264)崩れる分隊

 大御門総合病院の中庭に設けられたベンチで、人知れず抱き合う前原と沙希……。




 前原と沙希は、誰にも話していなかったが……実は、将来を誓い合った恋人同士だった。



 同期として付き合いの長い二人が、訓練や任務を通じて……互いの事を想い合って付き合う様になった事は、自然な事と言えた。


 周りには二人が恋人同士である事は極力見せない様に振舞っていた為、気が付かれる事は無かった。




 それは特殊技能分隊においても同じだったが……。




 「……やはり、ここに来ていたか、探したぞ……って……。すまん、邪魔したか……」


 「!?」



 中庭のベンチで座り、前原の胸の中で泣いていた沙希だったが……突然掛けられた声に驚いて前原から離れる。



 中庭には先程まで誰も居なかったのと、前原の言葉で感極まっていた沙希は、すっかり周囲の状況に気が付かなった様だ。




 中庭に突然現れ、声を掛けて来たのは……前原達と同じ特殊技能分隊の伊藤だった。




 彼は、余程慌てていたのか、息を切らして前原と沙希を探していた様だ。



 伊藤は慌てていたとは言え、前原と沙希が抱き合っている姿を見てしまってバツが悪そうな顔をしている。


 前原と沙希も人目に付かない所だったとは言え、いい大人が抱き合う姿を見られて、赤面していた。




 「……あーお前達が……付き合っていたとはな……気が付かなかった。……邪魔をしたようだ……」


 「ま、まぁ……そう言う事で……コホン! それで、伊藤さん……どうしたんだ、そんな息を切らして?」



 微妙な空気の中、伊藤が頑張って呟くと、赤面中の前原が平静を装い彼に問う。



 ちなみに、沙希は気恥ずかしさの為か……そっぽを向いて、伊藤の方を見ない様にしていた。




 前原に問われた伊藤は、ハッと気を取り直し、真顔で詰め寄る。



 「どうもこうも無い……! お前と泉が、分隊からの転属を要請したと聞いたぞ!? それは本当の事か!?」


 「「…………」」




 伊藤の強い問いに、前原と沙希は黙っていたが……。



 「……沙希……お前、悪いけど……先に戻っていてくれ」


 「う、うん……分った」



 前原が沙希に声を掛けると、彼女は伊藤に頭を下げ……中庭から離れた。



 「「…………」」




 二人きりになった中庭だったが……暫く沈黙が続く。



 やがて前原の方から口を開いた。



 「……ああ、本当の事だよ……。先日、二人で異動届を出した。最初は自衛軍を辞める事も考えたんだが……先に作戦で死んじまった奴らの事を考えたらな……。でも……だからこそ、今の特殊技能分隊には居られない……。異動届を出してダメなら、退職も止む無しの心算だ……。伊藤さん、その話……誰から聞いた?」


 「お前達が届を出した、安中大佐本人からだ……。大佐より意見を求められた。だが、俺自身もお前達の考えを聞かせて欲しい、と思って探していたんだ。連絡が付かなかったんで……多分、この病院だろうと思ってな……」


 「そうか……手間を掛けさせたな……」


 「……そう思うなら……訳を聞かせてくれ……」



 伊藤に問い詰められた前原は、バツが悪そうに呟く。対して伊藤は前原と沙希の異動届について、意図を聞いた。




 尚、自衛軍の異動は……別な駐屯地や、違う部隊への異動であり、企業と違って簡単に認められる事では無い。



 その事は前原や沙希も当然、分っている筈で……自衛軍を辞める覚悟で、異動届を出したと前原は話した事より、相当な想いで安中大佐に届を出したのであろう。




 伊藤の問いに、前原は……。




 「……伊藤さんも分ってる筈だ……。今の……特殊技能分隊がやってる事は、茶番でしか無い事を……」


 「前原……」




 "茶番"と言い切った前原の言葉に伊藤は、すぐに反論出来なかった。



 彼にも思う所があるからだ。 そんな伊藤に対し前原は、話しを続ける。




 「……オレも分っていたんだが……沙希の奴に取って、このふざけた状況は、どうしても我慢出来なかったんだ……。異動については沙希の方から言いだした。沙希が許せない事は、オレも良く理解出来る。それは死んだ沙希の兄貴に理由が在るんだ」


 「泉には……兄が居たのか……」



 前原の言葉に、伊藤も神妙な顔で答える。



 「アイツの兄貴もオレ達と同じ白衛軍だったんだ。オレも良く知っている人でさ……。 熱くて良い男だった。でも……作戦中、テロからの銃撃で呆気なくな……。あの人が生きていたら、こんな状況許せる訳が無い。それは沙希も、そしてオレも同じ気持ちだ……」


「お前達が言うのは……奴らの事だな?」




 前原は伊藤に沙希の事を話しながら、自分の気持ちを伝える。



 対する伊藤も、前原が言う"茶番"が、ドルジやリジェ達……アガルティアの騎士の暗躍の事だと理解を示した。




 「そうさ……あの ドルジって連中が来る度に言う……"覚醒の儀"……その為に、この特殊技能分も用意されたに違いない。そう……全ては玲人君の為に……。

 敵である筈の真国同盟も、分隊のオレ達も……ただの配役でしかない。玲人君と言う主役を盛り立てるだけの……。伊藤さん、流石にアンタも分るだろう?」


 「まあ、な……あれだけ露骨にやられたら、分らん筈が無い。いや、そもそも奴らには隠す気が無い」



 自嘲気味に呟く前原に、伊藤も完全に同意して答えた。



 「……だからこそ、この分隊には居られない……。 分隊がこの国の平和の為だけに戦うって言うなら、オレも沙希も命を掛けて最後まで付き合おう。だが……テロリストと一緒に踊らされる為の部隊なら……オレ達は降りさせて貰う。沙希の兄貴の生き様に、泥を塗る様な事は……俺達には出来ない」


 「……お前達の決意は良く分った。前原……お前と泉の考えは、全く正しいとオレも思う……」



 強い意思を湛え、きっぱりと言い切った前原に伊藤も頷いて、彼の考えに同意した。



 「ああ、伊藤さん、分かってくれて嬉しいよ……もし良かったら伊藤さんも一緒に……」


 「……すまない、前原……オレは この分隊に残るよ……。オレはお前や泉の様に、真っ直ぐな気持ちでこの分隊に来ていないんだ。オレの目的は……"隻眼"……つまり玲人君みたいな化物に戦う為、ここに来た。

  玲人君を中心に、更なる化物共が集るって言うなら……オレにとっても好都合だ。それに……メガネと坂井隊長も、何やら裏でコソコソやっているみたいだからな……。流石に放っておけん。誘って貰って悪いが……」



 分隊からの異動を誘った前原に対し……伊藤は申し訳無さそうに断った。



 「……いや、伊藤さん、アンタが謝る事じゃない。気にしないでくれ。それにしても……坂井隊長と垣内さんも……黙っては居られないって事か……。伊藤さん、出て行くオレが言う事じゃないが……二人の事を見てやってくれ……」


 「ああ……危なくなったら、助けるつもりだ……。そう言えば……お前達、これからどうなるんだ? 異動届を出したとしても、簡単には受理されんだろう?」



 伊藤から坂井と志穂が、裏で動こうとしている事を聞いた前原は、残る伊藤に坂井達の事を頼んだ。対して伊藤は、前原に今後の事を聞いた。



 「……それが……やはり、後ろ暗い所があるからなのだろう……。あの安中大佐から保留と言われながら……オレと沙希は、すぐさま後方支援部隊への指導役を言い渡された。

 エクソスケルトンの整備や操作指導って事らしいが……期限は設けられてないから、事実上の異動だ。……余りにも簡単に車が進み過ぎて……気持ち悪い程だ。やはり安中大佐は色々おかしい……」


 「……そうか。取り敢えず……残るオレは分隊の中から、大佐の動向に気を配る事にするよ。お前達も向こうで気に掛けていてくれ……。そして、いつか……事が落ち着いて……お前達が、分隊を信じられる様になったら、この分隊に帰ってこい。オレも残る限りは、出来るだけの事をするつもりだ」


 「ありがとう、伊藤さん……」



 そう言って伊藤は、前年に右手を差し出す。前原は差し出された右手に力強く握り返しながら、彼に礼を言って別れたのだった。



 こうして……特殊技能分隊は、エクソスケルトンを駆る前原と沙希の2人が抜ける事になってしまった……。


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