258)翻弄する透明な少女達

 梨沙と志穂達が薄暗い倉庫室を出た後……。 



 “ヴン!”



 低い音と共に……透明な少女、アリエッタとヘレナの2人が、その場に現れた。



 「……面白い事になったわね……ヘレナ?」

 「ええ、そうね。アリエッタ……」



 現れた彼女達は、最初からこの場に居たらしく、梨沙達の話を聞いていた様だ。



 「……それで……どうするの、アリエッタ? 彼女達の記憶を消す?」


 「今は、そんな必要は無いでしょう……。彼女達が何か行動を起こしたとしても、その影響は僅かですわ。こうしたクラッキングを気に掛けるなら……この国の政府が寄越したスパイ達の方でしょう……」



 ヘレナに問われたアリエッタは淡々と答える。



 「スパイと言えば……この駐屯地に居る二人組ですね……。確か、貴女の方で処理済みだったのでは?」


 「……ええ……彼女達は、有ろう事か……小春に手を出そうとした為……私の方で速やかに手を打ちました。先ず実行を起案した、エージェント管理者の脳を破壊して廃人化の上……、彼女達を動かしていた内閣調査室も“綺麗”にしておきました……。もはや彼女達の組織は瓦解しております。今、この駐屯地に居る桜葉葵と村井京香の二人は……ディナ卿、いえ薫子様が “使う”かも分りませんので、現状の所、放置しています」


 「ふぅ……流石に、小春の事となれば……貴女は冷酷ね」



 諜報員のエージェント管理者だった村井を処理し、彼女に指示を送っていた組織を瓦解させた事を、あくまで冷静に話すアリエッタの言葉を聞いてヘレナは溜息を付いて呟いた。



 「フフフ……貴女もそうでしょう? もし……エニだった小春が13000年前と同じ目に遭う事態が、降り掛かった時……ヘレナ、貴女は冷静でいられるかしら?」


 「……そんな時は……私が、アガルティアの全機能を使って……敵をチリ一つ残さず、滅ぼすわ。相手が誰であっても、小春の敵は殺す」



 悪戯っぽく尋ねたアリエッタの問いに、ヘレナは感情を消した声で、言い切った。



 「アハハ! ヘレナ、やっぱり貴女の事は大好きよ!」


 「もう! 茶化さないでよ、アリエッタ! 貴女だって、分っている癖に……。小春の事は何が何でも守る……。これは私達16人の絶対不可侵のルールでしょう? ……それで、特殊技能分隊の二人は結局どうする?」



 予想通りのヘレナの態度を見た、アリエッタは年頃の少女らしく快活に笑う。対してヘレナ怒りながら、問うた。



 「……特殊技能分隊は……玲人様の覚醒の儀の為に、トルア卿が用意された部隊です。いわゆる前座を盛り上げる為だけの……。ですが、その部隊に所属される方々は、玲人様や小春の大切な友人達……。坂井梨沙少尉と垣内志穂技官の二人に無暗に手を下すべきではありません」


 「そうなると……現状維持ね……。でも、あの部隊……余りに弱過ぎないかしら? 前回の儀でも、今回の儀でも……何の役にも立ってないし。量産型レリウス如きに、良い様に転がされてたわ……アルジェが手加減させていたにも関わらずにね……」



 アリエッタの答えに、ヘレナは苦笑しながら彼女に問う。



 「……いいえ、アレで良いのです。所詮、マールドムの戦力では元より戦力は期待していません。同族の真国同盟の相手をする分には釣り合っているでしょうが……。

 常に、自分以外の誰かの為に戦われる玲人様に取って、弱い特殊技能分隊は……庇護される対象……。無能で足を引っ張る位が、覚醒の儀では都合が良いのです

 事実、ドルジ卿との覚醒の儀では……特殊技能分隊を守る為……玲人様は、先陣を切って戦われ……覚醒の儀は、大いに盛り上がりました。

 とは言え……貴女の言う通り、毎回、無様な姿を晒すのは……玲人様の負担でしか有りませんね……。ほんの少し、手を加えましょう……。ヘレナ、貴女も手伝って貰えますか?」


 「ええ、良いわよ。何をすればいいの?」

 


 アリエッタの提案に、ヘレナは素直に同意しながら彼女に問うた。



 「……ヘレナ、貴女には垣内志穂技官のお相手をして下さい……適当に、尻尾を見せながら、出来るだけ長く楽しませて上げて下さい。それが彼女に取って、最大の楽しみでしょうから」


 「分ったわ、そんな程度で良いのなら……」


 「彼女の仕上げは、私が行ないます。それと私は……他の方々にもアプローチを致しましょう。ドルジ卿にも、少しお手伝い頂きますわ。そして……残る坂井梨沙少尉ですが……小春の傍には彼女の様な仲間も必要でしょう。薫子様に指示を仰ぎながら、此方の陣営に招き入れます」


 「……貴女……この前、小春さえ居れば全て上手く行く……みたいな事を言っていなかったかしら?」



 アリエッタの言葉を聞いてヘレナは意地悪な笑みを浮かべ、突っ込みを入れる。


 「何も間違ってはいません……この戦いは小春が圧勝の内に終わらせるでしょうが……あの子の負担を減らせる様に、仲間は多い方が良いでしょう。坂井梨沙少尉が、小春の陣衛に下れば……分隊の彼等も自然に小春の元に集うでしょうし……。その際、分隊の強化を行いますわ。戦力としては、期待していませんが……小春のモチベーションが上がればそれで良いので」


 「……随分と、あの坂井梨沙少尉と、特殊技能分隊を評価しているのね」


 「ええ、彼女の生き様は……下劣なマールドムとは思えない程……清純で潔い。このまま、無下に終わらせるのは、余りに惜しい人材です。もっとも……トルア卿がラシュヒ卿と彼女について、何か画策されておられる様ですが……。

 特殊技能分隊の彼等も、戦闘力は皆無ですが、流石にトルア卿が集めただけ有って……気骨のある者達です。使い所によっては効果を発揮するでしょう」



 ヘレナの言葉に、アリエッタは淡々と自分の意見を伝える。



 「確かに……彼女の事には同意するわ……戦力として使えるかはともかく……」


 「……この戦いは小春自身が言っている様に……単純な力関係で勝敗は決まりません。戦闘力ではマニオス様に敵う者など在り得ませんから……。

 だからこそ、小春が鍵なのです。従って私の役目は、小春に取って有益となる布陣を整える事……。あの子の為に使えそうな人材は誰でも使います。その為の……坂井梨沙少尉であり、特殊技能分隊です。

 そして……いずれ、小春の親友である松江晴菜も小春の元へ引き入れますので……」


 「ああ……ロティ卿が気に掛けている子ね……それと……坂井梨沙少尉も、トルア卿が目を掛けておられる女性……。なるほど……“将を射んと欲すれば先ず馬を射よ”と言う訳ね……。全く油断ならない子よ、貴女は……」



 アリエッタの言葉を聞いて、ヘレナは納得しながら苦笑を浮かべる。



 「小春の為なら、私は手段を選びません……。それでは、私は薫子様の元へ向いますので、ヘレナ……後の事はお願いするわね」


 「ええ、小春の為に私は私で備えます……互いに頑張りましょう」



 透明な少女アリエッタとヘレナはそう言い合って消えた。梨沙と志穂は自分達すら、アリエッタ達アーガルム族の掌で踊らされているとは、夢にも思わなかった……。


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