278)決意する彼女達①

 恐怖の夜にメッセージを受け取った志穂は、調査を依頼した梨沙に……記された場所に向かうのか尋ねた。



 対する梨沙は躊躇無く答えるが……恐怖の夜を過した志穂は心が折れた様で、震えながら梨沙を制止する。




 「……姉御……アイツらに関わる事は、絶対止めた方が良いよ……。私……今回の件で良く分った……。私と姉御は、最初からアイツらの手の上で転がされてる。

 多分、あの倉庫部屋から見られてたんだ……。今だって……この部屋も見られてるかも……。そう考えたら、もう怖くて……」


 「……済まなかったな……志穂……。ここからはアタシ一人でやるよ。ところで……これだけは教えてくれ……。拓馬は……やっぱり“黒”か……?」


 「姉御……これは、私の勘だけど……大佐は、スパイなんて脇役じゃない。“黒”どころか……“真っ黒”だよ……」




 問うた梨沙に志穂は、迷う事なく直感を伝える。



 昨夜にテレビや電子レンジに記された文字……。あのメッセージは、どう解釈しても、明確に安中の事を示していた。


 そして、その内容は……安中の事を“あの方”と伝えていた。



 記されたメッセージが、アーガルム族によるものとすれば、“あの方”と呼ばれる安中は……アーガルム族の中でも、相当高位な存在と予想される。


 そう考えた志穂は安中の事を“真っ黒”と梨沙に伝えたのだ。



  彼女の答えに対して梨沙は……。



 「……やっぱり……そうだよな……うん……。今日、聞いた前原の話とも繋がるし。覚悟……決めれそうだ」


 「……姉御……」



 梨沙は寂しそうな笑顔で志穂に答える。何かしらの強い決意を持って語る梨沙に、志穂は小さく呟くしか無かった。



 「こっから先はアタシがやるよ。今までサンキュな! 奢るからさ、何か元気が出るモン食べに行こうぜ!」


 「……いや……それより……私、ここから引越すわ……。こんな恐怖の館に住んでたらメンタルやられるし。だから……しばらく実家に住む事にするから、姉御引越し手伝ってよ。後、運送もね……。部下を巻き込んだんだから、当然よね!」


 「……マジか……」



 明るい声を出した梨沙に対し、志穂は容赦ない要求を行い……対する梨沙はがっくりをうなだれるのだった。




  ◇  ◇  ◇




 梨沙と志穂が会っていた、その日の夜の事……。



 「……はっ!?」



 質素なワンルームマンションの一室で……スパイである桜葉葵は目を覚まし、飛び起きる。



 「……こ、ここは……私の……部屋……。何か……恐ろしい……夢を見ていた様な……」



 飛び起きた葵は、周囲を見渡し呟く。



 葵は、いつも自分が着ているパジャマ姿で、見慣れた自室のベッドの上にいる。今の時間は、夜の様で暗い。周囲から生活音が聞こえない事より、深夜だろう。



 (……私、何で寝てたんだろう……? 確か……病院に……)



 葵はベッドの上に座りながら、状況を整理する。そして自分が病院に居た事を振り返り……。



 「そ、そうだ!! 石川、小春!!」


 葵は病院での出来事を思い出して、叫ぶ。



 (そう……私はマルヒトである大御門玲人とも親がある石川小春と接触する為に病院に居た。そこで、あの石川小春に……!)



 スパイの葵は、新たな諜報対象となった小春に、接触すべく大御門総合病院に居た。


 小春は……マルヒト(01)と呼ばれる玲人が特別扱いする、稀有な存在としてマークされている。



 葵が最初に小春と接触したのは、模擬戦の直後だった。その時は駐屯地の官内ビルで声を掛けた訳だが……接触時には小春に発信機と、携帯端末にウイルスを仕込んだ。



 もっとも……葵が駐屯地で出会ったのは……小春本人で無く、眠っていた小春の代わりに意識を交替していた早苗だった。



 早苗は、スパイである葵の正体を一瞬で看破し、葵の体にニョロメちゃんを侵入させ……その上で、自分に仕掛けられた発信機等を破壊していたのだ。


 何も知らない葵は……仕掛けた筈の発信機とウイルスは、上手く機能せず……、何の情報も得られなかった為、再度小春と接触を試みたと言う訳だった。




 そして小春と上手く接触出来た後、病院のレストランで……彼女から追い詰められた事を思い出したのだ。



 だが、葵は知らなかった……。小春と思って接触したのは、またも早苗だった。



 葵の正体を知っている早苗は、病院で彼女に声を掛けられた時……小春と意識を替わって貰い、スパイの葵を追い込んだ、と言う訳だ。



 追い詰められ、酷い目に遭った事を思い出した葵は……手元にあった携帯端末を何気に見て思わず叫んだ。



 「ええ!? 1日過ぎてる!?」


  携帯端末を握り締めて叫んだ葵はすぐに、テレビを付けて深夜ニュースを見る。



 「……やっぱり……1日……過ぎてる……丸々1日寝てた? それとも、全部、夢だった……?」



 葵は予想外の出来事に一人呟く。病院で小春と出会った後の意識が無く、気が付いたら自室で寝ていた。それも1日過ぎている……。


 そんな不自然な状況があり得る筈も無く、自分の記憶を疑う。


 どこまでが夢で、どこまでが現実なのか……急に曖昧になった葵は、携帯端末をもう一度見ると、同じスパイである先輩の村井京香から、葵を心配するメールが何通も届いている。



 連絡が付かなかった為だろう。葵は村井にメールを打ちながら、病院での出来事を思い返す。



 (……石川小春と言う少女は……普通の中学生だった筈……。でも……レストランで見た……あの子の姿は、“どれも”普通じゃ無かった)



 葵は、病院で見た小春の様子を思い出しながら思索する。



 まだ忘れられないのが……病院のレストランで、メニューを全て喰い尽くすかの様に、料理を貪り食べた小春の姿だ。



 実は、あの時レストランで喰い散らかしていたのは……小春の体を借りていた仁那だったが、外見上全く変化無い為……葵は知る由も無い。


 仁那(体は小春)は、あの小さな体に……良くぞ、あれだけ入ったな……と言う位、大量の料理を飲み込むかの様に食べ尽くした。その様を見て、葵は驚愕したのだ。



 (そして……散々食べ尽くした後、あの変わり様も異常だ……。そう、マルフタの事を聞いた時、途端に……別人の様に冷たく、恐ろしくなった……)



 先日の事を整理する内に……葵はあのレストランでの異常な状況に、恐怖する。



 葵がマルフタと呼ばれた仁郡の事に尋ねた途端……小春? の態度が一変した。


 葵は気が付かなかったが……態度を豹変させたのは、意識を交替していた早苗だった。



 早苗が何より許せないのは……仁那や玲人、そして小春を含む自分の家族に危害が加わる事だ。



 だから、スパイの葵が……諜報を目的として仁那の事を詮索した事が、許せなかったのだ。



 そうとは知らない葵は、静かに怒りだした早苗(体は小春)の豹変した様子に驚き、慄いた。



 あの時の小春? の様子は……とても中学生の子供とは思えず、沈着冷静で度胸のある大人の態度だ。


 他人に成りきる事が日常化している、スパイの葵が見ても……演じている様にも到底思えなかった。



 (……やはり……別人と考えるべきね……。 多重人格者……? いや……それとも別の……)


 葵は小春(実際は意識を交替した早苗)の態度が豹変した時について状況を整理するのだった。



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