262)迫る目覚め

 ラシュヒ達が小春に会う為に、アガルティア城を出た頃……。



 渦中の小春は、玲人が眠る大御門総合病院に来ていた。フィルとの戦いの後……玲人が深い眠りに落ち、そのまま眠り続けている為だ。




 眠り続けている玲人は、現実世界で目覚めず……彼の意識奥に作られたログハウスに居た。




 玲人は木製のテーブルセットに座ってコーヒーを飲んでいる。



 「…………」


 「落ち着かない……と言った様子だね……」



 静かにコーヒーを飲む玲人に対し、彼の父であり最大の理解者である修一が後ろから声を掛ける。


 コーヒーを入れたのも彼の様だ。



 「……まぁ、ね……」


 「この間の戦いだね? 玲人……君と戦い合ったフィルとアルジェ……彼等の事だろう? 君はマニオスの戦いを追体験した際……前世で彼等を救い、そして共に過ごしたと言う事を思い出した、と言っていた……。その事に、衝撃を受けたって事かな……」


 「…………」



 歯切れの悪い玲人に、修一は先日の戦いで……玲人が経験した事情に付いて、静かに語る。



 玲人に取って、この前のフィルとアルジェとの戦いは……ドルジ戦ほどの命に関わる様な傷を与えなかった。

 

 しかし、代わりにフィル達との戦いは、玲人の前世の記憶を蘇らせ、彼の心を強く揺さぶったのだ。




 「……あの子達……フィルと……アルジェは……大丈夫だろうか……? 彼等には悪い事を……」


 「問題無いと思うよ……フィルって子は戦いの後、自分の足で歩いていたし、あのアルジェって女の子は気を失っていただけみたいだし……」


 「…………」



 後悔を滲ませる玲人に対し、修一は安心させる言葉を掛けたが……玲人は浮かない様子だ。



 「……君……いや、昔の君だったマニオスに取って……あの子達は大切な存在だったみたいだね……」


 「少し……思い出したんだ……。過去の俺は……アーガルム族の子供達を助ける為に……戦いを始めた……。マールドム達は……子供達を掴まえて、兵器の燃料としたんだ……。

意志顕現力を自分達が使う為に……。使い潰されたアーガルム族の子供達は……二度と目を覚まさなかった……。奴ら……マールドム共は……何の罪の無い……子供達にあんな、酷い事を……!」



 静かに問うた修一に対し、玲人はポツポツと話す内に……過去の酷い戦争を思い出し、マールドムと呼ばれる人類への怒りを呼び起こす。

 


 玲人の怒りと共に、彼の体には黒い瘴気の様な粒子が纏わり付き始め、同時に強い地震が起こりログハウスを激しく揺らす。



 “ゴゴゴゴゴ!!”



 「玲人!!」



 その変化を見た修一が、大声で玲人を制止する。



 「は!? お、俺は何を……」


 「……玲人……マニオスとして生きた……昔の君が大変に苦しく、悲しい想いをして来た事は……分る心算だ。僕も、経験が有るからね……。でも、それは今とは違う、過去の事だ。……今の世を生きる人達には関係無い。……それを忘れないで欲しい……」


 「……分ったよ、父さん……。心配掛けて、すまない……」



 我に返った玲人に対して、修一は静かに諭し釘を刺す。対して玲人は素直に謝った。



 「……分ってくれたら、それで良いよ……。所で玲人……そろそろ、外の世界に戻ろう? 今の僕達は、あの戦いの後……眠っている状態なんだ……。流石に皆が心配しているよ。特に小春ちゃんがね」


 「そう、か……それは悪い事を……」



 修一に外の世界の現状を知らされた玲人は、申し訳無さそうな顔で呟く。


 玲人は、ほんのわずかな時間、この精神世界でフィル達の事を思案していただけの心算だったのだ。



 (……拙い、ね……。さっきの振動も……深い眠りも……彼の、マニオスの覚醒が早まった影響かも……)



 対して修一は、マニオス覚醒の影響を受け始めている玲人を見ながら、懸念する。



 (……今の所は……早苗姉さんと薫子さんに相談するしかないか……。後は玲人とマニオスの同調を、僕の方で抑えよう……。玲人がマールドムへの怒りに傾倒すると……マニオスの覚醒が早まる様だし……)



 修一は内心やるべき事を決め……意識奥に設けられたログハウスから、玲人と共に出た。




 それにより、現実世界の玲人は目を覚ます事と為る。



 ――玲人と修一がログハウスから出た後……ログハウスの下方に位置する、巨大な手の中に隠された、マニオスが眠るクリスタルに異変が生じる。



 “ビキイイ!!”



 彼が眠るクリスタルは、一際大きな音を立てて長いヒビが入る。もはやクリスタルは簡単に砕けそうだった。



 マニオスが長い眠りから目覚めようとしているのだろう。



 二度の覚醒の儀を終えて……マニオスの復活は、時間の問題となってしまったのだった。


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