284)梨沙少尉の休日④

 テロリストに寄る襲撃を受けたレストランで、突然現れたローブ姿の男……。


 その男が生み出した黒いリングによって、梨沙は捕まっていた客達と一緒に、突如先程まで居たレストランの外に転送される。



 何が起ったか理解出来ず、戸惑う梨沙の背後で突如可愛らしい声が響く。



 「……だからー! 始まったんでしょ、“残業”!」


  呟いた彼女の背後で明るい少女の声が響く。梨沙と共に外に出されたアリたんだ。



 こちらから伝えてもいないのに梨沙の目的を把握している様子のアリたんに、梨沙は彼女の正体に見当が付いた。



 「……そうか……お前も……ドルジ達の仲間だな……?」


 「あったり前じゃん! だって、アタシは小春っちの専用下僕なんだよ? アガルティアの現女王である小春の忠実な下僕のアタシが、ダメダメなアンタ達マーガルム族な訳ないじゃん!」



 問うた梨沙に対し、アリたんは隠す事も無く堂々と胸を張って答える。



 みかんを模したアバターの姿でフヨフヨと浮かぶアリたんの正体は、透明な少女アリエッタだ。


 アリエッタはアガルティア城の中心部に設置されている中央制御装置と自分の肉体を繋ぎ、アーガルム族としての能力をアガルティア全体に付加して城を守っている。


 同時にアリエッタは中央制御装置のオペレータ兼コンソールとして機能している。


 アリエッタはアガルティア国の12騎士長専属のオペレータだったが、薫子に引き抜かれる形で小春専属のオペレータに“転属”した為、こうしてアリたんの姿を取って小春の為に行動していたと言う訳だ。



 そのアリたんから伝えられた言葉に、梨沙は驚き大きな声を上げた。



 「……こ、小春ちゃんが女王!? そ、そうか……前原が銭湯でドルジから教えられた話だな……。世界の中心とか言う……」


 「正解ー! いやードルジ先生、良い仕事するな!」


 梨沙は前原から伝えられたドルジからの話を思い出してアリたんに問う。問われたアリたんは小さい体で親指をグッと立て笑顔で答えた。



 「なるほど……お前がこの騒動の立て役者か……? 志穂を脅かしたのもお前だな? 仕上げは真国同盟を使うとは……!」


 「ブー!! このアタシは真国同盟みたいなクズを使わないよ! だってアイツら小春っちのパパを殺したんだから! もっとも、小春パパが真国同盟のクズに殺されちゃった時、あたし等は小春っちがエ二だなんて知らなかったけどね。

 小春がエニの生まれ変わりって最初から分ってたら絶対何とかしたよ。でも……小春パパの死で小春がマニオス様と出会う切っ掛けになったから……結果OKだね!」



 梨沙はアリたんに対し、低い声で怒りを込めて問う。梨沙はアリたんが真国同盟を操って、レストランの事件を引き起こしたと思ったのだ。


 対するアリたんは可愛い姿で両手をクロスしてバッテンを作って梨沙の問いに答えた。



 しかし、その話した内容より可愛いアリたんの姿に反して、マールドムである人間の生死には何の感傷も持っていない様だ。



 「……その言い方……小春ちゃん以外はどうでも良い……って感じだな……」


 「ブブー! それも違うよー! 正確には小春と……小春が大事に想う対象だけだよー! だから、梨沙っちを守る為に参上したって訳!

 小春に関連しなかったら、ホントどうでも良いから見殺しだけど。小春なら全てを守るって言うだろうから、仕方無くね! 障壁を梨沙っちに展開したの、アタシなんだから感謝しなさいよ! もっとも、銃弾止めたのはトルア先生だけどさ!」



 人命を軽視したアリたんの回答に、梨沙は眼前の10cm程度のみかんを模した彼女が間違いなくアーガルム族である事を確信して呟く。


 対してアリたんは小春の関係者として梨沙を守った事を教えた。



 「……トルア…… そうか、あのローブ姿の奴が……」


 「そうだよー、色々陰ながら頑張ってるトルア先生だよー! 梨沙ちゃんとも“色々”と縁がある苦労人だよー。

 所で……梨沙ちゃん……トルア先生の“残業”を見る為に、ここに来たんでしょ?」



 おどけた言い方で梨沙の目的について、アリたんは問う。



 「……だったら……どうした……」


 「……特等席でさ、トルア先生の苦労人振りを見れるって言ったら、梨沙ちゃん、どうする?」


 そんなアリたんに梨沙は憮然と答えると……彼女は可愛らしい顏を傾げながら、低い声で提案をするのであった。



 

 ◇   ◇   ◇

 



 所変わって襲撃を受けたレストラン店内……。突然店内に現われたローブ姿のトルアこと、安中は襲撃してきたテロリスト達と対峙していた。


 なお、安中は自衛軍大佐と言う立場だが、本当の姿は人を超越した存在のアーガルム族であり、アガルティア12騎士長が一人トルアだ。



 「……お前……何者だ? このおかしな状況は、全部お前の所為だな?」



 安中に投げ飛ばされたテロリストのリーダーだったが、痛めたのか足をひきずりながらも銃を安中に向け、低い声で問う。



 テロリストの仲間が自身の頭を 撃ち抜いたり、空中で静止した銃弾で買ぬかれて死んだ状況について銃を向け恫喝する中……脅されている安中は、無視して小さく呟く。



 「……こいつらは殺す……。構わんな、ヘレナ?」



 安中は、テロリストリーダーの問いに答えず、この場に居ない透明な少女ヘレナに向け問う。


 すると、アガルテイア12騎士長専属の新任オペレーターであるヘレナが姿を見せる。



 「……殺すのは、面倒なので出来れば控えて頂きたい……と言うのが私の本心ですが、トルア卿の御怒りを考えれば、何も言えません……」



 姿を見せたへレナは安中の怒りを感じてか、年頃の少女らしく申し訳なさそうに小さくなっている。



 「君とアリエッタが裏で何かを画策している事は把握していた。その目的もな……。アリエッタと君が絡むと言う事は、エニの事しか在り得まい。

 私も人の事は言えない為、放置していたが……“彼女”を襲ったコイツらは許せない……」


 「そ、その女は何だ!? 一体どこから……」



 “ヴン!!”



 安中とヘレナのが話している中、突然現われたヘレナを見てテロリストリーダーが呼ぶがそれ以上の言葉は続かなかった。


 闇を満たした黒いリングがリーダーの男の上半身を突然覆ったからだ。



 音と共に現われた黒いリングは、リングの内側に波打つ黒い闇を満たしていた。


 そのリングは出現と同時に、音よりも早くリーダーの男を頭上からスッポリと覆ってしまったのだ。



 不思議な事だがリングより上は、何も無くまるで手品の様に上半身のみが消えていた。



 まるでテロリストの男が下半身のみになったかの様だったが……それは現実の姿になってしまう。


 “ブツン!!”



 そんな音と共にテロリストの男を覆っていた黒リングが、一瞬で内側に向けて縮まり消えきった。


 後に残されたのはリーダーの男の下半身のみだったが、その断面からは臓腑が見え血が吹き出す。



 下半身のみになった男の体は安定を崩し、ゆっくりと倒れた。



 “どさ!”



 倒れた下半身からは臓腑がこぼれ、大量の血が床に流れる。



 リーダーの男を黒いリングが覆い、そしてその上半身を切断したのも一瞬の出来事だった……。


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