも……。ちょっと不思議に見えても石川さんが元気ならそれでいいじゃない?」

 「そ、そうね!」


 アーガルムの騎士長として、全ての事情を知るカナメは晴菜達の疑問を有耶無耶にした。


 カナメに好意を抱く晴菜は、彼にそう言われれば納得するしかなく、この話は終了した。




 そんな中玲人は晴菜やカナメ達の会話に参加する事も無く、先に歩く仁那の姿を微笑ましく眺めていたが、彼女に危機が迫っている事に気が付き叫び駆け出した。


 「…………!! 仁那! 危ない!!」


 彼らが歩く山道は安全柵が設置されていたが頭上は切り立った崖だ。その崖から大岩が落下してきたのだ。 


 “ガゴン! ガラガラ!!”


 「仁那!!」 


 “ダッ!!”


 玲人は叫びながら仁那(体は小春)に駆け寄り彼女に覆い被さる。



 そして落ちてくる大岩に対し、大声を出しながら右手を差し出し黒針を瞬時で生み出し音より早く打ち出した。


 “キュキュン!!”


 “バガァアア!!”


 玲人が刹那に放った黒針によって崖から落下してきた大岩は粉々になる。


 それにより玲人達が進んできた山道には砕かれた小石や砂利がパラパラと落ちてきた。



 その様子に安心した玲人は自分が覆い被さった事で倒れた仁那(体は小春)を手で起こしながら彼女に話し掛ける。


 「……大丈夫だったか、仁那?」


 対して仁那は満面の笑みを浮かべて玲人に抱き付く。


 “ガバッ!”


 「うん、ありがとう! 玲人のお陰だよ!」


 仁那(体は小春)は玲人に抱き付きなが嬉しそうに叫んでいる。



 「「「「…………」」」」



 その様子を一緒に見ていた晴菜や由佳を始めとするクラスの皆は何とも言えない空気の中、絶句していた。その内、女子を中心に黄色い悲鳴が上がる。



 「……キャー!! み、見た!? 王子よ! 王子が降臨したよ!」

 「す、凄い! ホント、映画見たい!」

 「危険を顧みず石川さんを助けたわ……! それにしても石川さんも抱き着くなんて大胆ね!」


 

 なお、小春の護衛であるローラ達も素早く小春に覆いかぶさった玲人の前に立って、二人を落石から守ろうとしていたが、小春達の無事を確認するとそっと傍から離れる。


 周囲から目立たない様に、小春を守る事に徹している様だった。

 



 そんな中……玲人の動きを見ていた神崎は違和感を感じて呟く。



 「……今……玲人の奴……右手から黒い針みたいなの……飛ばしてなかったか……?」



 神崎は女子達が玲人の行動や彼に抱き付く小春の姿を見て黄色い声を上げる中、崖から落下した大岩が破壊された瞬間を思い出していた。


 全ては一瞬の事で、何が起こったのか神崎も自分の目で追えなかったが、あの時差し出された玲人の右腕から黒い棒状の何かが突如現れて飛び立ち、岩を破壊した様に見えたのだ。


 しかしそんな事は一介の中学生が出来る筈もない。一体どういう事だろうと、思わず口に出た呟きに答える者が居た。



 「……神崎君、どうかしたの? 何かおかしなモノでも見た?」


 「い、いや……東条……さっきのアレやけど……」



 神崎は突然横に現れたカナメに少し戸惑いながら、自分が見えた様に感じた事を彼に説明した。対してカナメは不思議そうに首を傾げながら神崎に自分の考えを話した。



 「いや、気の所為だよ! 僕もさっきの見てたけど、落ちて来た岩は崖の途中で斜面とぶつかって割れたんだと思う。カドちゃんの右手から何か飛び出すなんて……想像したらちょっとカッコ良いけど……流石にそれは無いよ!」


 「そ、そうか……、そうだよな……」



 カナメは神崎の疑問を優しくきっぱりと否定した。



 対して神崎も自分が見た事が現実的では無かったのでカナメの言葉を取敢えず飲み込んだ。



 山登りの途中突然起きた落石事故……。幸いにして怪我人も出なかったが、事態を重く見た引率の教師達は、これ以上の山登りは止めさせて生徒達を下山させた。



 そして教師達の中では林間学校自体を途中で中止すべきと言う慎重論も出たが、残りのスケジュールにこれ以上危険を伴う行事は無いとの判断で、林間学校自体は継続となった。



 教師達はこの時考えなかったのだ。落石事故が人為的かどうかを。この小さな事件は後の凶行の切っ掛けにしか過ぎなかったのだ……。


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