286)梨沙少尉の休日⑥

 誰にも理解されず、敵である筈のマールドムを陰ながら守る安中に対し、辛そうな顔で彼に矛盾を指摘するヘレナ。


 そんな彼女に内心感謝しながら、安中は自分の決意を語る。



 「……そんな心算は無いさ……。だが、真国同盟の新見を好きにさせている事は個人的に気分がとても悪いな……。あの男は革命失敗の時点で捕縛され終わっている筈だった。その後の事は放置して適当に使う計画とは言え……度し難い下劣な男だ。御館様の覚醒後には、真っ先に私自身の手で殺してやる」



 ヘレナの指摘、にトルアこと安中は淡々と答えた。



 「……貴方様も、ロティ卿も、そしてディナ卿も……マールドムの世界で暮らす内に、いつの間にかマールドムに対する考え方も随分と変わられた様です。

 それが悪い事だと私は思いません……ですが、真に覚醒したマニオス様が……マールドム殲滅を始めた時……御三方の心労を考えると胸が痛みます。

 トルア卿……誠に僭越ながら、マールドムへの傾倒も程々に為さって下さい……」


 「忠告感謝するよ、ヘレナ。だが、私は大丈夫だ。 御館様の覚醒に至るまで……変わらず、コレは続けていく。君達には手間を掛けるが宜しく頼む」


 「……分りました……トルア卿……。しがない小娘である私が、余計な事を申し上げました事をお詫び申し上げます」


 「いや、構わない。寧ろ君の進言は有り難かった。そんな君に頼んで申し訳ないが……後始末の方を宜しく様む」


 「はい、トルア卿。後の事は全てお任せ下さい」




 安中はヘレナの親切心から来た進言に、礼を言いながら彼女に後始末を頼んだ後……転移して姿を消した。



 一人残ったヘレナは小さな半透明の腕を伸ばすと……惨殺されたテロリストの死体が 一人残らず消え去った。


 テロリストの死体だけでなく、床に広がる血肉も全て消える。



 テロリスト達の生存を消した後……ヘレナは誰も居ない等の店内で、ある一方向をじっと見た後、ウインクをして自らも消えた。



 ヘレナがウインクした場所に……安中とヘレナの言動を陰ながら見ていた者が、実は居た。



 その者達は……安中とテロリストの戦いや、彼を案じるヘレナが進言を言う様子も全て見ていたのだった。





  ◇  ◇  ◇




 「……いやー、流石にヘレナには分るかー。トルア先生が感知出来ない深度の異次元空間からのデバ亀だったのに! やっぱ、同じ中央制御装置に繋がってる時点で隠し事は出来ないねー。

 ヘレナの奴、こっちがデバ亀してるの分ってて、トルア先生に追い込み掛けたな……。奴め、味なマネを……。ってどうしたの梨沙ちゃん、固まって?」


 「…………」



 透明な少女ヘレナがウインクした場所は誰もいない筈だったが……実際には此処でアリたんことアリエッタと坂井梨沙少尉が別空間から、レストラン店内の様子をじっと見ていたのだ。



 アリたんは絶対分らない等の別空間からの覗き見が、同じ透明な少女ヘレナにばれていた事を悔しがるが……横に居る梨沙が押し黙っている事が気に掛かり問い掛けるも、彼女は返事が無い。



 どうやら先程の状況を見てショックを受けている様だった。



 「……その様子じゃ、トルア先生は梨沙ちゃんの愛しの彼だった様だねー? だとしたら、梨沙ちゃんはどうするのかな?」


 「……何が言いたい?」



 ショックを受けている梨沙とは裏腹に、アリたんはやたら明るく軽い調子で聞いてきた。


 一方の問われた梨沙は気分を害してぶっきらぼうに逆に問う。



 「いやね、心配になっちゃってさぁ……。愛する彼は、何と悪の大幹部でした! めでたし、めでたしって訳にいかないでしょ? そこでね……どうかな? 人類を守る正義の女神様側に来たらさ……悪の大幹部を更生出来るかも!」

 

 「……なる程……それがお前の狙いか……ドルジ達とは反する"マセス側" とか言う派閥への勧誘が目的だな? 超越した力を持つ割に、随分と地味な方法だね? お前らがその気になれば……操るだの何だの出来そうなのに」


 「まぁ、その気になればあたしらは何でも出来るさ! でも、あたしらは小春組なんでね……。特に操るなんてのは、うちのディナ様が超お得意とする所だけど……。

 そう言うのは小春ちゃんや、仁那ちゃん、そして早苗っちが嫌がるのさー。早苗っちは、“小春ちゃんズ”の中でも、あたしらの存在やら目的やら知ってるしね。その上で、小春ちゃんや、仁那ちゃんを巻き込まない様に、上手く立ち回って協力してくれてるよ。

 でも、“小春ちゃんズ”で唯一大人の早苗っちを怒らせる様な事をしたら……あの子、敵には全く容赦しないからなー。とんでもない仕返しされるよ。早苗っちは“小春ちゃんズ”の中で一番上手に力、使えるし……考えただけでもゾッとするね。この点、梨沙ちゃんも経験あるでしょ?」


 「そうか……早苗さんは全て知ってるのか……。だからドルジは銭湯で、前原に“早苗さんに頼れ”って言ったんだな。でも……フフフ、お前達でも早苗さんは怖いのか……」



 問うた梨沙に対し……アリたんはおどけながら答えたが、話の途中……早苗に怒られた場合の状況を予想して震えながら、逆に梨沙に尋ねる。


 梨沙は小春と同化した早苗が、全ての事情を知っている事に、前原から聞いた話を思い出して納得した。



 同時にアーガルム族であるアリたんが早苗を怯える様子が可笑しくて、思わず笑ってしまう。



 「そりゃね、早苗っちはには冗談効かないしさ。ヤンデレだし、闇抱えてるし、変なとこ真面目だし、怒らしたら徹底的だし……この前もさー、大御門総合病院で色々有ったんだよ!

 そんな早苗っちの事が怖いし、とにかくあたし達は小春が嫌がる事は出来ないの。そう言う訳で地味な活動続けてるんだけど……どうかな、梨沙ちゃん!こっち側に来て、トルア先生改心させようよ! ディナ様と小春達とあたしと一諸にさ、女同士で楽しく小春組やろう!」


 「……ダメだね、もし今日見たトルアてって奴がアンタの言う通り、アイツだとしたら……アタシが何かした位ではブレないよ。それに……この"残業"も……奴らしい、こだわりだった。

 このトルアって男は簡単には折れない。そして、何より……アタシは、アタシ自身の手でケリを付ける。今日の事は、それが良く理解させられた」



 明るく尚も誘ってきたアリたんだったが、梨沙は強い意志を持ってきっぱりと断ったのだった。


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