228)愚か者達の声

 人気の無い静まり返った商店街。この片隅に古く潰れかけたバーの二階に薄暗い照明が灯っている。


 こんな場末のバーに来る客は誰一人も居ない筈だが……照明が付く二階には男達が集っていた。



 彼等は皆、酒を飲んでいたが……楽しげな様子は全くしない。その場に笑いなど存在せず、聞こえてくるのは怨嗟の声だった。

 


 「クソ! まさか、全員捕まるとはな! 腹立たしいぜ!!」


 集っていた男の一人が、突如興奮し出して椅子を蹴飛ばした。


 「……落ち着けよ、騒いで通報でもされたら面倒だろうが」


 別な男が、椅子を蹴飛ばした男を諌める。


 「でも、長田さん! このままじゃ計画が!」


 「まぁ。確かに人員は想定より減った。それが何だ?」


 諌められた男が、納得できない様で反論する。長田と呼ばれた男はメガネを掛けた優男だったが……何処と無く凄みがあった。



 長田と呼ばれた男は立ち上り、暗い顏をした男達に向かい話し掛ける。


 「……例の廃工場での自衛軍による襲撃……アレで我々真国同盟は多くの同志を失った。本来なら捕縛された同志達と合同で、今後の作戦で我々は華々しい戦果を挙げる筈だった。そう考えると、お前達の気持ちは良く分る」


 「「「「…………」」」」



 長田の言葉にその場に居た男達は、黙って耳を傾けている。長田が言う様に、此処に居る男達は、真国同盟のメンバーだ。



 彼等は廃工場に巣食っていた同志達と合流し、国立美術館のテロ行為を始めとする……様々な破壊工作を行う予定だった。


 その直前に、玲人達特殊技能分隊が廃工場を襲撃し、そこに居た真国同盟のメンバーは全て捕縛されてしまった、と言う訳だ。



 自衛軍に対する憎しみと、作戦実行が困難となった状況に悔しさを滲ませる真国同盟のメンバー達。そんな彼らに長田は話を続ける。



 「確かに……出鼻は挫かれた……。だが、気運は落ちていない。……見ろ」



 長田はそう言って新聞を放り投げた。その一面には先日の廃工場での事件に関して書かれていた。


 しかし記事にされていたのは廃工場に居た真国同盟メンバーが捕縛された際の事では無く……その後の大規模な破壊に関してだ。



 「……これは……廃工場群の壊滅と、その後の全氷結化現象に関する記事ですか? 同志達が捕縛された後に起きた事件だ。我々の破壊工作によるモノでは無い筈……」


 「その通り……この事件は真国同盟は関与していない。だが……自衛軍の発表は違う」



 新聞を見て怪訝な顔を見せる部下に答えながら、長田は記事の一文を指差す。



 そこには廃工場跡で行われた全ての破壊工作は、真国同盟によるものと自衛軍からの正式発表が記されていた。


 廃棄された中規模の工業団地一帯が、崩壊した後……大規模火災が発生し炎上していた工業団地は全氷結された。


 氷結された工業地帯の廃工場群は、真夏にも関わらず数日間凍り続けていた。


 何もかも有り得ない事件だったが、その全てを真国同盟のテロ行為に依るモノと自衛軍は発表し、世間ではその情報をそのまま受けいれたのだった。



 長田が指し示した記事を見た部下は、濡れ衣を被せられた事を憤慨する。



 「ええ、知っています。何故か、軍の連中は一連の事件を俺ら真国同盟の所為にしやがった! 奴ら、自分達の不手際を押し付ける気ですぜ!」


 「……確かに不可解な状況ではある……。恐らくは事故か……もしくは自衛軍の新兵器か……。自衛軍、いや国にとって都合が悪い事が起こったのだろう。それで奴らは我々に全ての責任を押し付けた……。だが、軍の奴らが俺達の所為にしてくれたお蔭で……真国同盟の名は売れに売れた! 本部の新見大佐から受けた情報では、そのお蔭でスポンサーからの手厚い支援を確保できたそうだ。今回の作戦次第では本部からの増援も含めた戦力の増強が期待できる!」



 長田の言葉を聞いた、部下の男達の徐々に険しさが消えていく。彼らは長田に大きな信頼を寄せている様だ。


 男達の態度が軟化した様子を見て、長田は話しを続ける。



 「だからこそ……今回の作戦は失敗できん。下準備は昨日の時点で終わっている……」



 長田は部下の男達に作戦を説明する。彼等の立てた作戦は国立美術館に対するテロ行為だ。 



 長田達は入念に準備して国立美術館の4か所にC4(プラスティック爆弾)を仕掛けた。


 工事業者に扮して巧妙に隠されたC4には起爆装置が取り付けてあり、長田達の遠隔操作で起爆する事が出来る。


 長田達、真国同盟のメンバーは観客が集まる次の休日に国立美術館に銃器を持って襲撃する心算だ。


 その上で国立美術館に居る観客達を人質にして捕まっている同志達の解放を求めて声明を出す心算だった。


 そして要求が通らなければ、人質を公開処刑し……最後にはC4を起爆して国立美術館を倒壊し、騒ぎに便乗して脱出する……それが長田達の計画だった。



 長田は作戦を伝えながら、力強く男達に鼓舞する。


 

 「……目的は捕まっている同志達の解放だ! そして事が済めば派手に爆破して撤収する。これはかつて無い程の大きな傷を現政府に与える事と成る! サイは既に投げられた。後は、現場での段取りが作戦の成果を左右するだろう! お前達、気合いを入れろ!」


 「「「「おお!」」」」


 「我等、真国同盟に栄光在れ!!」


 「「「「栄光在れ!!」」」」


 長田の号令を受け、その場にいた男達が一斉に大声で答える。かくして、国立美術館の大規模なテロ行為が実行される事となった。



 だが、長田達は知らなかった。彼らを歯牙にも掛けぬ恐るべき存在が待ち構えている事に……。

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