280)深夜に浮かぶ彼女達

 ワンルームマンションの自室で桜葉葵が、無謀な決意をした深夜……。



 そのワンルームマンションの上空で……透明な少女アリエッタと、12騎士長が一人である、ディナこと大御門薫子が宙に浮きながら、窓に見える葵の様子をじっと見つめていた。



 「……予想通り……愚行を繰り返す様ですね……。本当にこれで良かったのですが、薫子様?」


 「残念だけど……仕方無いでしょう……。葵ちゃんも本当、バカね。せっかく早苗が、チャンスを上げたって言うのに……。自分から火に飛び込むなんて……」



 葵の様子を冷たい目で見ながら、アリエッタは横に浮かぶ薫子に問うと、彼女は呆れながら答えた。



 「……薫子様も、お人が悪い……。あのマールドムをその様に、追い込んでおいて……」


 「あら、それを言うなら、アリエッタ……。葵ちゃんが尊敬する田辺さんを廃人化させたのは、他ならぬ貴女よ?」


 「……小春の障害になりそうだったので、掃除しただけですわ……。 薫子様が、今から彼女になさる様に……」


 「……それも心外な言葉よ、アリエッタ? 私は何もしないわ。……今の所はね……」



 仲良く話し合うアリエッタと薰子だったが……その内容は恐ろしいものだった。



 薫子は、桜葉葵の記憶を、敢えて早苗(体は小春)とのやり取りだけ残して、葵が薫子と接触した記憶を消した。


 しかも完全に消すのではなく……“誰かが居た”と言う認識を残す形で。



 早苗(体は小春)との記憶も完全に消しても良かったのだが、それでは葵の記憶に大きな空白が出来て、混乱を招き……結果的に小春を強く知ろうとするだけだと薫子は確認していた。



 だから、早苗の記憶を完全に消すのではなく、早苗の背後に薫子が居る事を感じさせ、葵の仇……つまり田辺を廃人化させた存在が、小春では無く別に居る事を理解させたのだ。



 それによって葵は……強い危機感と焦燥感を持ち、自分を追い込む事になってしまった。



 対するアリエッタは……以前、大御門総合病院で偽装入院していたスパイの田辺が、小春との接触を口にした際……その日の内に、田辺の脳を破壊して廃人化させた。



 その上で、スパイの元締めである内閣調査室の担当者全員を制裁し、スパイ組織全体を破壊した。



 今は、内閣調査室の担当部署要員を入れ替えて、アリエッタや薫子の都合が良い様に記憶操作して運用している。



 例えば、葵達の諜報活動を無期限停止に追い込んだのも、アリエッタの記憶操作に寄るものだ。




 「……それで……どう致しましょう……? あの田辺とか言う、老婆の様に……脳を破壊して処理致しますか?」


 「可愛い顔で、女の子がそんな恐い事、言っちゃダメよ、アリエッタ。どうせやるなら……京香さんと、纏めた方が良いわ……。若い2人なら使い道もあるでしょうし、丁度良い駒が欲しかったのも事実……。捨てるのは勿体ないから、リサイクルするわ。

 しばらく煽って様子を見ましょう。もちろん小春ちゃん達に被害が出ない範囲でね」



 更に恐い事を、言い出したアリエッタに対し……薫子はそれに輪を掛ける。



 アリエッタの言う通り、葵を廃人化させる事は簡単だったが、薫子達小春側陣営は……元より人手不足だったので、薫子としては使える駒が欲しかった。


 何より、小春側の安全対策も既に構築済みであり、小春に危害が加わる心配が無い事も葵達の活動を自由にさせている理由の一つだった。



 小春への実害が無いレベルまでは葵の接触は放置するが……小春達への被害が及びそうなら、薫子は物理的にでも何が何でも阻止する考えだった。



 実際には、小春達には物理的被害が及ばないような強力な防衛システムを、既に構築していた。



 その1つがアリエッタによる小春の常時保護と、ローラ達カリュクスの騎士の配置だ。それ以外にも多重の安全策を小春の周りに実施済だった。



 もっとも……小春本人は自分自身が手厚く守られている自覚は全く無かったが……。



 そんな訳で、小春自身に実害が及ぶ事は、在り得なかったが……薫子としてはマールドムの使える駒が欲しかったので、スパイである葵と京香を敢えて殺さず、自分の駒として再利用する考えだった。



 ちなみに、薫子は何時までも葵の好きにさせて置く気は無かった。小春への更なる接触を葵は決心したが、それは自滅へのカウントダウンの始まりだったのだ。




 「……スパイの2人はそれで良いとして……、志穂ちゃんのアレ……アリエッタ、少しやり過ぎじゃないかしら?」


 「それは……昨日の夜の事ですね? 垣内志穂技官は、刺激が欲しかった様ですから、 丁度良い薬になった様です……。それに……坂井梨沙少尉を上手く誘導出来ました」



 薫子の問いに、アリエッタは淡々と答える。志穂の自宅マンションで、テレビや電子レンジに血文字を書いて見せたり、フィギアを操作したのはアリエッタの様だ。



 「その様ね……。ドルジにも協力して貰った介があったわ……。口下手な彼の割に随分 熱心に勧誘してたみたいだけど……」


 「ドルジ卿ご本人は、貴女様に及ばないと、残念そうでしたが……ドルジ卿で自身も、あの前原浩太と言う男を気に入っておられる様子でした。いずれにしてもドルジ卿には助けて頂きましたわ」



 薫子とアリエッタの2人はドルジの協力を得て、前原を介し……梨沙を上手く誘導出来た事を喜び合う。



 「……マニオス様の御復活は目前……。私としては喜ばしい事だけど、マセス様である小春ちゃんの気持ちを優先しなくちゃね……。その度に駒は必要よ。先ずは目の前のお仕事を片付けましょう?」


 「明日の坂井梨沙と、トルア喞の残業の事ですね。お任せ下さい」



 薫子は苦笑を浮かべながら、アリエッタに向けて話すと……彼女は次に打つべき手が全て理解している様で、淀む事なく答える。



 「……貴女の事はその後ね、葵ちゃん……。哀れで無力なマールドムらしく……精々、無駄に足掻くと良いわ……。それじゃ行くわよ、アリエッタ」


 「はい薫子様……」



 薫子は、ワンルームマンションの窓に見える葵を……冷たく見下して呟いた後、アリエッタと共に、この場から転移して姿を消した。



 葵の無謀な決意は……最初から、彼女の仇である薫子とアリエッタの手の上で転がされていたのだった。



 若い葵にはこの無謀な決意が、自分と先輩の村井京香を破滅に導くとは気が付かなかった……。



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