313)恐怖の林間学校-5(愚かな少女)

 「……早苗に、釘差されちゃったわね……」



 早苗が談話室から出て行った後、残された薫子は、苦笑いしながら呟く。



 「そうですね……。ですが、宜しいのですか? マールドムの小娘共を放って置いて……。小春の敵は一人残らず始末すべきでは?」



 呟いた薫子に答えたのは、カリュクスの騎士であるローラだ。


 彼女は、小春に対して悪意を抱く伊原恵美や、葵の存在を放置する訳にいかないと感じていたからだ、


 ローラの言葉に、同じカリュクスの騎士であるキャロやレーネも頷いて同意する。



 「……私達臣下としては……女王である小春ちゃん達の命令には逆らえないわ。小春ちゃんと同化している早苗の言葉も同じね。そして早苗は、私達以上に小春ちゃんと仁那ちゃん……そして玲君の事を守ろうとしている。だからこそ余計に彼女の指示には従わないと」


 「ですが……」


 「大丈夫よ……。私は放置なんかしてないわ。既に小春ちゃんには万全の防護を何重にも仕掛けている。貴女達カリュクスの騎士もその一例よ。

 あんな、マールドムの子達に選ばれし騎士である貴女達が遅れを取る訳無いでしょう?」



 女王である小春達に従うべき、と諭す薫子の言葉だったが……生真面目なローラはあくまで食い下がる。

 

 そんな彼女に薫子がハッパを掛けると、腕に自信が有るローラ達は力強く頷いた。



 「貴女達は、自分達のやり方で小春ちゃん達を守ってあげて。何より、貴女達が彼女の傍に居るだけで力になるのだから。

 私は……小春ちゃん達の意図に沿う形で、恵美ちゃんや葵ちゃんを上手く使わせて貰うわ。心配しなくとも、きっちりと責任は取らせるから」



 力強く頷いたローラ達に諭しながら、薫子は最後に満面の笑みを浮かべて低い声で呟く。


 アガルティアの女王である小春に誰よりも強い忠誠心を持つ、薫子の言葉にローラ達も流石に納得するのであった。




 ◇◇◇




 「あの女……! 唯では済まさない!」



 小春達から離れた恵美は激しい怒りで盛大に一人で悪態を付いていた。恵美が激しい怒りを感じている理由は、小春の存在だ。



 路地裏で屈辱的な姿勢を取らされた上に、先程も不思議な力で地べたに強制的に座らされ……思い切り馬鹿にされた。



 以前自分が虐めていた時の小春は、オドオドした気が弱い態度だった。しかし路地裏で出会った時から、彼女は以前と打って変って不遜で恵美を見下した様な姿を見せる。


 もっとも先程の小春は、意識が入れ替わっており小春本人では無く、早苗だった訳だが見た目が全く変わらない為、恵美自身は気付く筈も無かった。



 自分勝手にふるまって生きて来た恵美に取って、この様な境遇は耐えられなかったのだ。


 (……やっぱり、アイツには変な力が有る……。魔法か、超能力か分んないけど……。どっちにしても、私じゃ敵わない……)



 恵美は先程の出来事を振り返り、小春には不思議な力が有る事を再認識する。



 “自分では敵わない” そう理解した恵美は、携帯端末を取り出した。



 “エイイチ! 今、問題無い?”



 恵美は隠し持っていた携帯端末でSNSを通じてエイイチに連絡を取った。ちなみにエイイチはSNSで恵美が知り合った自称大学生だ。



 だが恵美は、エイイチが普通の大学生等では無く、後ろ暗い男である事は感じている。


 だからこそ、恵美はエイイチに林間学校で小春に対する復讐を行って貰う事になっていた。



 そのエイイチから恵美にメールが入る。


 “大丈夫だ、恵美。林間学校のホテルに着いた?”


 “うん! エイイチ……前言ってた人質の話だけど……ソイツの情報を教えるよ。……それでね、ソイツ……大御門玲人、ていう奴なんだ……”


 “……その大御門って男、人質になるの?”



 恵美からの依頼にエイイチは玲人の人質としての価値を聞いてきた。



 “それは大丈夫だと思う。その女……何でも石川ってクソ女の婚約者らしいから。だからソイツを人質に使って欲しい。それにソイツも凄くムカつく奴なの……。だからソイツも徹底的にいたぶって欲しいんだ……。石川って女と一緒に……”



 恵美はエイイチに玲人を陥れる為、玲人を人質にする様依頼し、その上で玲人と共に小春にいたぶる様依頼した。



 その理由は小春だけで無く玲人にも復讐する心算だった。恵美に取って玲人も憎くて仕方が無い存在だからだ。



 伊原恵美が小春と同様に、玲人を深く恨むのは……とある理由からだ。


 




 恵美は一年生の時から、ある少年に好意を持っていた。彼の名は神崎啓太と言い、サッカー部に所属し、明るく元気な性格で顔だちの良い少年だ。


 彼に好意を持っている恵美は中学一年生の時から神崎に積極的に近付き、自分から声を掛けた。そうする内に神崎とは気兼ねなく話せる良い感じになってきた。




 同時に恵美は、良くモテる神崎に群がるライバルの少女達を蹴落として来た。別に難しい事では無い。恵美が小学校から続けて来た事の延長だ。

 


 少しでも神崎に対し色目を使う少女が居れば仲間と共謀し、その少女を陥れた。



 ターゲットの少女が持つ上履きや文房具をゴミ箱に捨てたり、机に盛大に落書きしたり。


 また、その少女が孤独になる様にクラスの女の子たちを脅したり……。



 色んな嫌がらせをする事で、ターゲットの少女は学校に来なくなったり、転校したりと、恵美の周りから消えていった。




 そして、中学2年になった時……クラスメイトとなった石川小春に目を付ける。



 小春の視線は常に神崎を追っていた。もっともコレは勘違いだったのだが、恵美には小春が神崎に好意を抱き、今迄蹴落として来た少女達の様に彼に色目を使っている様に見えた。



 だから恵美は、今まで行なってきた様に石川小春をターゲットにして虐め始めたのだ。



 しかし、小春を虐め始めてから間もなくの頃……彼女の机に白マジックで盛大に悪口を書いている所をクラスメイトの大御門玲人に見つけられ、クラス全員の前で恵美は玲人に糾弾された。



 しかもタイミングが悪く、玲人に恵美が責められている時に教師の真島や、あろう事か神崎まで現れ、恵美の悪行はクラス全員が知る事になる。


 更にバツの悪い事に小春が本当に気に掛けていたのは神崎では無く、玲人だった。



 恵美は小春が神崎に好意を持っていると勝手に勘違いをして、彼女を虐めたのだ。



 勘違いにも関わらず、恵美の行った行為は悪質だった事より、余計に彼女には払拭できないマイナスイメージがこびり付く。



 結果、その事が露呈し恵美と恵美の取巻き友人達は学校から停学処分となり、神崎からも疎まれて距離を置かれる事となる。



 恵美の行なってきた行為は誤解でも何でもなく、自分が行なった悪行については反省する気等無かったが、其れを神崎に知られる事は避けたかった。



 しかし、それは担任の真島の手により、一年生の時に行った虐め等も罪に問われ明るみにされる。


 あの日、玲人が教室の中で面と向かって恵美を糾弾した所為で、恵美の悪行はクラスの皆や担任の真島、そして神崎まで知れ渡った。



 その為、恵美は玲人に対しても激しい怒りと憎しみを感じていたのだ。



 鬱憤(うっぷん)を晴らす為、今度は由佳を虐め始めたのだが……結果的に、路地裏に現れた“何故か”狂暴になった小春(実際は早苗)にボロボロにされた。



 結果……SNSに土下座映像をばら撒かれ、学校で糾弾された時以上に、恵美は酷い状況に陥る。



 学校では玲人に糾弾され、強くなった小春には奴隷の様な屈辱的仕打ちを受けた事で……恵美は玲人と小春を絶対許せなかったのだ。




 そんな恵美の、小春と玲人に対する復讐に対して……エイイチの返事は即決だった。




 “いいよ! その大御門とか言う奴を拘束して切り刻んで復讐しながら……石川って女を無茶苦茶に犯してやろう……。楽しみだろう?“


 “……いいね……”



 明るく軽い感じでとんでもない復讐方法を提案してきたエイイチに対し恵美は、内心恐怖と後ろ暗いモノを感じながら、流されるままエイイチの提案に乗ってしまうのであった。



 自分がその危険に晒されるとは知らずに……。


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