263)病室にて
「ああ……! 玲人君、おはよう……!」
深い眠りから目覚めた玲人を涙を湛えた瞳で、喜び迎えたのは小春だった。
玲人はフィルと戦った後、深い眠りに陥り、大御門総合病院にて入院していた。
そんな玲人の身を案じて、小春は彼の病室に詰めていたと言う訳だ。
「……小春……」
目覚めた玲人は、自分を涙ながらに案じてくれる小春を目をして、小さく呟く。
玲人は、そんな彼女に愛おしさと感謝の念を抱くと同時に……精神世界のログハウスにて思索に暮れ、目覚めるまで時間が掛かってしまった事に罪悪感を感じた。
修一に促されなければ、もっと長い眠りになっていただろう。
「小春……いつも心配を掛けて……申し訳ない。それと……ありがとう……」
「はう!? そ、そそそそんな事、ぜ、全然いいよ! わ、わたしが玲人君の事……し、心配するのは……フィ、フィ、フィアンセ……! として当たり前だし……! はぁ、はぁ……」
玲人は小春の手を取り、侘びると同時に、彼女の目を見て真摯に礼を言った。
玲人の予想外のアプローチに、小春は思い切り衝撃を受け……慌てる余り余計な事まで口走り、更に動揺していた。
「クスクス……そうよね、小春ちゃんは玲君のフィアンセですもの。だからこそ、付きっ切りで看病しないとね……?」
「ひゃ、ひゃい!? あ……あう……」
ワタワタと慌てる小春を、面白そうにからかう声がする。それは……薫子だ。
彼女は、医師として、玲人の叔母として、この病室に居た。薫子に冷やかされた小春は、真っ赤な顔で慌てふためく。
「……薫子さん……薫子さんにも心配掛けた様だ……。すまない……」
「謝る事なんて無いのよ、玲君……。貴方は眠っていただけなんだから……。そもそも学生の貴方に、安中さんは働かせ過ぎなのよ。これを機会に、もっともっと休んだ方が良いわ。その方が、小春ちゃんも二人きりになれて喜ぶでしょうし……?」
「ちょ、ちょっと……! な、なな何言うんですか、薫子先生!?」
薫子に向けて侘びる玲人。対して彼女は安中への不満を口にしつつ……小春に向け悪戯っぽい笑みを浮かべからかうと、小春は赤い顔を更に赤くして抗議する。
「あはは! ゆでだこみたいな顔で怒っても……可愛らしいだけよー? あー良いシーン見られて和むわー。玲君も問題無いみたいだし、お邪魔なオバサンは退散し……」
“コンコン!”
怒った小春を薫子は、彼女のほっぺたをツンツンしながら、からかって玲人の病室を出ようとした所で、ドアをノックする音が聞こえた。
「あら? 誰かしら? どうぞ、入って下さい」
「失礼します」「お邪魔します」
薫子は首を傾げながら病室へ入る様に促すと……若い男女の声がしてドアが開けられる。
玲人の病室を訪ねたのは……特殊技能分隊でエクソスケルトンを駆る前原と沙希だった。
「おお、元気そうだな」「良かったわ、玲人君」
前原と沙希は、そんな言葉と共に玲人の前に立つ。彼等は入院している玲人の見舞いに来たのだ。
薫子は、前原達に丁寧に頭を下げ……玲人と小春に向け手を振って病室を出た。訪れた前原達を気遣ったのだろう。
「前原さん、泉さん……お気遣い頂き有難う御座います……」
玲人は、見舞いに来てくれた前原達に向け頭を下げる。
彼はベッドから起き上がって座っている格好だ。頭を下げた玲人を見て、小春も慌てて彼と一緒に頭を下げる。
その様子は、新婚の若夫婦の様だ。
「……何だか暑いなココ……そう思わないか、沙希?」
「ええ……全く見せ付けられるわ……本当に困っちゃう……ねぇ、小春ちゃん?」
「うん? 何の事ですか?」
玲人と小春の様子を見た前原が、ワザとらしく沙希に振ると……彼女も便乗して小春に声を掛ける。
何の事か分らない小春は小首を傾げるが……。
「……何の事って……こんな仲睦まじい君らを見ていると……俺らが熱を出して倒れそうだよ」
「ええ、そうね……。玲人君の見舞いに来たのに、私達が参って入院しそうよ? 小春ちゃん、もうちょっと……そのラブビームを抑えてくれると、助かるんだけど?」
「もう! みんなして、何ですかー!」
薫子と替わって、小春をからかう前原と沙希の二人。そんな彼等に、小春は又も、顔を真っ赤にして怒るのだった。
前原と沙希は、玲人と小春を散々冷やかした後(主にダメージを受けたのは小春)、病室を後にする。
小春は、前原達に大いにからかわれてプリプリしていたが、玲人の妻扱いされた事は内心嬉しかった様で、まんざらでも無い様子だった。
「……フフフ、やっぱり初々しいわね、小春ちゃんは」
「ああ……それに、本当に良い子だ」
「そうね、玲人君の事……本気で好きなのが良く伝わるわ」
「玲人君も、表情には出さないが、小春ちゃんの事を大事にしているのも分る」
前原と沙希は病室を出た後も、玲人と小春の好ましい関係を思い出しながら笑う。
前原達に取って……玲人と小春の存在は、いつの間にか可愛い弟や妹の様に感じていた。
前原と沙希の二人は、大戦やその後の内乱で家族を亡くしていた。その為に、自分より年下の玲人や小春の事を他人とは思えなかったのだろう。
……だからこそ、二人は最後に玲人と小春に会っておきたかった。
前原と沙希は玲人の病室を出た後……何となく中庭に向かい、ベンチに二人で腰かける。
しばらく、二人は沈黙していたが……前原が自嘲気味に呟く。
「……別れの挨拶は、出来なかったな……。落ち着いてから、考えよう……」
「……う、うん……」
ベンチに座りながら寂しそうに話した前原に、隣に居た沙希は……静かに涙を流しながら頷く。
「……で、でも……浩太は本当に良いの? 私の……我が儘に付き合って……。こんな、別れ方……」
「ああ……良いんだ。この分隊は、もう……俺達の居場所じゃない……。そして、何より……お前が望んだ事は、俺にとって一番大事な事だ……」
「……浩太……」
涙ながらに問うた沙希に対し、前原は彼女の目を見て迷わず答える。
沙希は我慢出来なくなって、前原に抱き着き……彼の胸の中で静かに泣くのだった。
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