273)巌の問い

 梅松の湯で、ドルジに招き寄せられた前原。その湯船で……まるで小学生の様な事で、

笑い合う前原とドルジ。



 しばらく笑い合った二人だったが……。ドルジが静かに話し出す。



 「……最初の問いに答えよう……。 前の“俺だった”男は……無類の風呂好きだった様だ……。この梅松は、前の俺からの情報で知った。そんな訳で“今の俺”も……連られていると言う訳だ」


「……前の"俺"? ど、どう言う事だ? 今のアンタは、昔の自分と別人だったって訳か?」



ドルジが何気無く答えた言葉の意味が分らない前原は、彼に問い返す。



「……前の"俺だった"男 は爆発事故で死んだ……。今の俺は……死んだ、その男の体を使って再転生した。……別に大した話では無い……」

 

 「さ、再転生……!? そんな、バカな……! マンガやアニメの話じゃないか!」


「……信じたく無ければ、別に構わん」

 

 「……いや……そう言えば……お前達は、モロに“そっち系”の連中だったな。魔法やら騎士やら、普通に出てくるし……。だったら、転生なんてのも、在りえるか……。

 だが……そこは、今は取りあえず置いておく。そっちより、もっと知るべき事があるからな。

 アンタに聞きたい。覚醒の儀てのは何だ!? 何で、玲人君を襲う? 真国同盟とお前らは、どう言う関係だ!?」



 どうでもいい様子で話すドルジに対し、前原は……転生云々の事は置いて、今……自分が知りたい事について、彼に問い詰める。



 「……今の巣を離れんとする……今のお前が、それを知ってどうする?」


 「……お、俺が分隊から異動する事も、知ってるのか? 全く……とんでもねぇぜ……。いや……自衛軍の中に、お前らのスパイが居るって事だろう?」


 「……スパイ……間者の事か……。だが、そんな事をせずとも……お前達マールドムの事など……幾らで知る事は出来る。……それで余所者にならんとする、お前は……一体何がしたい?」



  自分が特殊技能分隊から異動する事まで知っているドルジに……前原は呆れながらも、自衛軍内部のスパイに付いて詰問する。



しかしドルジは、そんな前原に彼自身の気持ちについて再三問う。




 「……今の分隊には居られない……お前達に躍らされる事に……戦ってる訳じゃない。俺はこの国の平和の為に軍に入ったんだ。それは、俺だけじゃなく……死んじまった連中も、沙希の兄貴だって同じ気持ちだ。

 だからこそ……俺達は分隊から離れたんだ。だが、それはお前達の事を……放っておく理由にならない……!」


「……俺達……アーガルムは……他者の心を読み取る事が出来る……お前は言葉で色々、言ってはいるが……本音は……今の巣が気に入っている様だな。そんなお前が袂を分かつのは……成程……女の為か……」


 「!? う、うるせえ! アンタには関係ない!」



 ドルジに本心を言い当てられ、前原は動揺しながら叫ぶ。対してドルジは……。



 「ククク……流石に、トルアの奴が集めた奴だ……。女に振り回わされる所も……良く似ている……」


 「……ア、アンタ……何言ってるんだ? トルアって……まさか……」


 「それ以上の詮索は不要……。代わりに、お前の問いについて……話せる範囲で話してやろう……。もはや……何をしても覆らん故にな」



 動揺した前原が面白かった様で、ドルジが愉快そうに呟くと……前原は彼が言ったトルアと言う人物 にある予想を立てたが、ドルジはそれを遮り、前原の問いに答えると言う。



 「……なら……さっきの問いについて答えてもらおう……」


 「……いいだろう……。我らの目的は唯一つ……雛の少年の中にて……眠っておられる、お館樣の覚醒だ……。

 その為に雛の少年に戦いの場を与える事……。強い敵と戦うほど……彼の少年は、前世の記憶を取り戻し、真なる覚醒へと至る。

 ……お前達が真国同盟と呼ぶゴミ共も、雛の少年の糧として使う。……もっとも……雛の少年が、除々にお目覚めに至る事で、もはや……ゴミ共では、物足りん。そう……彼の少年が、強過ぎてな」



 前原の問いに、ドルジは隠す事なく事実を淡々と伝える。対して前原は……。



 「!? お、お前達の……親分が玲人君の中に居るって事か……!? そ、そうか……だから、お前達は玲人君と……。まさか……それじゃ、真国同盟もお前達が作ったのか!?」


 「ふん……ゴミ共の事は我らは直接関与していない……。利用する為、少しばかりエサを与えてやっただけだ……。あんなクズ共、さっさと死に絶えればいい……。ゴミ共等、使いたくも無いが、我らも余裕が無かった……。

 しかし……それを小春殿が変えてくれた……。故に、ようやく我らは……お舘様の覚醒に本腰を入れられる……。故にゴミ共の事は、事が終われば……この俺が直々に殺してくれる……」



 怒った前原の言葉に、ドルジは下らなさそうに淡々と答える。



 「……小春殿……って、玲人君の彼女の……石川小春君の事か!? そう言えば……あの子の中にも仁那ちゃんと早苗さんが同居している……。自己紹介の時……彼女達は言っていた……小春君に、助けられたと……。それがアンタの言う……変えたって事か……」



 前原はドルジの話しを聞いて、小春の事を思い出した。



 そう言えば、小春と初めて会った自己紹介の際、彼女の中に居る仁那や早苗が、小春に助けられた" と言っていた。


それがドルジの言う"変えた"と言う事なのだろうと前原は理解する。ドルジはそんな彼に……問うてきた。



 「うむ……エニ、いや小春殿がマセス様を救ってくれた……それこそ、命を掛けてな……。 小春殿がマセス様を救ってくれた事で……我等は、やっと……お館様の為だけに、動ける様になったのだ。

 ……我等の現状は話した。その上で、今度は……俺がお前に問おう……。いいのか、"それ"で……?」


 「……は? "それ"って……俺が、分隊を離れる事を言ってるのか?」


 「ふん……お前は分っていない様だが……ここが世界の中心……お前達の言葉で言えば……最前線だぞ……?

 お館様と小春殿の元を離れ……ゴミ共の相手をして……それで、何とする? お前が、このマールドムの国を想うなら……ここ……いや、小春殿の元から去るべきではない……」



 戸惑う前原に、ドルジは隠す事なく真実を伝えながら、彼を諭すのだった。



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