277)夜が明けて

 「……そうか……済まないな、わざわざ……報せてくれて……。 うん、うん……まさか……敵である、ドルジ本人が……前原、お前に接触してくるとは……。余程、お前の事が気になった様ね……。

 それにしても……トルアか……。ああ、うん……アタシは大丈夫だ……。お前に心配される程、ガキじゃないよ! アタシの事より、お前は沙希の方を心配してやんな!

 部隊は違っても、同じ中部第3駐屯地で働く仲間だ。何か有れば、アタシや伊藤に頼ってくれよ! それじゃな!」



 長く電話していたのは、特殊技能分隊長の坂井梨沙少尉だ。彼女の電話の相手は、分隊に所属していた前原だった。


 前原は、先日……梅の湯と言う銭湯で、アガルティア12騎士が一人、ドルジと遭遇として聞かされた内容を、梨沙に伝えたと言う訳だった。



 対する梨沙は外出許可を取って、志穂の自宅マンションへ向かっていた。



 その移動中に、前原から電話連絡を受けたのだった。梨沙を呼び出した志穂は……何でも酷い体調不良と言う事で動けない、との事だ。


 

 だが……志穂は緊急に伝えたい、と言う事だった。



 仕方無く梨沙は、部下の体調確認と言う建前で、朝に車で彼女の自宅に向かっていたのだ。


 民間の予備隊員である志穂は、住居手当てを受けて駐屯地近くのマンションに住んでいた。



 駐屯地内の官舎に住む事を勧められたが……アフターファイブ(ゲームとかアニメとか、クラッキングとか)が忙しい志穂は、外部からの余計な邪魔を気にして断固拒否したのだった。



 志穂が住むマンションに着いた梨沙は、オートロックの正門前で彼女に連絡する。



 「おーい、志穂……元気かー! 今、着いたが、ロック開けてくれー」


 『……姉御……車で来てる……?』


 「うん? あ、ああ。車で来たけど……。そんな事より、大丈夫か志穂?」



 梨沙は電話で呼び出した志穂は、体調不良と言う割に元気そうで、“車で来たか?”等と意味不明な事を聞いてきた。


 

 問われた梨沙は戸惑いながら答えて、彼女の体調を問い返す。



 『……元気になる為……姉御の車が必要なんだ……』


 「意味分らんけど……とにかく開けてくれ」


 『うん……中で話すよ……』



 いまいち要領を得ない志穂の言葉に、首を傾げながら梨沙がオートロックの開錠を促すのだった。


 

 “ピンポーン!”



 梨沙が、志穂が住む自室のインターフォンを押すと……。


 

 “ガチャ”



ドアが開いて志穂がのっそりと顔を出す。その姿を見た梨沙は……。



 「うわ!? お、お前……何だよ、その顔と恰好! どうしたんだ?」



 ドアを開けて出て来た志穂の姿は、酷いものだった。


 目の下に隈が出きて、髪はボサボサだ。そして……寝巻だろうか、アニメキャラが画かれたTシャツに、脱げ掛けたジャージを着ている。


 女性らしさなど欠片も無い上に、まるで何日も寝ていない様な風貌だった。



 驚く梨沙に構わず、志穂はドアの外をキョロキョロと見回した後、梨沙の手を強引に梱んで自室に引き入れる。



 「お、おい! 危ないぞ!」


 「……危ないのは、コッチだよ……全くエライ目に遭った……」


 「もしかして……あの件で何か……うん?」



 無理やり引張られた梨沙は、志穂に文句を言うが……対する彼女は低い声で言い返す。


 梨沙は依頼していた安中大佐調査の件で何かトラブル発生したか……と思って問い返そうとした所で、志穂の部屋に違和感を感じて戸惑う。


 梨沙は志穂の部屋を訪れるのは、初めてでは無く……何度か彼女を車で送り迎えしていた。


 その際、何度か志穂の自室に呼ばれたので、部屋の様相が違う事にすぐに気が付いた。



 「……あれ……? お前、模様替えでもしたのか? アレだけあったフィギュアとか……アニメのポスターとか……。それに……電子レンジ故障でもしたの?」


 「……姉御……悪いけど……私は大佐の調査……降ろさせて貰うよ……。私はこれ以上……関りたくない……」


 

  問うた梨沙に、志穂は体を震わせながら 依頼された件から手を引くと言う。


 そう言った彼女は自室である筈なのに、周囲を気にしてキョロキョロと落ち着かない様子だ。


 唯ごとでは無いと感じた梨沙は、真顔で志穂に問う。



 「……何が有った? 教えてくれ……」


 「……全部……話すよ。……信じられないだろうけど……」



 問うた梨沙に……志穂は恐怖で震えながら、話し始めたのだった。




  ◇   ◇   ◇




 「……てな事が有ったんだ……。今でも……信じられないけど……。だから、怖くてさ……。フィギュアとが電子レンジとか封印してた、て訳……。 何か、思い出しちゃって……」


 「……その……大変……だったな……。それで……怒るなよ? その……お酒の飲み過ぎとか……違うよな?」


 

 恐怖に満ちた、昨夜の出来事を全て話した志穂だったが……余りの異常さに、梨沙は思わず疑って問い返す。


 

 「……はぁ……そりゃそうだよな……頑張って、写真撮った介があったよ……」



 疑いの目を向けた梨沙に対して……志穂は当然の対応に溜息を付きながら……昨日の夜、恐怖の中で撮った写真を見せる。



 そこには……電子レンジの覗き窓が不自然に光り、その窓に赤い文字が画かれている画像が映っていた。


 

 「……これは……さっき、お前が言っていた話か……? 駅前の大型レストランに……日時は、明後日……もうすぐだな……。とても、信じられない話だが……こんな証拠を見せられたら、信じるしか無さそうだな……」


 「私だって……信じたくは無いよ……。でも、まさか……ココナちゃんのフィギュアが動き出すなんて……。夢って思いたいけど……気を失った後、すぐに気が付いた時に見たら……床にココナちゃんの首が転がったままだし……。電子レンジの画像は、しっかり写ってたし……。もう、そっから怖くて全然眠れなくってさ……」


 「……そうか……怖い思いをさせちゃったな……悪かったよ……」



 昨夜の恐怖が残る為か、震えながら話す志穂に……梨沙は謝罪する。



 「……志穂……お前が経験した……昨日の夜の出来事……。奴らの仕業だとアタシは思うが、お前はどう思う?」


 「そうだろうね……。書かれてた内容も、アイツらに関係ある事だったし……。何よりアイツらなら、何だって出来そうだもん……。それで……姉御、どうするのさ? まさか……その場所に行くつもり?」


 「ああ……お前が見せてくれた写真の通り……奴らはアタシを名指している。行くしか無いだろ」


 問うた志穂に、梨沙は迷い無く答えるのだった。


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