271)梅松の湯

 「あいつ……! どんな理由で、この街に……! まさか……ここで"覚醒の儀"とやらを行うつもりか……!?」



 前原は走りながら……ドルジがこの街に現われた理由を予想して、青くなる。



(こうしてはいられない……! この事を誰かに伝えないと……! 安中……大佐は拙い……。奴らと通じている可能性がある……! ここは坂井分隊長か、伊藤さんだな……!)




 前原はドルジを追いながら、ドルジ出現について連絡する事を決めた。



 本来、こんな状況であれば……前原は安中大佐に直接連絡を取る所だが、今の安中は色々怪し過ぎる。


 そう考えた前原は分隊長の坂井梨沙少尉が伊藤に連絡を取ろうと携帯端末を手にした。




 しかし……。




「!? 圏外……!? まさか、街中だぞ!?」



 先ずは梨沙に連絡しようとしたが……何故か圏外を示すメッセージが、携帯端末から流れ驚き叫ぶ。


 「ちい……! 仕方ねぇ!」



 前原は連絡する事を諦め、今はドルジを追う事を優先した。




  ◇   ◇   ◇




 ドルジを追い続けた前原だったが、彼の足取りは速く……前原は幾度もドルジを見失いたいそうになる。



 だが、ようやく……ドルジは進むのを止め……とある建物に入って行った。



 「……な、何で……こんな……所に……」



 前原はドルジが入った……その場所に戸惑い、小さく呟いた。



 ドルジがいた場所は……古い小さな銭湯だった。


 レトロな造りの、その銭湯は瓦屋根で木造建てで、屋根の奥に錆びた煙突が立っている。



 賑やかな駅前から、ズンズンと移動して来たドルジだったが、30分程進む内に、人気の無い寂れた商店街に入った後……この銭湯に迷う事なく、慣れた風にのれんをくぐった。




 その銭湯の、のれんには……“梅松の湯”と大きく書かれていた。




 「……まさか……この銭湯で……覚醒の儀"って奴を……。いや、流石にそんな訳は無いな……。端末の方は圏外のまま……取り敢えず、入るか……」



 前原は、手に持った携帯端末を見た後……いかにも古い銭湯に覚悟を決めて入る事にした。




 「……らっしゃい……」



 "梅松の湯"と書かれたのれんをくぐると……これまた古臭い番台から、目付きの悪い老婆が低い声で前原に声を掛けた。



 「…………」



 前原はキョロキョロ と見回し、ドルジを探したが脱衣所には誰も居ない。



 古い造りの銭湯は狭い脱衣所の中に、木製の番台と籐製の脱衣カゴが並べられている以外は、何も無かった。


 敢えて言えばガラス製の冷蔵庫に、定番のコーヒー牛乳が入れられているのと、壊れそうな扇風機がポツンと置かれている。



 「……何だい……ノゾキなら色町でも行きな。ここは真っ当な風呂屋だよ……!」


 「い、いいや……違うんだ……。 ここに……傷だらけの大男が来なかったか?」



 キョロキョロと周囲を見回す前原に、番台の老婆は汚い虫見るかの様な目で彼を睨み、低い声で一喝した。



  対して前原は慌てながら、ここに入った筈のドルジに付いて尋ねると……。



 「おや! 何だい、アンタ……! ドルちゃんの友達かい! それなら、そうと言っておくれよ!」



 前原からドルジに付いて聞かれた老婆は……途端に態度を変え、別人の様に愛想良くなった。



 そんな番台の老婆に、前原は……。



 「……ド、ドルちゃん……?」


 「ああ、そうだよ! ドルちゃんだよ! 何でも外国から来たらしいね、あの子は! えーと、何だけ……ア、アマルテラ? ハマテラ? そうそうハナテラとか言う国から来たんだろ? 外国の子だけど……大人しくて、いい男だよ、あの子は! アタシが若けりや、放っとかないね!」



 到底似合わない愛称が飛び出した事で、前原は転げそうになりながら……老婆に問うと、彼女は余程嬉しいのか、興奮してドルジの事を話す。



 “外国から来た”と言ってる事より、ドルジ本人である事は間違い無い様だ。



 それが分った前原は、気持ちを引き締めて番台の老婆に尋ねる。



 「……その……ドルちゃん? は……良く、この銭湯に来るのかい……?」


 「ああ、時間はバラバラだけど……しょっちゅう来てくれるよ! こんなボロ銭湯の何処が良いのか、分んないけどさ!」


 「……へぇ……」



 喜々として答える老婆に、前原は適当に相槌を打ちながら、極めて重要な情報を得た事に、内心ガッツポーズを取る。



  何せ、謎の存在であるアガルティア12騎士が一人であるドルジに、この銭湯で足取りが掴めるのだから。




  そんな事を考えていると……。




 「……でも……そういや、ドルちゃんが来てる時は、何でか……他の客、来れなくなるんだったね。今日みたいにさ」


 「は? でも、俺は普通に入れたぞ?」


 「そうなんだよ! アンタがドルちゃんの次に、ここに来たからさ……ちょっと構えちまってさ! 変な話だけど、珍しいなって思ってね」


 「……どう言う事だい……?」



 番台の老婆の言葉が意味不明で、前原は問い返す。


 

 「いやね……今までドルちゃんが、この銭湯に来る時……他の客は、本当に不思議なんだけどさ……。ここに何でか辿り着けないとか、急な用事が出来たとか……色んな事が重なって、訳分かんない事情でね、来れ無くなっちまって……。いっつもドルちゃんの貸切りみたいになっちまうのさ! まあ、こんなボロ銭湯……元々馴染み客しか来ないから、 あんまり変わんないけど! アハハハ!」


 「……なる程……」



 老婆の言葉に前原は、冷静さを取り戻すと共に……改めてドルジ達アガルティアの騎士達が、如何に規格外の存在かを思い知らされた。



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