287)彼女の決意

 トルアの“残業”を見て動揺する坂井梨沙少尉に対し、アリたんことアリエッタは、明るい声で小春の元へ来る様に誘う。


 しかし、梨沙はアリたんの誘いを明確に断ったのだった。



 「そうかー。勧誘作戦は失敗だね! まあ気が向いたら、いつでもこっち側へ来なよ? 梨沙ちゃんが呼んでくれたら、いつでもあたしが迎えに行くから!」


 「……考えておくよ……そんな事にはならないだろうがな……。ただ、教えてくれ……さっきアンタが言った3人…… トルアとロティと……ディナだったか……。

 あいつらは皆……アタシが知ってる奴か? それと……そいつらはいつから玲人達の傍に居る?」



  梨沙に断られたアリたんは、意外にもあっさりと引き下がった。対する梨沙は先程ヘレナが話していた3人について問う。



 「うーん……そーだね。 2人は良く知っている人かな? そして、3人はずっとマニオス様とマセス様の近くで頑張ってるよ。

 それこそ、……マニオス様とマセス様が、大御門玲人と仁那として生まれてからずっとね」


 「……それで分かった。女同士って言う位だから……ディナってのは女だろ? ディナ卿って言われてた位だから大物だな。仁邦ちゃんと一つになった小春ちゃんの傍に居て、アタシの知ってる女って言えば……あの人しか居ない。

 なる程、最初から全部仕組まれたって訳か……。もう全部手遅れなのが十分理解できたよ。アンタ達はずっと前から準備してたんだな」



 問われたアリたんは明るく答え、梨沙は彼女の話に納得した。



 「……色々聞かせてくれてありがとな。 敵? のアンタらに礼を言うのも何だけど……。それでさ、この閉じられた空間から出してくれない? やらなくちゃいけない事……改めて良く分ったよ」


 「ん。分った……。レストラン外の通常空間に転移するね」



 梨沙に頼まれたアリたんは、素直に返事してレストランの一角に展開させた異次元空間を、レストラン裏手の通常空間に繋いだ。



 “ヴン!”



 低い音と共に、一瞬で梨沙とアリたんはレストラン裏手に転移する。



 この裏手は人通りが無く誰も居ない。ここから見えるレストラン表通りの様子は騒がしく、今頃になってパトカーや救急車が到着する。


 恐らくは、こうなる様に透明な少女ヘレナが調整したのだろう。



 大通りには、そのヘレナが癒した客達が横たわり、周りのヤジ馬達が介抱している。あの場所にヘレナが転移させたのだろう。




 「……あいつは……ずっとこんな矛盾を続けてるのか……同胞のあの子が呆れてた通り……本当にバカだな……」



 救われた客達を遠目に見ながら、梨沙は思わず呟く。



 あの場に居たトルアと呼ばれたローブ姿の男は、仲間である筈の透明な少女ヘレナに矛盾を指通されていた。


 彼女が言っていた矛盾は……梨沙もその通りだと感じて、自然と呟きが出てしまったのだ。




 あの場に居たトルアは間違い無く“彼”だった。



 素顔は単眼を描いた面妖な仮面を被り、ローブで体を隠していたが、その立ち振る舞いや声……そして人知れず行っている"残業など真面目で不器用な性格の版“彼”がいかにもやりそうな事だった。



  8年前……中部第3駐屯地で梨沙が再会した“彼”、つまり安中大佐は、その時点でトルアだったのだ。そう考えると、梨沙は全てが納得出来た。



 (……前原が、銭湯で聞かされたって言うドルジの身の上話と同じだな、きっと……。昔の拓馬はとっくに死んでいて……あたしが愛していたのは最初から、トルアって男だったんだ……。

 何となく、分っていたけど……認めたく無かった。でも、今日……あたしは真実を知ってしまった……。だったら……あたしは……!)



 梨沙は知りたく無かった真実を目の当たりにして……衝撃を受けながらも、決意を改める。



 「…………」


 「……行くの? どうするかは敢えて聞かないけど……無茶は止めなよ?」



 決意を新たにした梨沙は無言で、レストラン裏通りから立ち去ろうとする。


 対してアリたんは彼女に声を掛けると……梨沙は少し立ち止まったが、振り返る事も無く、そのまま応える事無くアリたんの元を去った。




 一人残されたアリたんだったが……。



 “ヴン!”



 低い音と共に、透明な少女ヘレナがアリたんの横に現われた。



 「……陏分とあっさり、彼女の事を諦めたのね、アリエッタ。せっかく私が後押ししてあげたのに……」


 「ごめんね、ヘレナ。 トルア卿に進言までさせてしまって……。でも、梨沙さんの事は、これ位で良いのよ? 多分あの子は……結果的に私達の元へ来るわ……他ならぬ、自分自身の意志でね。

 私と貴女がした事は、梨沙さんの決意に火を灯す事……。小さくても決して消えない火を……」



 現われたヘレナは、アリたんに対し……梨沙をあっさりと帰らしてしまった事に、口を尖らせて文句を言った。


 ヘレナからすれば、散々アリエッタの手伝いをして、梨沙を安中の“残業”にまで導いたのに、拍子抜けした様に感じたのだ。


 対するアリたんこと、アリエッタは、言葉使いもアリエッタとしての口調に戻して、ヘレナに侘びながらも力強く答える。



 「そう……だとすれば無駄では無かったと言う事かしら……。まあ、面白かったから良いけど」


 「もっと面白い事になると思うわ、ヘレナ。きっと貴女も満足するわよ」



 ヘレナの言葉 にアリエッタは自信を持って答えたのだった。




 そんなではアリエッタの言葉通り……安中の真実を見てしまった梨沙はすぐさま行動を起こした。




 真実を知った次の日……梨沙は突然に自衛軍に退役届を出して姿を消してしまった。



 梨沙の言う決意を示す為だろうか、その意志は固く誰も止める事が出来無かった。


 当事者である安中には何も告げず、一方的に辞意を貫いて梨沙は自衛軍を去ったのだ。



 その事を後から知った安中は……流石に動揺を見せたが、すぐに平静を取り繕った。彼にも思い当たりがある為だろう。



 こうして、唐突に別れる事になった梨沙と安中の二人……。



 しかし……梨沙と安中は、後日……再会する事になる。戦友との誓いの場にて、梨沙なりのけじめを付ける為に……。


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