279)決意する彼女達②

 大御門総合病院で、スパイの葵は早苗(体は小春)に追い詰められた挙句、意識を失った。



 そして、目が覚めると何故か、自分の部屋で……一日経過していた事を知り驚愕する。



 あの病院での出来事が、夢だったのか現実の出来事か……曖昧になった葵は、小春とのやり取りを思い返すのだった。




 「あの時……石川小春は……唐突に、口調が変わって……自分の事をマルフタ(仁那)と言い出した……。そして、知らない筈の私達の事情を、明確に言い当てた……。私自身の本業や、病院で入院している先生の事まで……。そんな彼女に、危険を感じた私は麻酔薬で眠らせようとして……突然、体の自由が……」



 葵は口に出して情報を整理ながら、自分の体が動けなくなった事を思い返す。



 「……あれは、絶対……石川小春がやっていた……。彼女にもマルフタ(仁那)やマルヒト(玲人)の様な能力が……?

 いいや、違うな……あの時、石川小春は一人にも関わらず……誰かと話し合っていた……。そう……本人の筈なのに……“小春ちゃん”と答えていた……。

 それと、こうも言っていた。“仁那ちゃんもそう言っている”と……。マルフタである大御門仁那が、そこに居る様な、口振りだった。そして、その後……誰か来た様な……うぐ!?」



 葵は思い返す中……あの時、小春(意識を交替した早苗)と自分が話している所に、誰かが来た事を思い出し掛けたが、途端に……強い頭痛に襲われる。


 

 (……うう……! だ、誰か……私と……石川小春の……前に来た筈……! で、でも……モヤが掛かった様に……思い出せない……! 確かに、石川小春はそいつと話し合っていた……! だけど……そいつの顔も、声も……思い出せない……!? そして……そいつの事を……私は……良く知ってる気が……! あぐ……!)



 葵は誰が来たかを記憶を辿ろうとするが、どうしても出来ず……思い出そうとすればする程、頭痛が酷くなる。



 葵はその人物を良く知っている様な気がしたが……顔も、声も、話していた内容も、すっぽりと頭から消えていた。



 小春(意識を交替した早苗) が、その人物と話した事は覚えているが、何を話していたかが、切り取られた様に記憶に無かったのだ。



 (痛っ! うぐ……ダメね……思い出せない……。覚えてるのは……石川小春との会話だけ……。だけど間違いなく、あの場に誰か来た。石川小春とそいつは……話し合った筈……。あぅ! ま、また頭が……!)



 葵は、小春(意識は早苗)と話していた事を思い出しながら、後から来た人物について必死に記憶を探ったが、激しい頭痛に阻まれる。



 「あぐ……! はあ……はぁ……無理か……。思い出せないけど……これだけは分った……。石川小春はただ者じゃない。そして彼女の背後に居る奴も……。そう言えば、あの時……石川小春は……そいつに何か……」



 葵は痛みに耐えながら、確信した事を呟く。そして小春(意識は早苗)が、その人物に頼みごとをした事を思い出した。



 「そ、そうだ……! 財布……!」



そう叫んだ葵は立ち上がって、置かれていたカバンの中から財布を取りだし、入っていた金額を調べる。


 

 「…… l万と……9千……360円……、19360円……やっぱり、そうだ。あの時……石川小春は、後から来た誰かに支払いを頼んだ。私の持ち合わせが無い事を知ったからだ。そう……石川小春は……私の財布に入っていた金額を見もせず、言い当てた。”19360円しか無いから、払ってあげて”と……。

 そんな事……普通の人間に出来る訳がない。やはり……石川小春は能力者……! だとすれば、私の体を操る事も出来る筈……! そして、後から来た奴も……石川小春の仲間……」



 葵は、消された記憶を何とか思い出しながら、状況を整理する。



 「……そう言えば……あの時……何か恐ろしいモノを見た様な……。あぁ!? う、うぅ!!」



 記憶を蘇らせようとしていた葵は、決定的な事を思い出してしまう。その時の恐怖が思い出された彼女は、強い吐き気に襲われ、洗面台に駆け込んだ。



 「……はぁ……はぁ……うぐ……思い出した……。私は……気を失う前、あいつの……石川小春の目を見てしまったんだ……。あの、黄金色の目を……。そして、石川小春は私に言った。……次は無いと……」



 洗面台で吐いた葵は口をぬぐいながら……意識を無くす前、小春(意識を交替した早苗)の目を見た事を思い出した。黄金色に光る人外の瞳を……。



 その黄金色の瞳こそ、超越した力を持つアーガルム族である証だったが、葵は知る由も無い。


 

 圧倒的な力を感じさせる、その黄金色の瞳に見下された葵は……小春(意識は早苗)が、人外の存在である事を明確に理解して、恐怖した事を思い出してしまったのだ。



 (……石川小春は、あの時……言っていた……私の家族……“仁那ちゃんと小春ちゃんに手を出したら……”と。私が会っていたのは石川小春で在って……そうで無かったと言う事か? 

 まさか……あの少女の中に……マルフタである大御門仁那も居る? そう考えれば…… マルヒトの大御門玲人が、石川小春の傍に居るのも理解出来る……。

 マルフタと石川小春本人以外に……誰か別な奴が居る……。あの口振りからも間違いない……。

 そして……その他に仲間が……。何となくだが……私の記憶を消したのはそいつだろう。そして……先生をやったのも……きっとそいつに違いないわ。

 ……何て事……。先生が言った通り……ここには、能力者が複数居たのね……)


 

 葵は、断片的な記憶を整理しながら、推察を重ね……真実へと迫る。



 「……先生の仇を誘い出すには……もう一度、石川小春に接触する必要がある……。だけど……」


 

 推測から真実を確信した葵は……一人呟いた後、身震いして言葉に詰る。


 

 あの早苗(体は小春)の恐ろしい黄金色の瞳を思い出して恐怖した為だ。



 「これ以上は……“ごっこ”で済まないわね……。でも……! 先生の為に立ち止まる訳にはいかない……!」



 葵は、早苗(体は小春)に黄金色の目で射抜かれながら、恫喝された時の事を思い出して、恐怖しながらも……決意を決めて一人で宣言するのだった。



 人外の存在となった小春への危険な接触を……。


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