289)路地裏にて

 玲人の見舞いから帰っていた小春だが……駅前の大通りで、かつて自分を虐めていた伊原恵美と、自分を見捨てた元友人の小川由佳の姿を見かける。



 その様子が普通では無い、と感じた小春は……恵美と由佳達の元へ行こうとした所で、意識奥に居る早苗から制止されたのだ。



 しかし、小春は早苗の制止にも関わらず、決意は変わらなかった。



 “あのねー、小春ちゃん……”

 “お母さん、ダメだよ?”



 お人好しな小春に、早苗が更に設得しようとした時……もう一人の"同居人"である仁郡が、早苗を制止する。



 “……お母さんは、小春が……また傷付いちゃう事が心配なんでしょ? でもね、小春は自分の事より、他の子の為に無理しちゃう子なんだよ。

 だから……私や玲人の為に自分を捨てて……助けてくれた。私はそんな小春を応援したい。お母さんも……最初から、その心算なんでしょ? 私達、もう一緒だからすぐに分るよ”


 (……に、仁那……どうも、ありがとう……)



 仁那が早苗に力強く答えると、それを聞いていた小春が感激しながら、礼を言う。


 仁那に論された早苗は……。



 “……はあ……全く、困った嫁ね……まぁ、仕方無いか。……小春ちゃん、少し替わってくれる?”


  (は、はい、早苗さん)


 

 早苗はもう一度溜息を付いた後、小春に意識を交替する様に頼んだ。



 (……ん……ありがとう、小春ちゃん。さて、私なら……あの恵美って子を全裸にして宙吊りにする所だけど……どうかしら?)


 “ダメに決まってるじゃないですか、早苗さん!”



 小春と意識を交換した早苗は、さっそく物騒な事を考えていたが、小春に怒られて止められた。



 (……その方がシンプルに片付くのに……。ああ言う子は、力関係と立場を明確にした方が良いわよ? まぁ……ここは小春ちゃんに任すけど……フォローは必要ね)


 早苗は、自分と替わってシェアハウスに居る小春に向かって、答えた後……人通りの無い裏手に入って行った。



 周囲に誰も居ない事を確認した後……早苗は、独り言を呟く様に強力な助っ人の名を呼んだ。



 「……アリたん……そこに居るんでしょ?」


 「はいはーい早苗っち! いつでもあたしは、小春ちゃん達の真近に居るよ!」


 

 早苗が姿の見えないアリたんの名を呼ぶと……彼女は、さも当然の様に一瞬で姿を現した。



 “ア、アリたん!?”


(そうよ……アリたんは、どこに居ても私達の傍に居るから……何でも頼れば良いわ。 私達の言う事なら、どんな無茶な事でも喜んで開いてくれるわよ?)


 

 姿を突然現したアリたんに、小春が意識奥から驚いた声を上げると、早苗は彼女にアリたんについて教える。


 アリたんの正体が……透明な少女アリエッタと知っている早苗は、アリたんが自分達小春組に、絶対の忠誠を尽くす事を良く理解していた。



 「……アリたん……小春ちゃんがトラブルに巻き込まれるかも知れないから……守ってあげてね。それと……あの3人組も呼び出しておいて」


 「御意まる~。ローラ達ならいつでも小春ちゃん達の傍に居るから、大丈夫だよ。所で……小春の敵なら、人知れずバラバラにしてあげるけど、しなくても良いの? むしろ、今すぐに殺っちゃいたいけど? バラす? 燃やす? ペシャンコにする?」



 早苗(体は小春)は眼前でフワフワ浮かぶ、みかんを模したアバターのアリたんに指示すると、彼女は10cm位の可愛いらしい姿にも関わらず、恐ろしい事を言いだした。



 彼女の正体はアーガルム族で……人類を軽視している事より、早苗が指示すれば本当に恵美達を迷いなく殺すだろう。



 「ここは小春ちゃんに任せてあげて……。その為にアリたんは、ローラ達と一緒に小春ちゃんのフォローをお願いね? 私も、仁那ちゃんも……シェアハウスで小春ちゃんを見守るわ。何かあればすぐに交替するから」


 「さっすが、早苗っちは超最高の参謀だよ! 小春組大親分である小春の意見を尊重しつつ、完璧なフォロー体制を敷くんだもんなー。オーケイ! 任せて! 皆で小春を守るから~!」



 早苗がアリたんに告げると、彼女は興奮して叫んだ後に姿を消した。



 (後は小春ちゃんに任せるわ……。でも、いつだって忘れないでね? 小春ちゃんの近くには、仁那ちゃんや、アリたんや、ローラ達……そして、ついでに私も居るんだから……何も恐がる事は無いのよ?)


 “はい! 早苗さん、ありがとうございます!”



 早苗は小春を守ってくれる布陣を確認した後、改めてシェアハウスに居る小春に声を掛けた。早苗にしては小春に掛ける言葉が珍しく優しい。


 仁那が言う様に、小春が恵美や由佳達に、以前の様に嫌な思いを受けないか心配している為だろう。


 声を掛けられた小春は嬉しそうに、シェアハウスから礼を言う。



 (べ、別に貴女の為って訳じゃないわ。小春ちゃんが痛い目合うと、仁邦ちゃんや私に降り掛かってくるから、仕方無しによ!)


 “……お母さんも、素直じゃないなー。 こう言うの、確か……ツンドラ、て言うんだよね、小春?”


 “……それを言うならツンデレだよ、仁那……。でも、早苗さん、いつもフォロー有難う御座います”



 礼を言った小春に対し、早苗は照れながら答えると、シェアハウスに居る仁那から突込まれる。


 小春はそんな早苗に改めて礼を言った。



 (……小春ちゃんも、変なトコで融通が効かないからね。後は、貴女が思う様にやってみたら?)


 “はい、そうさせて頂きます!”



 呟いた早苗に対し、小春は元気よく答え、もう一度意識を交替するのであった。

 



   ◇   ◇   ◇




 “ドン!”


 「あう!」



 誰も居ない路地裏で少女が思い切り、突き飛ばされて地面に転がる。突き飛ばされたのは小川由佳で、突き飛ばしたのは伊原恵美だ。



 「……お前さー、やれって言ったでしょ? 何でビビっちゃうのかなぁ。私……あのマスカラ欲しかったのに……」

 「私もー」

 「私はピンクのルージュが良かったしー」



 突き飛ばされた由佳を見下しながら恵美は冷たく言うと、 彼女の取り巻きの少女達も同調して口を揃える。


 どうやら恵美達は由佳に、化粧品の万引きを強制していた様だ。



 「さぁ、もう一回行こうか……。今度は絶対やりなさいよ?」

 「……う……や……」


 恵美は地面に座り込んだ、由佳に命令すると……彼女は下を向いて何やら呟く。



 「は?」

 「……もう……い、いや……! 万引きなんてしたくない……!」


  小バカにして聞きなおした恵美に、由佳は涙を流しながら叫ぶ。



 「ああ? お前何言ってんの? ぼっちでハブられたお前に……声掛けてやった事忘れたの? お前なんか、私以外誰も相手にしないよ」

 「そーそー、調子にのんなよ、バカ女!!」

 「うだうだ言ってないで、言う事聞いとけっての」



 恵美が由佳に見下したから言い放つと、取り巻きの少女達も揃って罵る。


 そして、その内の一人が由佳の髪を掴んで引っ張る。



 “グイ!”


 「いぎっ!」



 髪を掴まれ悲鳴を上げた由佳に……恵美は再度命令する。



 「……私はさっさとしろって言ってんの。やんないなら……その髪ボウズにしてあげるから」

 「う、うう……!!」



 恵美の卑劣な脅しに、由佳が大粒の涙をこぼして泣く。そんな由佳を見て、恵美や取巻きの少女達は、冷たく笑うだけだった。



 そんな時……。



 「ゆ、由佳ちゃんを……! は、放して……!」



 路地裏に駆け込んで来た、小春の声が響いたのだった。


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