266)葵VS早苗

 「え、えーと……小春ちゃん……お腹、大丈夫?」

 

 「全然! 大丈夫です! ステーキ丼 3人前 追加で! あ、全部ご飯大盛りでお願いします!」



 引きつりながら制止する葵に対し、小春? は何の遠慮なく、食事の追加を頼みまくる。


 ちなみに、今の小春は……意識を早苗から仁那に替わっていた。



 葵からすれば、外見上全く変わらない小春のままだったから、当然……意識が別人とは気が付かなかった。


 但し、小春の可愛らしい外見からは、予想も付かない暴食振りに引きまくってはいる状況だった……。




 "ここでは、ちょっと……" と思わせ娠りな態度を示した早苗に対し、葵は……"場所を変えましょう"と言って、早苗(体は小春)を大御門総合病院のレストランに連れて行った 。


 対して“……ご飯……まだなんです……" と伏せ自がちで呟いた早苗(小春の口調のままで)に対し、葵はご馳走すると言って"何でも頼みなさい! 遠慮なく!"と宣言した事より……本当に早苗も遠慮なく、暴食の仁那を召喚し……今に至ると言う訳だ。



 "何でも食べて良いのよ、仁那ちゃん!"



 早苗にそう言われて替った仁那は、お子様精神である事もあり、本当に一切の遠慮無く思い付いたモノを、バンバン注文し、ザルの様に平らげている。



 小柄な小春(現状は仁那)からは全く想像も出来ない食べっぷりに、葵は動揺しつつ、 自分の財布の状況を心配し始めて、焦り出し……表情が乏しくなる。




 そんな哀れな葵の様子を……意識奥に設けられたシェアハウスで見ていた、小春本人は……。




 「……ちょっと仁那! いくら何でも遠慮して! それにわたしの体で、あんまりムチャしないで! 太っちゃうじゃない!」



 シェアハウスから食べまくる仁那に向けて、小春は大声で注意するが……彼女は全く聞こえていない様だ。


 精神がお子様となった仁那は、食べる事、遊ぶ事……と言った欲求に、猪突猛進で突き進む。



 「もう! 早苗さんからも言って下さい! こんなに食べて……あの人、凄く困ってるみたいですよ!」


 「ククク……良い気味だわ……。仁那ちゃん、もっともっと食べて良いわよ? 高級寿司店とかじゃないのが、残念だけど。このお店のメニュー、全制覇しちゃいなさい!」


 (うん! 分ったよ、お母さん!)



 注意を促した小春に対し早苗は同じくシェアハウスに居ながら、意地悪な笑みを浮かべて仁那を煽る。


 仁那は、小春の言葉は全く聞こえていなかったが、早苗の命令だけは聞こえた様で、力強く返答した。



 現実世界では、仁那がステーキ丼を食べ終る所で、次は焼き肉定食を2人前注文しようとして、葵を更に困らせていた。



 「あああ……! 早苗さん、仁那をこれ以上煽ってどうするんですか! た、体重が! それに……あの女の人、半泣きですよ!」


 「おおげさねー。アーガルムとなった私達に……体調管理なんて、自分の思い通りでしょう? 毎日あれだけ仁那ちゃんが食べても……体重とか全く変わらない事は、分っている筈よ」



 慌てた様子で早苗に迫る小春に対して、早苗は涼しい顔で彼女に答える。



 「わたしに関しては、そうかも知れませんけど……あの人、凄く動揺してるじゃないですか! 絶対、支払いの心配してるんですよ。大体……あの人、誰ですか? わたし、初めて会うんですけど?」


 「ああ……あの人は桜葉葵ちゃん、て言う子でね。普段は自衛軍の駐屯地で事務次官……つまりOLさんとして働いているわ。 小春ちゃんと仁那ちゃんが、あの模擬戦の後、疲れて眠っちゃった時があったでしょ? その時に、駐屯地の官内ビルで出会ったのよ。それで、その葵ちゃんだけど……。ちょっと位、困らせた方が良いの……。だって、あの子の本業はスパイなんだから」



 小春は現実世界で困っている葵に対して……彼女を案じながら早苗に問うと、早苗は葵に関する驚くべき事実を淡々と答える。



 「……え? ス、スパイ? スパイってあの? ……何でそんな人が、ここに……?」


 「そんなの決まっているじゃない……。玲君の事を調べているのよ……。それと私達の事もね。あの葵って子は……政府から派遣されたスパイなの。 あの人の体にエロメちゃんを、私が仕込んでいるから、動向分るけど……放置すれば、玲君や私達に何をするか分ったもんじゃない……。だから困らせてやった方が丁度いいのよ」


 「そう……だったんですか……。でも、だからと言って仁那を放置するのは……」


 「そうね。スパイの葵ちゃんはどうでもいいけど……、仁那ちゃんも、そろそろ満足するでしょうし……私も葵ちゃんと"お遊び"したいしね」



 葵がスパイと告げられ、戸惑った小春だったが、暴食状態の仁那を案じて早苗に言うと、彼女も同意してシェアハウスから仁那に呼び掛けた。



 対する仁那は"焼肉定食を食べ終るまで待って!"と自分の要求を伝える。




 早苗はニコニコしながら、仁那が食べる様子を見つめ……小春は呆れながら溜息を付くのであった。




 「……ふう、お蔭さまでお腹いっぱいになりました! ありがとうございます!」


 「え、ええ……あれだけ食べればね……。こ、小春ちゃん……見掛けに寄らず……凄いのね……」



 仁郡から交替した早苗(体は小春)は満足そうに笑顔で答える。対して葵は、青ざめながら呟く。



 「成長期ですから! それでは、失礼します!」

 

 「ちよ、ちょっと待って! 何か言いたい事が有ったんじゃ無いの?」



 散々仁那に食い尽くさせた早苗は、もう用は無い"とばかりに席を立つと、葵が慌てて制止した。



 それもそうだ。これだけ費用を掛けて、何の情報も得られないなど、大損害だ。


 しかも葵の本業である諜報活動は、本部である内閣調査室から無期限停止を言い渡され、何の支援も与えられず、実質失業中だ。


 その為、彼女の主な収入は事務次官の給料だけであり……資金的に活動を続けるには厳し過ぎる状況だった。


 現状は、本部から支援を受けていた時に、プールしていた資金で今の所は何とか食い凌いでいた。

 

 そんな裏事情もあり、思わず必死さが出てしまった葵を見て早苗(体は小春)はと言うと……。



 「あ、いえ……ご飯頂いたら、すっきりしました! どうも有り難う御座いました!」



 満面の笑顔を浮かべて、早苗は立ち去ろうとする。



 葵の体にニョロメちゃんを仕込んでいる早苗からすれば、葵の懐事情など、全て把握済だ。その上で葵を困らせて、楽しんでいたのであった。


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