281)梨沙少尉の休日①

 桜葉葵が、無謀な決意をした次の日……特殊技能分隊の分隊長である坂井梨沙少尉は、休みを取って駅前の大型レストランに来ていた。



その目的は、志穂が体験した恐怖の夜にて……電子レンジの窓ガラスに描かれた、とある人物の"残業"を見届ける為だ。




 坂井梨沙少尉に頼まれ、分隊の民間技官である垣内志穂隊員は……安中大佐について調べていた。



 志穂の類まれなハッキングスキルを頼って、安中大佐と……ドルジ達アガルティアに騎士との繋がりを探って貰っていたのだ。



 しかし、結果は散々で、志穂は自宅で暗闇の中……電気が落ちた筈のテレビや電子レンジに血文字が描かれたり、フィギアが独り手に歩いて話し掛けられたりと……恐怖の夜を過ごす事になった。



結局の所……梨沙や志穂の動向は、アガルティア12騎士を始めとするアーガルム族に筒抜けで、梨沙達は手の上で転がされていただけだったのだ。



 彼らアーガルム族からすれば遊び半分で、志穂を脅してメッセージを伝えたのだが、その効果は絶大で……志穂は恐怖の夜を体験してから、住んでいた自宅マンションを引越し、二度と関わりたりたくないと、この件から一抜けした。



 そんな訳で、梨沙は一人で活動するしか無く……志穂から伝えられた彼らアーガルム族からのメッセージを見て、このレストランに来たのだ。




そのメッセージに寄れば今日、このレストランに"あの方"が残業に来ると言う。



 "残業"が何を意味するのか梨沙には見当も付かないが……彼らアーガルム族が言う"あの方"には予想が付いていた。



 それは……梨沙達が調べようとしていた安中大佐本人だ。



 メッセージの内容だけで無く、別のタイミングで聞いた前原の話からも予測が付いた。



 梨沙の恋人である安中は、仕事人間で誠実な男だが……梨沙も見せていない裏の顔がある事は、梨沙自身も分っている。



 それに、少女の時に付き合っていた安中と……大人になって再会した安中は全く別な性格になった事も、梨沙はずっと気になっていた。



 冷酷な悪どい男から、別人の様に誠実で優しい男へと変わっていたのだ。



 善人となった安中と付き合いを深める内に“良い方向に変わった”と思い込む事で、裏の顔の事や変わってしまった経緯など……梨沙にとって都合の悪い事は考えない様にしていた。




 だが……ドルジ達アーガルム族と安中の繋がりが、無視出来ない程に明確し始め……黙っていられなくなった梨沙は、今……こうして、この場に居ると言う訳だ。



 愛する安中と決別しなくてはならない……。そんな決意を秘めて梨沙はここに来た。



 ちなみに安中本人とは……顔を見れば決意が崩れそうだったので、ここ一週間は会わず、メールだけのやり取りだ。



 そんな決死の覚悟で来た、このレストランだったが……梨沙の決意を笑うかの様に、賑やかで姦しい……いつもと変わらない日常風景を見せていた。



 梨沙は朝早くから決意を秘めて、このレストランに来たが……何の変化も無く、昼に近付くに連れて少年少女達が大勢集まり、途端に騒がしくなった。



 もうすぐ夏休みも終わる為だろうか……集まった少年少女達は、教科書やらノートを持ち込んで宿題を片付けている様だった。



 気が付けば、レストランは満席……梨沙は朝食とドリンクだけで長時間居座る、有難くない客になっていた。



 (……何も起きない、か……。奴らに、からかわれたの……? でも、何も無いなら……それはそれで……)



 梨沙は何の変化も無い状況に、若干の従常感と……少なくない安堵を感じていた。



 事実を知ってしまえば、安中との甘い関係が終わってしまう。その事が先延ばしになった事を喜んでしまっている自分が居る。




 そんな弱い自分に嫌気を感じながら、梨沙は席を立ったその時……レストランの出入口に大型の黒いワンボックスが、猛スピードで走り込んで急停車した。



 極めて危険な運転だ。急ブレーキを効かせて乱暴に停車したワンボックスにレストラン店内に居た客達は、何事かと一斉にワンボックスを見つめる。



 この中で梨沙だけが、危険な空気を感じとっていた。



 ワンボックスからフェイスマスクを破った男達が出て来た。その手には、いずれも自動小銃を持っている。



 その内の一人が小銃をレストランを向けた。



 それを見た梨沙は、その場でレストランの客達に大声で叫ぶ。



 「テロだ!! 皆、頭を下げろ!!」



 梨沙の叫びと同時に、テロリストの自動小銃が火を噴いた。


 “ダダダダダ!!”


 放たれた銃弾はレストランの 窓ガラスを細々に砕く。



 梨沙の叫びによって立っていた客の内、多くの者は座り込んだが、間に合わなかった者は銃弾の犠牲になって倒れた。


 「キャー!!」「うわあああ!!」



 撃たれて血塗れになり動かなくなった者を見て、レストランの客達は一斉に悲鳴を上げる。



 だが……テロリスト達は黙っていなかった。

 

 「うるせえ! 静かにしろ!!」


 “ダダダダ!!”



 レストラン内に侵入したテロリスト達は小銃を天井に向けて撃ち、客達を黙らせる。



 テロリストの怒号により、レストランの客達は恐怖で震えながら静かになるしか無かった。



 この時間帯のレストラン客は少年少女達が多く、後は主婦らしい女性達と食事中のサラリーマンだ。


 少女達は真っ青になって泣きながら声を押し殺している。



 レストラン内に侵入したテロリスト達は注意深く厨房や従業員室に入り、中に居たスタッフを銃を付きつけて連れ出した。



 そんな中……梨沙はソファーにうずくまる様に座り、テロリスト達に見えない様に携帯端末で自衛軍に連絡を取ろうとしたが……。



 「おい!! 何している! 早くこっちへ来い!」


 テロリストの一人に見つかり、無理やり立たされ連れて行かれる。



 梨沙だけでなく、他の客やスタッフ達も全員、レストラン中央へと集められた。



 梨沙はテロリストの一人や二人なら、軍隊式挌闘術で無力化出来る自信は有ったが、テロリスト達は9人。


 しかも全員、自動小銃を持っており、どう考えても太刀打ち出来ない。


 下手に暴れれば、人質になっている他の客達やスタッフにも被害は広がるだろう。



 そう判断した梨沙は状況打開に向け、冷静に行動する事を決めた。



 梨沙の腰には、テロリスト達が乱入した際に忍ばせたステーキナイフとフォークがあった。


 テーブルに置かれていたものを、こっそり手にしたのだ。



(……テロリスト共は9人。対してアタシの方は一人……しかも奴らには銃がある。手持ちのステーキナイフとフォークじゃな……。倒せても2~3人って所か……。何とか奴らの銃を奪えれば……)



 梨沙は状況を見ながら、自分が今出来る事を考えるのだった。



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