312)恐怖の林間学校-4(怖い人達)

小春達の前に現れた薫子は、犬の様に座り込んだままの恵美に近付くと……優しく声を掛けた。



 「貴女は……確か、伊原恵美さんね? えーっと……座り込んでどうしたのかしら?」



 薫子はそう言って優しく恵美の背を摩る。すると……動けなかった筈の彼女は、急に体の自由を取り戻して、立ち上る事が出来た。



 「か、体が……!」


 「もう大丈夫かしら?」



 急に動ける様になった恵美が驚く中、薫子は優しい声を掛ける。



 「……はい、問題ありません」



 薫子の言葉に恵美は感情を込めず、いかにも社交辞令的な態度で答える。


 そして恵美は早苗(小春)を睨みつけ、“フン!”と鼻を鳴らして去っていた。



 そんな恵美の後姿を見ながら、晴菜は我を取り戻し興奮して小春(早苗)に迫る。



 「小春! アンタどうしちゃったのよ! あの伊原の奴にあんな啖呵(たんか)切るなんて!」


 「こ、小春ちゃん……? そ、その……」



 晴菜は痛快だった為か嬉しそうに小春(早苗)に声を掛ける。対して由佳は今の小春が小春であって本人では無い事が分った為、掛ける言葉に悩んで戸惑う。


 

 そんな正反対の二人の気持ちを置いて、現れた薫子は皆に向かい声を掛ける。



 「さぁ、皆さん、館内に入りましょうか?」



 館内に入った3人だったが、晴菜と由佳は自分の割り当てられた部屋に戻って行った。




 ◇◇◇




 早苗(体は小春)は薫子に呼ばれてホテルの談話室に来ていた。そこは締め切られた小さな部屋で二人以外誰も居ない。



 早苗を呼び出した薫子が早苗に話し掛ける。



 「……絡まれて大変だったわね早苗?」


 「良く言うわ……薫子姉様。私があんな奴隷犬、どうでも出来る事知ってるでしょう?」            


 薫子に問われた早苗は呆れ顔で答えた。対して彼女は小春達について尋(たず)ねた。



 「まぁね。所で小春ちゃんと仁那ちゃんは、どうしてるの?」


 「……薫子姉様に呼ばれた時点で少し眠って貰ったわ。何か話が有ると思って」


 「有難う……助かるわ。私の正体は、まだあの子達には話せないからね」


 「でしょうね……。で、話って何なの?」



 早苗は薫子に問うと、彼女は声を潜めて話した。



 「あの伊原恵美って子……。何やら良くない事を企んでるみたいなの。どうも裏では葵ちゃんも絡んでて……それなりの組織と繋がっているみたい」


 「そうみたいね」


 「あら、驚かないの?」



 薫子は、恵美だけでなく葵も、早苗に悪意を持っている事を伝えても……全く驚かない彼女を不思議に思って問い返す。

 


 「だって、あの二人にはエロメちゃんが仕掛けて有るのよ? 彼女達が私達に敵意を持っている事位、把握しているわよ」


 「……さすが早苗ね、素晴らしいわ。早苗の備えは万全としても……あんまり放って置くのもね。そろそろ纏めて始末を付けた方が良いと思うの。……それで“どうしようか”と思って……」


 「……どういう意味かしら?」



 薫子の言葉に危険な色を感じた早苗は聞き直す。



 「言葉通りの意味よ、早苗。私は貴女達に害を及ぼす存在に遠慮はしない。貴女から指示を貰えたら……存在を消すわ……あの子も葵ちゃんも、繋がってる組織もね」


 「ちょ、ちょっと! 薫子姉様! 貴女は一応保険医でしょう!? 何よ! 私より全然危ないわね!」



 薫子の言葉に驚いた早苗は彼女を制止する。対して薫子は面白そうに笑って返した。



 「フフフ……早苗から止められるなんてね……。だけど、早苗……私の存在意義は貴女達の為にある。この立場も全て貴女達の為に用意したの。

 貴女達に害が及ぶなら私は躊躇(ちゅうちょ)しない。そして“彼女達”もね」



 “ヒュン!”



 薫子がそう呟いた瞬間、締め切られた談話室に3人の少女が転移してきた。



 そこに現れたのはクラスメートのローラとキャロ、レーネの3人だ。


 彼女達3人は表の顔は海外からの留学生として小春のクラスに編入されているが、本当の立場目的は、アガルティアの女王である小春達を護衛するカリュクスの騎士だった。



 「貴女達……」


 「早苗殿……あのマールドムの小娘の態度は許しがたい……。お許し頂ければ今すぐにでも切って捨てますが」


 「ヤルならアタシが頭から両断するぜ?」


 「二人とも……相手は無力なマールドムの女の子だよ……、せめて腕一本で許してあげようよ」



 ローラ達3人は、路地裏での事件の事も有り、度重なる恵美の不遜な態度に激しい怒りを感じている様で、恵美を制裁したくて仕方が無い様だ。


 3人の話を聞いていた早苗は、盛大に溜息を付いて彼女達に注意した。



 「ハァァ……何でアーガルムの人達って、どうしてこうも脳筋なのかしら……薫子姉様といい、貴女達といい……。良い事? 貴女達は、あの恵美って子に何もする必要は無いわ。薫子姉様もよ?」


 「ぎょ、御意」

 「分ったよ……」

 「はい……」



 ローラ達3人は渋々早苗の指示に従った。対して薫子はニコニコ微笑ながら静かに早苗に答える。



 「あら? 早苗……誤解しないで? 消すと言っても色々有るの。体全部を消す事も簡単だけど……心を消すのもお勧めよ? 彼等マールドムには分りっこないから後腐れないし……」


 「だから……薫子姉様の顔で怖い事言わないでよ……。ハァ、どうしてこの私が常識語る側になってるの! おかしいわ! とにかく何もしなくて良いわよ! 私達なら如何とでも出来るし」



 薫子が語る怖い話に早苗が思わず制止した。対して薫子は残念そうに話した。



 「……そう? まぁ……私達はいつだって見てるから早苗達は何も心配いらないわ……。だけど……貴女達に何か有れば……私達は我慢も遠慮もしない」



 薫子はにこやかに微笑ながら言い切った。彼女の背後に居るローラ達も同様に頷(うなず)いている。



 早苗は溜息を付きながら立ち上がり、談話室を去る際にもう一度釘を刺した。



 「はぁ……心配してくれるのは有り難いけど……、トラブルが有った時は先ずは私達で対応するわ。いきなり、あの恵美って子を消さないでね。まだ、子供なんだから……私が教育してあげるわよ」


 「分ったわ……取敢えず静観するね……。でも危ないと思ったら……迷わず介入するわ」


 「……そうならない様に、全力を尽くすわ……。何か余計な心配増えちゃったわよ!」



 薫子の本気が伝わった早苗は脱力しながら返答し談話室を後にした。見送った薫子達はニコニコしながら手を振っている。



 早苗は嫌いな少女とは言え、薫子達に“恵美を消される訳にいかないな……”と考えながら割り当てられた部屋に戻るのだった……。



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