243)フィルとの戦い③

 美術館中庭に現れた歪な巨人と少年……そして、それらを追って来た玲人と前原達。



 相対する彼らは今にも戦い合う構えだ。そんな様子を見た小春は、出来過ぎた状況にリジェが元凶だと気付き彼女に問い詰める。



 「リ、リジェさん! これはどう言う事ですか!? 玲人君と戦わないって戦わないって約束でしょ!」



 黒いスーツ姿の玲人を指差して小春は怒りながらリジェに詰問した。



 穏やかな小春と思えない怒り方に、給仕していたシャリアは目を逸らして気まずそうな顔をしている。



 「分ってるよー小春。始めに約束した通り、アタシは戦わない。アタシはドルジの奴より手加減下手だからなー。多分、この辺をムチャクチャにしてしまう。アタシ自身、戦うのは大好きだけど、小春と約束したもんなー」

 

 「そ、そうです!」


 「落ち着けって!  だからさ、今回の覚醒の儀では……戦うって言うか、練習? つうか試合みたいにしようって思ってさ、アタシの弟子の中でも一番小っちゃい奴を選んだんだ! アイツは小春のトコに居る妹と変わらん位の大きさだぞ? まだ子供のアイツとなら、マニオス様にとっちゃ試合どころか、遊びにもなんねーだろうけど」


 「で、でも!」



 満面の笑みで朗らかに言うリジェに、小春は戦闘態勢に入っている玲人を見て彼女の言葉に反論しようとする。



 そんな小春の様子を見て、彼女の背後に立つ護衛のローラ達は、適当なリジェの態度に困った顔を浮かべていた。



 「あの大きいガラクタは張りぼてみたいなモンで大した事ねェけど、アレはマニオス様の相手なんかさせられないから大丈夫だ! マニオス様の相手をするのは、アタシのチビ弟子一人だけ。あんなのがチョコチョコしても何の心配もいらねーから、安心しなよ小春ー。まぁ、駄弁りながらノンビリ行こうぜ」



 リジェは小春の頭をポンポンしながら、彼女を宥める。


 

 小春はリジェが言う小さな少年を見ると……確かに妹の陽菜と変わらない位の背丈で、どう見ても小学生だ。



 確かにリジェの言う通り、あんな小さい子供なら玲人に危険は及ばないか、と内心安心した小春だったが……数分後にはその想いは完全に裏切られる羽目になるのであった。





  ◇   ◇   ◇





 「……漸く、場が整いました……。それではフィル、改めてマニオス様に失礼が無い様に、精一杯頑張るのですよ」


 「はい、アルジェ姉様!」


 アルジェに言われたフィルは元気よく答えた。そして……玲人に向かって一礼した後、彼に向かって突進する。


 その速度は先程とはまるで違い、電光の様な鋭さだ。一瞬、フィルの体がぶれたかと思うと、搔き消えた様にでその姿を消した。



 (消えた!? どこだ!?)


 “玲人、頭上に気配が!”



 姿を消したフィルに、玲人は戸惑い思考する中、意識奥で父である修一がフィルの気配を感知して伝えてきた。


 修一の指示を受け、玲人は上を見る事も無く、瞬時にその場から飛びのいた。



 “ドオオン!”



 玲人が退いた瞬間、地を揺るがす大音響と共に、フィルが大地を踏み抜く。空中から飛び蹴りを喰らわしたのだ。



 玲人はフィルの蹴りを辛うじて躱したが、姿勢を正す間もなく、追撃が迫る。

 

 フィルは玲人の懐深くに入り込んで下から手甲と一体となった剣で斬り掛かる。



 姿勢を崩したままの玲人は何とか黒針で剣を受けた。だが、フィルは止らずもう片方の剣で薙ぎに掛かった。


 玲人は必死で黒針を生み出し、薙ぎを止めたが連撃に足元がふら付く。


 フィルは此れを見逃さず玲人の胴に蹴りを見舞った。蹴りを喰らった玲人は後方に吹き飛び、背後の木立に突っ込んだ。



 フィルは其れを見て、両手を前にすると……50Cm位の光球が生まれる。そして彼は迷う事無く玲人が突っ込んだ木立に向け、それを放ち……。



 “バガアアン!”



 爆音と共に木立は爆散し、炎に包まれた。




  ◇   ◇   ◇




 「ちょ、ちょっと! リジェさん、あの子小さいけどムチャクチャじゃないですか!? あ、ああ……玲人君……」


 「ハハハ! 大丈夫、大丈夫! あんなガキンチョのヘナチョコ攻撃なんて、マニオス様にゃ効かねぇよ! 小春も模擬戦の時に味わっただろ?」



 フィルの攻撃で吹き飛ばされ……光球により爆破された玲人を見て小春は叫ぶが、リジェは笑い飛ばすだけだった。



 「で、でも!」


 「心配要らないって! アタシが戦えば手加減下手だから、やり過ぎちまうけど……。元々弱いフィルなら、眠った状態のマニオス様と丁度、良い塩梅だよ。何より手足の一本や二本取れたって、私等アーガルムなら平気だからさ!」


 「全然、大丈夫じゃ無い……!」



 小春の抗議に、リジェは安心させようと答えたが……彼女の言葉に、小春は玲人の事が余計に心配になった。



 そう思って、窓の外を見ると歪な巨人と相対する前原達のエクソスケルトンが目に映った。



 彼等の事も心配になったが……エクソスケルトンを見て、有る事を思い出した小春は……平静を装いながら、意識奥に居る早苗に呼び掛けた。



 (早苗さん、早苗さん! ちょっと聞いて下さい!)



 “聞こえてるわ、小春ちゃん……。玲君の事でしょ? まさか、あんな小さい子が……あれ程強いなんて……でたらめ過ぎるわよ。早く玲君を助けに行きたい所だけど……、私達の横に居るリジェって人……多分、あのドルジと一緒位の強さよ? 彼女が私達を誘い出したのは……純粋に小春ちゃんや仁那ちゃんに会いたかったのでしょうけど……私達に玲君が戦う事を邪魔されたくなかった事も考えられるわ……“


 (分っています……。リジェさんは、多分凄く強い……あの小さい子よりずっと。此処で私達が玲人君を助けようとしても、簡単に押さえ付けられると思います。だから……前回と同じ作戦で行きましょう)



 冷静に状況を分析する早苗に対し、小春も脳内で同意する。



 “前回って……どうするの、小春ー?”


 “そうか……前回って事はアレを使うのね。確かに超特急で弘樹お兄様に一台は確保させた筈……。成程、行けるわ”



 小春の言葉を聞いた仁那が、意味が分からず問い掛ける中……早苗は小春の考えが分り納得した。



 (そうです、早苗さん。この場に玲人君と、前原さん達が居るって事は……きっと梨沙さんも居る筈……。つまり近くに“あの子”が居ます。わたし達のもう一つの体が……)



 “そうか! アンちゃんの事だね、小春!”


 小春の意図が分かった仁那は喜び答える。



 (その通りよ、仁那。以前の様にアンちゃんで玲人君達を助けましょう! わたしは気付かれない様にリジェさんと接します。その間に早苗さんと仁那の2人でアンちゃんを動かして下さい)



 小春の言葉に、早苗と仁那は同意した。小春の考えは、作戦指揮通信車に搭載されている戦闘用アンドロイド、通称アンちゃんを操って玲人を助ける心算だった。


 こうして小春はリジェの目を掻い潜り、アンちゃんで玲人達を助けるべく行動を開始するのであった。


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