257)梨沙少尉の過去
梨沙が中学生位だった頃……この国は第三次世界大戦の戦時中だった。
戦争の始まりは唐突だった。
主義の違う国同士の些細な衝突の後……収まりが付かなかった、双方の国は核兵器を使った。
……それにより第三次世界大戦が勃発したのだ。
第三次世界大戦の始まりと同時に……この国の首都にも核兵器が使われてしまった。
小型とはいえ使われてしまった核兵器の影響で、この国は大混乱に陥る。
先進国と言われる他の国々も核攻撃を受け、その結果……大国は大分裂を起こし大量の難民がこの国にも流れ着いた。
同時に分裂した大国の中で軍事力を有した派閥は組織化し、侵略行為をこの国に対し行う様になったのだ。
元より最低限の戦力しか保有していないこの国は、分裂した大国の侵略に無力だった。
初めは空から攻撃を受け、焼け野原になった都市に……今度は海から敵が侵略してくる。
戦地となったこの国には防衛する為の戦力が最初から不足しており、理不尽な悲劇が何度も繰り返された……。
そんな事で、混乱した非常事態の最中……当時は戦時中だった当時、自衛軍は致命的な戦力不足回避の為……志願してきた少年少女達を予備隊に入隊させ、兵役に付かせていた。
家族を亡くした梨沙は、復讐心に駆られ自衛軍の予備隊に、迷う事無く入隊した。
安中大佐も、そんな一人だった。彼も家族や友人を亡くし……戦場しか居場所が無かったのだ。
安中と梨沙だけでなく、予備隊には彼等と同じ年代の者達が集い……梨沙と安中は彼等と友人になった。
予備隊に彼等は、自衛軍に志願した理由は様々だったが……皆、共通してこの国の平和を望んでいた。そして、それは梨沙も同じだった。
だから、梨沙と予備隊の友人達は、暇が有れば……戦争が終わって平和になった後の事を、熱っぽく語り合った。
予備隊の仲間達の内……当時の安中は野心家で自己中心的な人間だった。
しかし戦時中の当時では強いリーダーシップが求められ、安中が飛びぬけて優秀だった事もあり……彼は梨沙が所属する予備隊で中心的な存在となった。
昔の梨沙は、復讐心に駆られ力強さに傾倒していた事もあり、当時の安中に言い寄られた際に、身も心も許してしまう。
当時の安中にとっては、梨沙は都合のいい多くの女の一人でしか無かったが……。
予備隊は、整備や補給と言った後方支援が主な任務だったが、いざ戦闘が始まれば関係が無かった。
激化した戦闘により、幾度となく梨沙達が居た予備隊も戦闘に巻き込まれ、攻撃を受ける。
……気が付けば、梨沙達が居た予備隊の同期も皆、戦死し……生き残ったのは梨沙と安中だけとなっていた。
同期の友人達が皆、戦死した事もあり……安中や梨沙は予備隊から、正式部隊へ配属され現在に至る。
自衛軍を抜ける……そう言う選択も梨沙には、確かに有ったが……先に死んでいった同期達の無念を想うと、梨沙は戦う事を止める訳にはいかなかった。
対する安中は、予備隊が壊滅した事の影響か……更に野心を燃やし、昇進に固執する。その時、付き合っていた梨沙を、手酷く捨てたのもこの頃だ。
この時の安中は……死んでいった同期の友人達の死を憂う所か……無駄死にと貶し、自分は無駄死にするのは御免だ、と吐き捨てた。
そして彼は、功名心に駆られ、昇進の為に他者を貶める様になった。
当時の安中の胸中に有ったのが、何だったのか……捨てられた梨沙は詳しくは分らなかった。
だが、予備隊の壊滅による友人達の死が……安中の野心を更に駆りたてた事は間違いないと考えていた。
呆気なく死んだ同期達を見て……安中は、上から使われる立場で無く、自分が使う立場になりたいと思ったに違いないと、当時の彼を良く知る梨沙は判断した。
安中の野心を燃やし、昇進に固執する態度は、梨沙自身だけでなく死んだ友人の無念すら裏切る事となる……。
そう感じた梨沙は、自分を捨てた安中の事を完全に忘れ、彼とは別な道を歩む事を決めた。
こうして死んだ同期達を想い、この国の平和の為にと……一兵士として前線に残った梨沙。
対して安中は功績を上げつつ、難関な幹部候補課程に合格し若くして少尉に昇進して士官となった。
そして……8年前、梨沙と再会した安中は……別れた頃からは考えられない程の善良な男となっていた。
その事に驚愕しつつも、梨沙は当時の捨てられた怒りと悔しさより……何度も侘びて来た安中に、梨沙は来る度、ぶん殴って恨みを晴らしていたが……。
有る事を切っ掛けに……友人からとして安中を受け入れた。
それは……安中が、死んでしまった同期達の墓参りを、梨沙に誘ったからだった。
正直、あの安中が予備隊の死んだ同期達の事を、憶えていた事も驚いたが……彼等の墓の前で涙を流した事に、強く心を動かされたのだ。
それから、梨沙は安中と友人として付き合い始め……再度、恋人関係に戻る事になった。
そんな関係になってからも、安中は……事ある毎に、予備隊の同期達の墓参りに梨沙を誘う。
穏やかで、常に梨沙の事を気遣う彼は……以前とは完全に別人になった。亡くなった同期達を想う心も、損得では無く、部下や上官の事を考えた言動も。
梨沙はすっかり変わってしまった、安中の事を深く愛してしまう。
だが……その変わってしまった安中が、梨沙の恐れる通り……自衛軍を裏切っていた場合……梨沙は、自分なりのけじめを安中に付ける心算だった。
善人となった安中が……仮に自衛軍を裏切って、この国に害する様なら……平和を望んで死んでいった、予備隊の友人達の想いを汚す事になる。
同じ予備隊に居た安中だからこそ……それだけは、梨沙は許容できなかった。
「……分ってるさ、皆……。皆の想いだけは裏切らせない。もしも……拓馬が“黒”だったら……アタシ自身の手でけじめを付ける。でも、自衛軍は連帯責任が基本だからな……」
梨沙は今は此処にいない仲間達に向け呟きながら、昔の事を思い出して、フッと笑う。
予備隊で、仲間の誰かがミスすると……上官命令で予備隊全員が、腕立て伏せをさせられた、苦い記憶を思い出したからだ。
「……アイツの失敗は、予備隊全体の失敗……。予備隊の生き残りとしてアイツだけに罪を被せらんねーわ。その後……アタシも後を追うよ。……だから、それで許してくれよな……?」
梨沙は死んでしまった予備隊の仲間達に向け、侘びた後……倉庫室を後にするのだった……。
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