226)無謀な黒田

 リジェ達とファミレスで別れてから一人帰っていた小春は、今後の事について歩きながら脳内で早苗達と話し合っていたが……突然、小春の背後から声が響いた。


 「……君は、石川小春君だろ? ちょっと話を聞かせてくれないか?」



 その声は野太い男の声で……小春は何処かで聞いた事のある声だった。急に声を掛けられた事で慄(おのの)きながら、小春が振り返ると……。




 そこには……サングラスを掛けた男――黒田警部補が立っていた。




 小春に行き成り声を掛けてきた男は、警部補の黒田だ。彼の横には真面目そうな青年刑事の中崎も居る。



 「あー、覚えて無いかい? 以前、署に来て貰って……色々聞いただろう? 俺は黒田……警部補だ。コイツは中崎。俺達は警察の者だ」

  

 「えっと……その……」



 行き成り声を掛けられた小春は、戸惑い上手く応対できない。それもその筈……目の前の黒田と言う警部補は玲人に恫喝していた怖い相手だ。


 もっとも玲人は、その黒田を逆に恫喝して撃退してくれたが……。しかし今は小春一人だ。その事が彼女を不安にさせるが……。



 “小春ー! 大丈夫だよ、私が目の前の二人……やっつけてあげようか?”


 “そうよ、小春ちゃん! 今の私達なら、どんな相手だって負けはしないわ。怖がる必要なんて、無いのよ?“



 不安な小春を、意識奥から仁那と早苗が励ます。二人の声援を受けた小春は凄く勇気が湧いた。



 「……何のご用ですか?」


 「いや、君に少し聞きたい事が有ってね……。例の“マルヒト”の事なんだけど……」


 「わ、わたしには……そんな名前の人……知り合いは居ません」



 玲人の昔の名を出して、小春に問う黒田に対し……彼女は精一杯の勇気を持って答えた。


 「……分ってるだろう……? そう、あの時……君と一緒に居た小僧の事だよ?」


 「!? れ、玲人君は! こ、小僧なんかじゃ有りません!」



 愛しの玲人の事を小僧呼ばわりされた小春は、彼女にしては珍しく黒田に怒る。



 「そうそう、ソイツの事だよ! ソイツについてちょっと署で聞きたいんだけどなぁ」

 

 「ちょ、ちょっと黒田さん!? 何の罪も無い未成年を勝手に署に連行したら! また大野署長に大目玉喰らいますよ!?」


 「良いんだよ、お前が黙ってりゃな! ねぇ、石川小春君……時間は取らせないから、少しだけ頼むよ?」



 強引な態度で小春に迫る黒田に対し、部下の中崎は小声で彼を制止するが、黒田は一向に聞かない。



 「お、お断りします! は、話す事は有りません!」


 「あぁ? 少し話を聞かせてくれって、言ってるだけだろうが? 黙って言う事……」


 “バガン!!” 


 「うがああ!!」



 毅然とした態度で小春が断ったにも関わらず、しつこく迫る黒田だったが……彼の背後から突然赤い大きな何かが激突した。


 それは赤い自転車だった。人は乗っておらず、まるで黒田に遠くから投付けられた様だった。


 背後から行き成り自転車をぶつけられた黒田は地面に前のめりに倒れ、顔面を強打した。



 結構なダメージを喰らった筈だが、黒田は鍛えている為か、体をプルプル震わしながら起き上がろうとする。


 サングラスはひび割れ、鼻血を流しながら起き上がって背後に向かい叫んだ。



 「だ、誰だ!? こ、こんな真似しやがるのは!? って……誰もいねぇ!?」


 黒田は自転車が投げられた方に向かって叫んだが……其処には誰も居ない。


 

 その事に驚く彼は、小春が立つ前方から少女達の大きな声を聞いた。



 「……おおー貴重な場面を見ちまったなー? なぁローラ?」


 「ああ、キャロ。いい歳した男が……可憐な美少女に絡んでいるかと思えば、その男に不幸な事故が起こるとは! ククク……正に天罰だな。そう思わんかレーネ?」


 「あんまり馬鹿にしたら可哀そうよ、ローラ。でも随分派手に転がって……顔も血塗れで……自業自得って事かしら」



 明るい声で、黒田を嘲笑するのは……ローラ、キャロ、レーネの3人組の美少女だった。


 彼女達は、突然小春の横に現れ……自転車をぶつけられ、盛大に鼻血を出している黒田を如何にも馬鹿にした目で見下している。



 「だ、誰だ!? お前らは!?」


 「……私らは、小春の親友だ。逆にアンタ達こそ誰だ、警察を呼ぼうか?」



 強い口調で問い詰める黒田に対し、ローラが代表して答えた。彼女達は3人共揃って小春が通う私立上賀茂学園の制服を着ていた。


 ローラはアッシュブロンドを長く伸ばした目鼻立ちの通った美しい顔だちの少女だ。すらりと背が高く、手足が長いモデルの様な姿をしている。


 アガルティアに属するカリュクス騎士として小春を守る立場の彼女達だったが……地上に降りて時間が経過した為か……一般常識に流通し、言動も違和感が無い。



 「……此処に居る俺達こそが警察だが? 部外者は帰って貰おう」


 「へぇ……部外者ね……。レーネ、教えてやった方が良いんじゃないか? 大御門特技准尉に関する事は特別防衛秘匿事項になるって……。まーた、大野署長に処分される案件じゃないの? いや、下手すれば処分でも済まないかもな……確か違反した場合、刑事事件として扱われ10年以上の懲役刑だったかな?」


 「そうね、ローラ……。あれ? 其処に居る中崎刑事は、ちょっと前……自衛軍に所属する清水女史にこっぴどく怒られていた人じゃ無い? 確か、清水女史に二度と石川小春技官に関わるなって釘を刺されていた筈だけど……一度自衛軍に確認してみる?」



 黒田の言葉に、ローラが淡々と答え、次いでレーネが中崎の顔を見てワザとらしく答えた。


 以前、公園で小春を尾行していた中崎は……小春を防護する自衛軍の清水に捕まり、厳しい尋問を受けていたのだ。


 レーネに言われた言葉を受けて小心者の中崎はガタガタと震えだした。その様子を見ながらキャロが更に煽る。



 「その方が良いかー。アタシ、安中大佐の連絡先……丁度知ってるしなー」


 そう言いながらキャロは、携帯端末の画面表示を良く見える様に突き出す。そこに表示されていたのは間違いなく安中大佐の連絡先番号だ。


 「!? く、黒田さん!! こ、これ以上は本当に、拙いです!! 僕は降りますよ!!」


 ローラ達の言葉を受けた中崎は……自衛軍の尋問を思い出し大いに狼狽しながら逃げ出そうとしている。


 それもそうだろう……黒田達が行なっている事は違法行為であり……既に彼等は自衛軍から何度も警告されている身だ。勘違いでした、等と言い訳は通じない。



 ローラ達は黒田を見下しながら答え……彼は小さな自嘲気味な笑いを浮かべて呟いた。


 「ククク……そう言う事か……。お前達は、そんな格好してるが……自衛軍の護衛か、何かって事だな……。それで……そこの小春御嬢さんは、既に自衛軍の重要人物って訳だ……。それが分っただけでも収穫だな。おい、行くぞ中崎」


 「は、はい! し、失礼します!」



 黒田は背中を痛そうに抑えながら、中崎を連れて立ち去ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る