256)梨沙少尉の疑念③

 梨沙が敢えて、目と耳を塞ぎ……真実を受け入れようとしなかった……安中大佐の疑惑について、思案している最中……志穂が声を掛ける。



 「……姉御は……もしかして、腹黒大佐が……自分の恋人が……奴らと繋がってるって……疑ってるんか……?」



 梨沙が確信に満ちた推理を話した後……志穂は彼女に向け、恐る恐る問うた。


 気を遣わない志穂らしく無い慎重な言い方の問いに……梨沙は、ゆっくりと首を縦に振る。



 「……出来るだけ、考えない様にしてたんだけど……拓馬は……安中大佐は……知り過ぎてるんだ。……まるで、先に起こる事が……分ってるみたいに……。今までの全ての事が……安中大佐の、手の平に有るとすれば……」


 「そんな……考え過ぎだよー! だって大佐も自衛軍って組織の一員だし……そんな権限有る訳無いじゃん! 奥田中将だって居るんだしさ!」



 梨沙の笑えない推理に、志穂は彼女を安心させようと、ワザと明るく否定した。


 あの安中大佐が、ドルジ達のスパイだとは……志穂には飛躍し過ぎだと思ったからだ。



 対して梨沙は、ずっと気になっていた“ある者”の名について語る。



 「……あのドルジって奴も。廃墟を凍り付けにしたローブの女も。この前現れたアルジェって女の子も。そして遊歩道をふっ飛ばしたリジェって奴も。皆……同じ名前を口にしてた。……トルアって名前を……。もし、トルアって奴と……拓馬が繋がっていたとすれば……全て辻褄が合ってしまうんだ……」


 「腹黒大佐が……そいつのスパイ!? まっさかー!」


 「……それを志穂……お前の力で、調べて欲しい。相手は真国同盟なんか比べ物にならない程の力を持った存在だ……。自衛軍の上層部や、マスコミすら支配する程な……。もしかして奥田中将すら……取り込まれているかも知れん。……無理を言って済まんが……こんな事、お前しか頼めない。杞憂なら、それで良い話なんだが……」



 志穂の疑いの声に、梨沙は落ちついて静かに答えた。そして最後に梨沙は頭を下げて志穂に頼んだ。



 志穂の持つ、ずば抜けたハッキングスキルなら……安中大佐の事も調べられるだろうと、梨沙は考えたのだ。頼まれた志穂は……。



 「……うーん、分ったよ……! 謎の巨大組織へのクラッキングか……。うん! やりがい有るね! でも……調べる過程で……腹黒大佐の二号さんとか三号さんの、彼女が出て来ても……恨みっこ無しだよ?」


 「その時は……拓馬を半殺しにするから、包み隠さず教えてくれ……。アタシも……小春ちゃんや玲人の周りを洗ってみる。彼女達が、恐らくカギだろうからな……。とにかく、この件……慎重に、身の危険が及ばん程度で調べて欲しい」



 志穂の冗談混じりの返答に対し、梨沙は真剣な表情で話す。



 「あいよー、その辺りは任して! 昔取った杵柄が有るからねー! それより、ちゃんと裏から手ぇ回しといてよ? 姉御から頼まれてのクラッキング中に、仲間のダルマ(分隊の伊藤)から捕縛されるなーんて事が無いようにね!」


 「……分った、出来る限りのバックアップはするよ」


 「用意して欲しい環境に関しては、私の方で纏めるね! それと……臨時ボーナスの方、期待してるから!」



 志穂は自信たっぷりで答えながら、要求を伝える。梨沙も志穂に危険なバイトをさせる自覚は有るので、神妙な顔で答えた。


 それを見た志穂はウインクして力強く答えながら、ちゃっかりボーナスを要求した。



 対して梨沙は苦笑を浮かべて頷くと、志穂はニヤリと笑って、そのまま倉庫室を出て行った。




 一人残った梨沙は……これから自分がやろうとしている事を冷静に振り返る。




 ……安中大佐を、自分の恋人を疑った上で……行動を起こす。


 その事は梨沙に取って小さい事で無かった。もし、彼が梨沙の考える通り、アガルティアと繋がりのある者であれば……それは国家や自衛軍に対する重大な反逆罪だ。



 安中がもし、そうした犯罪者で有れば……自分はどうなるのか……いや、自分は彼に対してどうすればいいのか。


 その事に対する結論は……梨沙の中で、実は決まっていた。しかし、行動を起こす前に……自分なりの整理が彼女には必要だったのだ。




 先日、安中から梨沙は……遅すぎるプロポーズを受けた。


 彼らしく指輪や花束も何も無い、質素なプロポーズだったが……それでも、梨沙は人生で一番うれしい瞬間だった。



 だが……その安中が、自衛軍を、駐屯基地や技能特殊分隊の仲間達を、そして自分を……裏切っているとしたら。


 今まで共に過ごした時間が偽造されたモノで、先日のプロポーズの言葉すら……嘘だったら。



 そう考えると、それだけで梨沙は砕けてしまいそうになる。いっそ、このまま知らない振りをしてる方が、良いに決まってる……。



 そんな臆病な自分の声に流されて……今まで、不自然な安中な態度や言動に、目を瞑っていた。


 でも……事態は、知らない振りを続ける訳に行かない所まで、大きくなってしまった。



 このまま、安中を放置すれば……この国と、自衛軍に所属する駐屯基地や技能特殊分隊の仲間達が、取り返しのつかない事になるかも知れない……。


 そう考えると、梨沙はもはや、黙っている訳に行かないと思ったのだ。



 梨沙が自衛軍の仲間達に、特に強い思い入れが在るのは過去に理由がある。



 「……やっぱり……拓馬の奴を、放っておく訳に行かないよな……そうだろう、皆……?」



 梨沙は、もう会う事が出来ない仲間達の事を想い……小さく呟く。



 そう呟いた、梨沙は目を瞑り、倉庫室の壁にもたれて……まだ若かった安中と梨沙の2人と一緒に、過ごした今は亡き仲間達の事を思い出すのだった。


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