309)恐怖の林間学校-1(出発)

 ――夏休みが明けて、新学期が始まった。


 

 この夏休みは石川小春と言う少女に取って、文字通り人生を変えた時期だった。



 事の始まりは夏休みの始まりに、小春は崩壊寸前だった仁那と同化し……彼女を救った事だ。



 その事で仁那の意識奥に居た仁那の母、早苗も救い……仁那を救う為だけに生きていた双子の兄、玲人も救った。



 更に仁那の意識奥には人を超えた存在であるマセスが居た。マセスは仁那の前世だった存在で……小春は仁那達と同化する事で、このマセスと完全に同一の存在となる。


 しかも、小春の前世はマセスの義理の娘であるエニだった事も同化の際に判明した。



 マセスと同化した小春は……仁那と同じく特殊能力を身に付ける。


 その特殊能力を試す為に、玲人達特殊技能分隊との模擬戦を行った。その後に続くアガルティア12騎士長達の戦い……。



 想像も出来ない非日常の出来事が、怒涛の如く押し寄せた夏休みだった。



 そんな夏休みだったが……小春に取って仁那や早苗、そしてマセスを救えたのは本当に良かった。


 何より嬉しかったのは……ずっと好きだった玲人との婚約だった。



 大変な夏休みを経て始まった新学期。ローラ達が宣言通り小春達のクラスメートとして参入する、と言う嬉しいサプライズが有ったが、それ以外は大きな出来事も無く日々が過ぎた。


 そして……秋に近付いたその日の朝、小春は体操服を着て石川家を出る。今日は2泊3日の林間学校の出発日だからだ。



 石川家の玄関前には何時もの通り、婚約者及び最強の護衛である玲人が待っていた。


 彼はリジェ達との戦いの後、暫く入院していたが……退院後は変わらず小春の傍に付き、彼女を守っている。



 「お早う、小春」


「お、お早う玲人君」



 自然体の玲人の挨拶に、ヘタレな小春は毎回戸惑ってしまう。


 二人は連れ立って上賀茂学園に向かう。そんな二人に石川家を出た後直ぐに、ローラ達が合流する。


 「お早う、小春。それに玲人も」「おいーす」「お早うございます」

 「お早う、ローラ、キャロ、レーネ」

 「お早う」


 合流したローラ達3人は小春と玲人に挨拶すると、小春と玲人も応える。


 ローラ達3人と同じ上賀茂学園に通う様になったのは、新学期に入ってからだ。ローラ達は3人共、小春と玲人のクラスに揃って編入してきた。


 ローラ、キャロ、レーネの三人は小春専属の護衛としてアガルティアから派遣されたカリュクスの騎士だ。


 だが、その詳細は小春本人は知らされておらず、自衛軍の安中拓馬大佐から派遣された護衛と説明を受けている。



 玲人も安中から、そう説明を聞いていた事より彼ははローラ達の存在に違和感を感じていない。



 もっとも玲人自身が周囲の事に興味が無い為に全く気にしていない事もあるが……全ての事情を知る修一が、彼に無害(ローラ達が)で有る事を伝えており、実際ローラ達は小春に取って良き友人なので安心していた。


 


 そんなローラ達と小春は仲良く話しながら学園に向かう。



 林間学校出発の集合場所は学園の運動場であり、そこに小春達2年生全員が集まってバスに乗って高原のホテルに行く行程だった。





 集まった小春達は運動場で教師から今日の予定や注意事項を聞かされた後、学園外に停車された観光バスに乗り込んだのだった。



 観光バスの中では小春は晴菜と由佳と一緒に座った。


 

 新学期に入ってから、すぐに由佳は改めて小春に謝罪したが、その折に傍に居た晴菜から由佳は激しく責められる。



 だが、その後は晴菜は引き摺(ず)らず彼女とは普通に接した。



 なお、SNSで悪行をばら撒きされた伊原恵美は新学期からずっと休んでいたが、何故か今日の林間学校は思い出した様に参加した。



 不自然な伊原恵美の行動に、クラスの皆は違和感を感じたが、SNSで晒された恵美の酷い悪行にドン引きされ、誰一人彼女に近付く者は居なかった。


 恵美の取り巻きの少女達ですら、彼女に嫌悪した様子で完全に無視していた。



 ローラ達は小春が居る座席より後方の席に座る。適切な距離を保ちながら小春を守る為だ。



 玲人は神崎とカナメと一緒に座っている。取り巻きの少女達から絶縁された伊原恵美は、誰も一緒に座りたがらず後部座席の方で一人で座っていた。

 



 小春達を乗せた観光バスは冬はスキー場になる県外の高原に向かって出発する。



 小春は最初からの約束で、林間学校の行きは仁那と意識を替わる事になっていた。従ってバスの中の小春いや仁那のテンションは異常に高かった。



 「うわー!! 見て! 見てよ! 晴菜ちゃん! 凄い高い橋だよ! ホラ!」


 「ハイハイ……。小春、あんた何かキャラ変わってない?」



 小春(意識は仁那)に話し掛けられた晴菜は訝しみながら逆に問う。対して小春は間延びした声で返答する。


 「えー? 私は小春だよー?」


 「うーん……。普段の小春はそんな返事しないし……。小春って偶に人格替わる所有るからな……。その所為か……」


 小春(仁那)の返答に首を傾げる晴菜。そんな彼女を余所に小春(仁那)は一層声高く叫んだ。


 「あー!! あの山の形凄く変だー! 見てよ、由佳ちゃーん!」


 「あ、そ、そうだね!」



 小春(仁那)は考え込む晴菜を余所に今度は由佳に話し掛け、急に話し掛けられた由佳は小春(仁那)のハイテンションに戸惑いながら相槌を打つ。



 なお、由佳はファミレスで小春達の秘密(小春の体に早苗と仁那が同化して居る事)を知らされていた。


 従って、今燥いでいるのが小春では無く仁那である事は分っていたが、秘密にする様に頼まれていたので小春の心算で接した。



 燥ぐ小春(仁那)の声が余りに大きい為、遂に担任の真島が静かにする様小春達に注意した程だ。



 そんな様子を違う座席に座る神崎が見つめ、ほっとした様に呟く。



 「……良かったな……石川の奴……随分元気になって。久しぶりに伊原が来たから、どうかと思てたけど……もう気にしてへんみたいやな?」


 「神崎……お前、小春の事を気に掛けていたのか? 感謝する」



 神崎の呟きに横に居た玲人が素直に感謝する。対して神崎は色々気になり逆に問う。



 「玲人? 何でお前が礼を言う? それに小春って……。そうか! お前と石川……付き合ってるのか!?」



 神崎は勘付いた事実に驚いて玲人に大声で尋ねたが、玲人の回答は更に衝撃的だった。



 「……付き合ってはいない……しかし、礼を言うのは当然だ。俺と小春は……婚約している」


 「は!? お、おおお前……、今、何て言うた!?」



 淡々と答える玲人の言葉に、神崎はのけ反りながら大声で問い直す。



 ちなみに玲人の横に座るカナメは、ニコニコしながら二人の様子を楽しそうに見つめている。



 神崎に逆に問われた玲人は、いつもの通り事実だけを静かに答えた。



 「だから、今言った通りだ。俺と小春は婚約した。婚約とは将来婚儀を行うと言う意味だ。今はまだ俺も小春も未成年だから婚儀は行えないからな」


 「うおおおお!! マジかよ!? お前と石川、婚約って!! マジすげーわ!!」



 静かに答える玲人に対し、神崎は驚きを隠せず絶叫する。



 その大声はバス内に響き渡りクラス中が、玲人と小春の婚約情報をする事になってしまうのだった。


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