261)奇人発進

 安中の恋人である坂井梨沙少尉を、アーガルム化するという計画に、がぜん興奮してやる気になったラシュヒ。



 そんな彼に自分の恋人が、ムチャクチャされては堪らないと思った安中は、彼を注意する。



 「やる気があるのは結構だが……その改造と言う名が気になるぞ……。彼女はマールドムではあるが、マニオス様や小春君とも良い縁がある存在だ……。扱いには十分気を付けて頂きたい」



 盛り上がるラシュヒに安中は、暴走しがちな彼を懸念して釘を刺す。



 「……その点はお任せ下さい……教授の事は、しっかりと私がコントロールしますわ……。ですのでトルア卿は、安心して大切な、その女性を私達にお任せ下さい……」


 「ああ……済まないが、頼まれてくれ……」



 安中の言葉に、助手のユマは静かに答える。対して安中は彼女に頭を下げて頼むのだった。しかしラシュヒは自分が頼まれたと勘違いし、安中に答える。



 「おお、勿論だよ、トルア君! この私に任せてくれたまえ! ハハハ!」


 「……あ、ああ……とにかく、落ち着いて行動してくれ、くれぐれも……」



 勘違いしたまま大声で笑うラシュヒに、不安しか感じない安中は彼に、自制を促す。



 「ハハハ……。うん? ふむ……そう言えば、トルア君に何か用事があった様な……。おお、そうだ! トルア君、君に相談したい事があったのだよ!」


 「だから……最初から、それは何かと先程から聞いてるだろう……」


 「おお! コレは失敬! どうも私は興奮すると思考が飛び過ぎて、脱線する傾向が有る様だ。いや……君に相談したい事と言うのは……マールドムの女性を改造を行うにしても、このサンプルの複製を行うにしても……絶対数が少なすぎてね……どうにもならんのだよ……。そこでね……ちょこっと、貰いに行きたいと考えていた次第なのさ」



 イライラしている安中より問われたラシュヒは、如何にも困った、という素振りで呟いた。



 ラシュヒはそう呟いて、安中に示して見せたのは、ガラスケースに入ったニョロメちゃんだ。



 彼は、このニョロメちゃんを貰いに行きたいと事らしい。その貰う相手と言えば……安中は嫌な予感がして、ラシュヒに問う。



 「……まさか、貰いに行くと言う事は……彼女に、小春君に会いに行くつもりなのか? ディナが黙っていないぞ?」


 「いやいや、トルア君。誤解しないでくれたまえよ! この私は、幼いエニ君と沢山遊んだ事が有るのだよ! でも……そう言えば……このアガルティアでは珍しい、貴重なマールドムの幼児と言う事で、エニ君にちょっと裸になって調べさせてくれと言ったら、何処かから現れたディナ君に掴まってね! そのままマセス様の元へ連れて行かれ……マセス様に本気で怒られたなー。それからエニ君に近付かない様に、マセス様から厳命された事があるだけで……」


 「……確か、そんな事が有ったな……全然ダメだろう、それ……」



 懐かしそうな目をして話すラシュヒの言葉に安中は呆れながら呟く。



 「大丈夫、大丈夫! 君の想い人と……私の探究心の為、誠心誠意お願いすれば……エニ君だった小春君の事だ。前世の記憶より、すぐに打ち解けて手を取り合って協力してくれるだろう! うん、そんな気しかしない!」


 「……小春君の中には、マセス様だった仁那君と……冗談の通じない、早苗さんが居るんだぞ……。どう考えても、揉める気しかしないんだが……」



 謎の自信でウンウン頷きながら叫ぶラシュヒを見て、安中は額に手を当て困惑する。



 安中は、自分が坂井梨沙の為に……ラシュヒに依頼した訳だったが、このラシュヒが行動すると、その飽くなき探求心により歯止めが効かなくなる事を、思い出し……今更ながら後悔し始める。



 自らの興味だけで動くラシュヒと……幼くなって本能で行動する仁那……。そこにコントロール不全の早苗まで加わると……とんでもないカオスな修羅場が生じる……。




 そんな考えただけで、胃が痛くなる事態が予想され……、全力で止めようとした時、安中の気持ちを察したのか、ラシュヒの横に居たユマが静かに話す。



 「……教授の事はどうか……この私にお任せ下さい、トルア卿……。ハミルも居る事ですし……何より同じ女としてトルア卿の御心を応援させて頂きたく思いますし。小春様との仲を何とか取り持ってみましょう」



 困惑する安中を前に、ユマが優しく語りかける。そんな彼女の横で、ハミル少年が何の根拠か分らないが、ブンブンと首を縦に振って同意する。



 安中は、ユマの言葉を受けて幾らか安堵した。ハミル少年も力になってくれる気は有る様だが、和みはしたものの、期待せず誠意だけは受けとった。



 ラシュヒは、そんな安中とユマ達のやり取りを見て、自分の事は棚に上げ、部下達のフォローに何やらモチベーションが上がり、興奮して叫ぶ。



 「うむ! いい感じで話がまとまった様だ!! 流石は私の頼れる助手たちだ! 君達のやる気は私としても超嬉しい! もはやジッとはして居られない! さぁ、いざいかん! 愛しき幼子だった、あの君の元へ! ユマ君、ハミル君、何をしているのかね! 新しき発見と、懐かしき出会いが待っているのだ! 今すぐにでも飛び立つぞ!」


 「……本当に困った、お人だこと……。トルア卿、そう言う事ですので……失礼させて頂きます」



 立ち上がり部屋を出ようとするラシュヒに、ユマは呆れながらも席を立ち、安中に挨拶する。



 残るハミルも安中に手を振って、ラシュヒの後を追った。


 一人残った安中は、ラシュヒ等が巻き起こすであろう騒動に、不安を感じながらも、彼等を見送ったのだった。


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