270)在り得ない出会い

 大御門総合病院で、特殊技能分隊の伊藤と別れた……前原と沙希は、駅前のショピングモールにあるカフェで、病院での出来事について話し合っていた。



 「……そう……伊藤さんに心配掛けたわね……」


 「ああ、伊藤さんは俺達の考えを理解してくれた……。だが、あの人はあの分隊に残りたいと言ったんだ。ドルジみたいな化物共と戦い合いたらしい……」


 「フフフ、伊藤さんらしいわ……」

 「ああ……全くだ……」



 前原は、病院で伊藤と話し合った事を沙希に伝える。 彼女は前原に促されて、先に病院を出た為、伊藤とはまともに話していなかったからだ。



 「……それで……坂井分隊長も、志穂さんも……今の分隊が、おかしな状況である事に、気が付いてるのね……」


 「そう……みたいだな……。だからこそ、伊藤さんも分隊から離れる訳にはいかないと考えてるみたいだ……」



 沙希は、今の特殊技能分隊に疑問を持っているのが、分隊長の梨沙や予備隊員の志穂まで広がっている事に戸惑いを隠せない様だ。


 対して前原は、伊藤の本意を彼女に伝えた。



 玲人を始めとする、特殊な技能を持つ者達を集めて組織された、特殊技能分隊……。


 この分隊の設立目的は、テロの激戦区である……この地において各自の技能を生かしてテロ組織の殲滅を図る、という事だった。



 しかし……実態は、玲人に対する“覚醒の儀”を促す為に躍らされているのが、この分隊の姿だ。


 そして、分隊を影から操っているのは、アーガルムと言う、人を超越した存在……。


 彼らによって分隊は、玲人を盛り立てるだけの配役に成り下がっている。




 敵である筈のテロ組織と共に……。




 こんな茶番に、前原と沙希か求めた本当の正義が在る筈が無かった。 そう、この国を守ると言う正義だ。



 前原と沙希は、道半ばで逝ってしまった家族や仲間の為にも……その正義から叛く事だけは、出来なかった。



 だからこそ……茶番を演じるだけの分隊には居られない。そう思っての異動届を出した前原と沙希だったが……。


 分隊に残っている 梨沙や志穂、そして伊藤が……この状況に抗おうとしている事を知って、前原と沙希は少なからず動揺していた。



 「「…………」」



 カフェテラスに居る二人の 間に沈黙が続く。



 「……まあ……俺達は……分隊の外で、坂井分隊長達を支えてやろう……。もちろん、玲人君や小春ちゃんもな……」


 「……ええ……そう、ね……」


 「「…………」」



 沈黙の後、前原が沙希を気遣って話したが、対する彼女は……自らが分隊からの異動を望ん筈が、どこか心残りが在る様で、歯切れの悪い返答をする。




 そして……二人の間に、またも沈黙が支配する。そんな中、ある事を思い出して沙希に問う。




 「……沙希……そろそろ、お姉さんと会う時間じゃないか?」

 「あー確かにそうね……。 有難う、浩太……」



 前原は、時計を見て沙希の予定時間が近づいた事を思い出し……彼女に声を掛ける。



 ようやく休みが取れた前原と沙希だったが……その時間を利用して、玲人の見舞いと共に、沙希は久し振りに実の姉と会う約束をしていた。


 任務が続いて中々家族と会えなかった沙希だったが、やっと休みが取れたと姉に知らせると、彼女は沙希の元に遠方から会いに来ると言う。



 前原も沙希と姉の二人から、会おうと誘われたが……流石に彼は遠慮した。


 沙希の家族も、彼女の兄が作戦中に死んだ事で大変だった事は前原も知っている。


 だからこそ、沙希と姉の間には積もる話もあるだろう、と考えたのだ。



 「……お姉さんと、ゆっくり話して来い……。今回の事もな……」


 「うん……浩太……。色々気遣ってくれて……本当に、有難うね……」



 前原の言葉に、沙希は……うつむきがちで礼を言った後、彼の手を両手で握り締めてから……席を立った。


 前原の気遣いで沙希も大分、落ち着きを取り戻した様だ。





 沙希が去って、一人になった前原は……ブラックコーヒーを飲みながら、この後どうするかを考える。



 久し振りに姉と会う沙希は、遠方から出て来た姉の為にホテルで共に泊まる事になっている。


 その為、所属する自衛軍の中部第三駐屯地には、外泊許可を申請していた。



 対する前原は……沙希と姉に遠慮して、泊らずに本日中に駐屯地に戻る予定だった。


 だが、もう駐屯地に戻るには、時間が早すぎた。




 (どうやって時間を遺そうか……。 え? ま、まさか……アイツは!?)



 コーヒーを飲みながら、前原が余った時間潰しの方法について、考えていた時だった。


 カフェテラス向こう側の、表通りの交差点に……居る筈の無い存在を見て警愕する。




 その交差点に居たのは……廃工場跡地で戦った、あのドルジだった。




 ドルジは、あの特徴的なローブは差ておらず、胸の開いた麻の様なシャツと、黒いズボンを着ていた。


 服装こそ普通だったが……見間違う筈がない。



 あの巨体に、シャツの上からも分る鍛え抜かれた筋肉……。そして素肌に見える無数の傷跡。



 どこからどう見ても、あのドルジだった。



 交差点に立っドルジは、一瞬……前原の方と見た後、そのまま歩き去ってしまう。




 明らかに前原の存在に気が付いた上で、彼を誘っている。



 「……あの野郎……! 何でこんな所に……!?」



 前原は叫びながら席を立つ。ドルジを追う為だ。


 勘定を素早く済ませ、ドルジの方を見ると……彼は交差点を曲がって姿が見えなくなった。



 「見失う……訳にはいかない……!」



 前原はそう呟いて、ドルジの後を追った。



 前原が走ってドルジを追い掛けると……彼はあの巨体には似合わない速度で歩き、かなり前方の四つ角を右に曲がってしまった。



 「くそ……!」



 前原は悪態を付いて、ドルジの後を走って追うのだった。




  ◇   ◇   ◇




 ドルジを追って追い続ける前原。


 対してドルジは後ろに目が在るかの様に、常に付かず離れずの距離で進む為……前原は一向に彼に追い付けない。



 廃工場跡で戦かったドルジは、本当の化物だった。



 自衛軍最強の玲人を簡単に倒し、前原達の必死な猛攻も涼しい顔で受け続けていた。


 装甲車を破壊出来る榴弾を、雨の様に浴びせても……この男に無駄だった。



 そればかりか、一度敗北した後に……幽鬼の様に目醒めた玲人から、大地を抉る程の攻撃を受けたにも関わらず、このドルジは死な無かった。


 右腕も無くし、上半身が大きく裂け内臓が見えている様な即死級の致命傷を負ったが……ドルジはビデオを巻戻すかの如く、肉体を再生する。



 そして、自らの体に傷を与えられた事を“誉れだ”と喜んでいた。




 誰もこの男を殺す事は出来ない……廃工場跡での事件は、その様に確信させる事件だった。



 また、防御力や再生力だけで無く、その攻撃力も大災害級だ。



 玲人と戦った時は常に手加減していた様だが、廃工場群を巨大な斧の一振りで軒並み薙ぎ倒す等……軽く手合せ程度の動きで、それだけの破壊をもたらした。




 そんな恐るべき怪物が、駅前の交差点をうろつく等……何の冗談だと、前原は恐怖と焦りで困乱しながらドルジを追うのだった。



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