267)怪物の尾を踏む間者
懐事情が厳しい、落ちぶれたスパイの葵に散々たかって、仁那に暴食させた早苗。
喰い散らかした後、さっさと葵の元から去ろうとしたが、何としても情報が欲しい葵は引き下がらず早苗(体は小春)を引き留める。
「ほ、ほら、玲人君……! 彼のお見舞いに来たんじゃないの?」
「ええ……でも、玲人君もすっかり元気ですから! それじゃあ!!」
「あ、慌てないで……! れ、玲人君はどうして入院なんかしてたの?」
何とか情報を仕入れようとする葵に対して、早苗は表面上は愛想良く振る舞いながら、話しを打ち切ろうとしたが……葵も負けず食い下がって問うてきた。
「うーん……。その事は軍の偉い人から、言っちゃダメって言われてるから……ゴ、ゴメンなさい!」
「そ、そう……丁度テレビで大きな事件が、立て続けに起ったから……それに玲人君が巻き込まれたんじゃないかって、心配しちゃったの……。やっぱり、そうなのかしら?」
わざとらしい程、頭を下げて断わる早苗(体は小春)に葵は、尚も食い付き、誘導しながら問うてきた。
「でも……何も言っちゃダメ! って言われてるからなー。葵さんも、上の人からそんな風に注意されてるんじゃないんですか?」
「ま、まあ確かに、そんな風に注意されるけど……友人を心配する位なら、いいかなって思うわ……。そう言えば……小春ちゃんも軍の人からそんな注意を受けるって事は...玲人君と一諸に、お仕事してたの?」
あくまで情報開示を拒む早苗(体は小春)に対し、葵は負けず別な質問を投げてきた。
なりふり構わない葵を見て、早苗は表面上ニコニコしながら、内心は哀れみを感じていた。 かと言って同調する気は、全く無かったが。
「えーと……それも含めて、お話し出来ないんです……。ごめんなさい……」
「……そう……それなら仕方無いわね。でも、これだけは教えてくれないかな? 私……昔から玲人君の友達になって長いんだけど……最近、お姉さんの事……聞かなくなったなーって思って。
玲人君に聞いても、あんまり教えてくれないし……。何か心配になっちゃって……小春ちゃん、何か事情知ってるかな?」
申し訳なさそうに,だがきっぱりと教えられない事を伝えた早苗。
葵は流石に引き下がり、今度は違う事を聞いてきた。それは仁那の事だ。
葵は玲人の家族の事なら機密に関係ないと、小春(今の意識は早苗)に認識させ、情報を聞き出す考えだ。
もっとも仁那の事は……その能力と、大量破壊兵器として使役されてきた事情より、最大の機密事項だ。
それを葵が知らない筈も無く……表の立場上、事務次官である彼女も、上司から伝えられていた事だった。
しかし、仁那の現状は葵として絶対に掴んで置きたい情報だった。
何故なら、仁那に大きな変化が有ったと、葵が上官の田辺に報告した8月初めの日……その当日に田辺は突然廃人化し、この大御門総合病院に入院している。
あの日、田辺は変化が有った状況を、"上"である内閣調査室に報告しようとしていた。
そのタイミングでの田辺の廃人化……。偶然である筈が無く、田辺は第三者の攻撃を受けたに違いないと、葵は考えていた。
それだけに……仁那の事で何かが起った事は確実で、その事で目の前に居る小春と言う少女が絡んでいる事は……間違いないと葵は確信していたのだ。
だからこそ……多少強引でも小春に対して、仁那の情報を引き出したいと強く思い、機密保持に触れるリスクのある問いを投げ掛けた。
だが……それは葵に取って大きな間違いだった……。
「……玲人君のお姉さん……? それって……まさか仁那の事……?」
「そうそう! その子よ!確か、この病院で入院してた筈なんだけど……全然、最近は話に聞かないなーって思って心配になったんだけど。小春ちゃん、知ってる事が有ったら是非教えて欲しいの」
仁那について葵に聞かれた早苗(体は小春)は……途端に感情を消した様に静かに問い返す。
……明らかに早苗は、怒り始めた様だ。
しかし葵は、虎の尾を踏んだ事に気が付いていない。
早苗はふざけた行動を常に取って周囲を困らせるが……裏腹に、その本心は小春を含めた大切な家族を守る事しか考えていない。
それが侵されそうになった時……早苗は手の付けられない恐るべき怪物になる。
葵は目の前の小柄で可愛らしい少女が……虎どころか龍すら、片手間に屠れる存在である事を知らないのだ。
そして……可愛いくとも恐るべき怪物が、無知な間者に牙を剥き出す。
「……葵さん……...何言ってるんですか……。仁那なら、さっきまで会っていたじゃないですか……」
「……え? ……どう言う事……?」
冷たく微笑みながら……囁く様に呟く早苗(体は小春)の言葉に、葵は戸惑い聞き直す。
「……仁那……ちゃんは元気よー? 葵さん……貴女……さっき沢山食べさせてくれたじゃない……。動く事も出来ず、食べる事すら出来なかった、あの子は……元気になった今では……食べる事が大好きでね……。貴女が裏のお仕事の都合で、私達を利用する為とは言え……あの子にご馳走してくれて有難うね……」
「え……えーと……小春ちゃん……。何を、言ってるの……?」
淡々と話す早苗(体は小春)。 彼女は遂に小春の穏やかな口調から……自分の怜悧な口調へと変えていた。
対して葵は、突然変わった小春(意識は早苗)の態度と、彼女の話した内容に大きく戸惑う。
「……何って……仁那ちゃんの事でしょう? 貴女……いえ、貴女達は……ずっと仁那ちゃんに会いたかったんでしょう? 良かったじゃない……。 やっと会えて……。ほら、今……葵さん、貴女の目の前に居るのが……仁那ちゃんよ……」
「……こ、小春ちゃん……」
静かに追い詰める様に話す早苗(体は小春)に……葵は得体の知れない迫力に、気遅れし動揺する。
(……こいつは……一体……何を言っている……? 石川小春は……ただの中学生の筈……。それが、何だ……このプレッシャーは……!? それと……仁那……マルフタが……石川小春自身だと……? どう言う事だ……)
「……そうそう……お婆さんの具合はどうかしらー? この病院に、入院されているんでしょう?」
「!? ……な、何故……それを……」
突然変わった小春(意識は早苗)の態度に、翻弄され戸惑う葵。
そこに追い込みを掛ける様に、早苗は廃人と化した田近の事を持ち出した。
田辺の事は、その存在も含めて外部に話していない。にも関わらず早苗は、この病院に田辺が入院している事も言い当てた。
(……こいつは……危険だ……! 何故か分らないけど……そんな気がする……!)
葵は、眼前の可愛らしい少女が、得体の知れない存在に思えて、背中に冷たい汗が流れるのであった。
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