260)安中の依頼

 ラシュヒ達のコントの様な日常を見せられながら安中は、目の前のドクロ男であるラシュヒと左右に居るアイマスクの女性と白衣の少年を見つめる。



 このラシュヒと言う男は、安中と同じ12騎士長という立場にあり、極めて有能な男ではあるが……学者と言う立場からか、とにかく言動が暴走しがちだ。



 それをいつも、左横に居るユマと呼ばれたアイマスクの女性ユマに鞭で縛られ制止させられている。


 口頭で注意しても全く無駄である為、物理的に制止している様だ。



 ラシュヒの右隣に居る白衣の少年ハミルは……直接戦うと言った肉弾戦を得意としないラシュヒの代わりに護衛と言う立場では在るが……。



 そもそも敵など居ないアガルティアの城で護衛は不要なのだが、ラシュヒが気に入っている為か、いつも連れ回っている。



 このハミルと言う少年騎士は、普段ドルジに師事を受けている。寡黙なドルジに師事を受けている為か、とにかく無口であった。


 無口ではあるが、やる事がいちいち幼い。そんな所もラシュヒと気が合う様だった。



 安中は、そんな風に目の前の三人を見て考えていた。しかし、こうしていても3人のコントを見せられるだけだ。


 溜息を付いて、安中は切り出す。



 「ふぅ……それで、何がどうした?」


 「おお! 話の途中だったな……とにかく私は、このサンプルに興味を持ち、調べた訳だが……コレなら、君の要望にも応えられる可能性がある」


 「……それは……マールドムを人工的にアーガルムに出来ると言う事か?」



 安中が、ラシュヒに頼んでいたのは、自分が大切に想うマールドムの女性の事だ。安中は、そのマールドムの女性……坂井梨沙少尉の事を本気で愛していた。


 しかし、アーガルム族である自分にとって、マールドムを差す人類である梨沙とは、種族の違いで、同じ時を生きる事が出来ない。


 寿命自体からして違いが有るのだ。だから安中は梨沙の気持ちに長く応える事が出来なかった。


 しかし……その大きな問題を、小春が生み出したニョロメちゃんが解決の糸口となると、確信した安中はラシュヒの元を訪れた、と言う訳だった。



 早苗が、模擬戦の後……安中に埋め込んだニョロメちゃんを持って……。



 しかし、優秀だが落ち着きのないラシュヒは、すぐに答えを出さず……ヤキモキしている所に今回の呼び出しを受けた。


 漸く進みだしたラシュヒの話を聞いて、安中は身を乗り出して問い返す。



 「うむ! その通りだ……。あくまで現時点での推測と言う条件だがね。それにしても……今回の、君が要望したマールドム族をアーガルム族へ転化する方法……。その方法では転化した存在は戦力的にも、大した能力は持たない事になるが……それで良いのかね?」


 「……必要な事なんだ」


 身を乗り出した安中に、ラシュヒは答えながら……今回の彼の依頼が慎重な安中らしく無い事を、不思議に思い尋ねると……安中はラシュヒから目を外して、小さく呟く。



 種族が異なるマールドムを高次元存在であるアーガルムに転化する為には、マールドムの肉体にアーガルム族の魂を同化する必要が有る。


 だが、その方法では……安中や薫子の様に、肉体を支配するのは高密度の魂を持つアーガルムの方だ。



 もっとも、安中や薫子の場合、元となったマールドムは爆発事故により死亡していたが……。



 生きているマールドムの方に、後から別なアーガルム族の魂を同化させても……やがてはマールドムの魂はアーガルム族の魂に浸食されて消滅し、最終的にはアーガルム族が完全に肉体を支配する。



 唯一、違ったのは小春の場合だ。転生したマセスである仁那と融合し、小春の肉体と同化したが、本来ならアーガルムである仁那やマセスの魂が小春の肉体を支配する筈だった。



 しかし、マセス自身がエニである小春の魂の消滅を強く拒み、小春と共に在る事をつよく望んだ。



 その為、肉体の支配権は、元よりマールドムだった小春が、今も変わらず有している。そして、仁那や早苗達と肉体を共有する事となった。



 なお、マールドムである修一の魂が消滅せず、同じ肉体を共有している玲人は、初めからアーガルム族であった事より、小春の事例とは根本的に異なる。




 安中が望んでいたのは、小春とマセスの関係みたいな、奇跡的なイレギュラーで無く……マールドムの意識が保たれたまま、存在自体をアーガルムに変えると言う事だ。


 そんな事は、アーガルムの仲間達は誰も必要としない。敵であるマールドムを強化する、と言う事になるのだから……。


 その為、このラシュヒに協力を仰いだ。この男は自分の探究心に正直で、猪突猛進で突き進むからだ。



 「……君も……マセス様と同化した小春君の力に、興味が有った筈……。ならば、君としても私の要望を聞く事には得る事も多いだろう。とにかく、この件に関して……先に進めたいのだが……」


 「いやいや……トルア君、これは前例の無い事であり……検証を重ねるべきだよ。慎重な筈の君が、そんな風に焦れるのも珍しい。ふむ……それ程、そのマールドムの女性が大事かね? ……一人のマールドムに拘るより、大量のマールドムを洗脳し、アーガルム族へ転化した方が、役に立つのでは? いや、個体としての意志具現能力が、元のアーガルム族より大きく減じる時点で、戦力として意味は薄いし……そもそも、無駄……」



 “ギュルルルル!”



 安中に事を急がれたラシュヒが余計な勘繰りを入れ始めた所……横に居たユマが彼を縛り付ける。



 「……教授? 常日頃……無駄な事を好き勝手やられておられる、貴方がそれを言うのですか? 何より……他人のプライベートを余り詮索されるのは、如何なモノかと?」



 ユマに縛られていたラシュヒは素直にコクコク頷いて同意する。それを見たユマは縛り付けていた鞭を解いてラシュヒを自由にした。



 「プハ! ユマ君、縛る前に言ってくれ! ……だが、君に縛られ罵倒される内に……ユマ君の言う事に一理あると理解したよ! 君が言う通り、私は無駄な事が大好きだった! 99%の無駄を重ねて、1%の素晴らしい成果を掴む! それこそが私の生き方だ! 流石、ユマ君。この私の右腕だけの事はある!」


 「……恐縮です……」



 勝手に興奮して騒いでいるラシュヒの言葉に、意外にもユマは照れたように呟く。


 どうやらこの二人は、おかしな組み合わせだが気が合う様だ。



 「失敬! トルア君、君の彼女の事だが……万事任せてくれたまえ! 改造マールドム一号として必ず成功させて見せる! うおおお! 燃えて来たよー!!」


 興奮して叫ぶラシュヒをハミル少年が無表情で拍手して煽るのだった。



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