216)黒田の推理

 「……一体どうなってやがるんだ、此処は……」


 昨夜、大規模なテロ事件が起きたとされる、廃工場跡地を見回し黒田警部補は思わず呟く。




 彼は真国同盟の首魁、新見元大佐を追い続けており、捜査の為、この現場に来ていたのだ。



 「そ、そうですね……爆発した跡が彼方此方に見られますし……この長く広がる、圧潰した痕跡……全てが異常です」


 「……そうだな……自衛軍の発表では、全部……真国同盟の仕業って事だが……」


 黒田の呟きに答えたのは、部下の中崎だ。彼は破壊尽くされた廃工場群を青い顏で眺めながら黒田に話した。


 対して黒田は中崎に同意しながら、腑に落ちない状況を整理し始める。



 「真国同盟にこれだけの事を起こせる戦力が? ……それならば新見の野郎がジッとしている訳が無い。こんな廃工場をぶっ潰す位なら現政権の中枢である新国会議事堂を狙う筈。奴が捕まった時の様に……」


 「い、いや……黒田さん、そんな事より……この有様はテロ組織とかが、どうにか出来る状況じゃ無いですよ!」


 考えを整理しながら呟く黒田に対し、中崎は両手を広げて回りを示しながら叫ぶ。


 気の弱い所に有る真面目な中崎が、強引な上司の黒田警部補に異を唱えるのは滅多に無い事だ。そんな中崎でも黒田に面と向かって否定する程、周囲は異常な状態だからだ。


 「み、見て下さいよ! この状況! こ、こんな事、テロ組織……いや、人間が出来る事じゃ無いです! この辺り一帯が凍り付くなんて!」


 「……落ち着け、中崎。確か……自衛軍の発表では廃工場に設置されていた液体窒素タンクが、破壊された事で漏れ出た液体窒素により……廃工場群が凍り付いたって事だが、どう考えても嘘だな。

 この付近一帯を全氷結させる量の液体窒素が、廃棄された工場に長く保管されていた? そんな事有り得ないな……。

 液体窒素は沸点が低いから長期保存は難しい、て話だ。何もせず放って置けば気化によりタンクの内圧がどんどん上がり……安全弁が作動するか、そうで無ければ爆発するんだ。そんな事故は度々起こっているらしい」


 「そう、なんですか……? 俺、知りませんでした」


 興奮する中崎を宥めながら、黒田は推察を続ける。対して中崎は黒田に聞き返す。


 「ああ、俺の高校時代の友人に公立大学の助教授が居てな……、そいつにちょっと聞いてみたんだ。そいつから聞いた話を纏めると……液体窒素で此処全体が凍り付くなんて考えられない。

 ……にも拘らず、軍の連中は長期保管された液体窒素が要因だと……言い張っている。ろくに調べ様ともせずに……。自衛軍はそんな世迷言を平然と説明し……誰も突っ込まない……明らかにおかしな状況だ」

 

 「そうです。それに……この真夏にも関わらず……まだ凍り付いてるなんて……!」


 「ああ、しかも融ける様子も無いしな……。軍の発表に倣って、この状況を真国同盟が作りだした、と仮定すれば……奴らは途方もない新兵器を手にした事となる。その新兵器で奴らは廃工場群を破壊し、最後は凍り付かせた、って事になるのか……。

 そうすると自衛軍はその事実を知り、露呈を恐れて情報操作した? ……いや、それにしても無理が有る。自衛軍の情報操作にしては雑過ぎるんだ……。まるで隠す気が無い様に感じる。新見が新兵器を手に入れたにしても突拍子も無く、事後の行動が納得できない……」


 中崎に同意しながら黒田は推理を続ける。ドルジによって破壊された廃工場群は後から来たガリアによって凍り付けにされた。


 廃工場群を広範囲に渡り凍らされる事自体、異常過ぎる事だが……真夏の炎天下の中、廃工場群は融ける事も無く……凍り付いたままだった。


 こんな事が一介のテロ組織である真国同盟に出来る訳がない。にも拘らず自衛軍は、ろくに調べ様ともせず、この惨状は真国同盟と保管されていた液体窒素に依るモノだと公式に発表している。



 「……あのイベント会場での事件と同じ、か……」



 “有り得ない事態が起きている”そう理解した黒田は、とある事件を思い起こし呟く。彼が思い起こしたのは先日起きた、イベント会場でのテロ事件だ。



 真国同盟により引き起こされたその事件は、会場ビルを崩落させる程の大爆発が生じたにも関わらず、崩落した屋内においても死傷者は皆無だった。


 その他にも、既存の技術では絶対に有り得ない方法で切断された銃や……真国同盟のテロリスト同志が理解出来ない方法で撃ち合い自滅した事等……全てが“有り得ない”状況が山積みされた事件だった。


 あの事件も不可解過ぎる状況だったにも拘らず、自衛軍が情報を規制し……何事も無かったかの様に終息した。


 “全てが、誰かに、全て操られている”……黒田は、あの事件でそう感じ、第三者の存在を確信したのだ。


 「やはり……居るのか、第三者の存在が……。そいつらが、自衛軍を……この国を操っている……?」


 「……えっと、黒田さん……何を言ってるんですか?」


 「いや……何でも無い……。そう言えば、中崎……。例の石川小春って少女はどうだった? マルヒトと懇意にしていると言う……。お前自身、自衛軍に捕まってエライ目に遭ったらしいが」


  聞き返した中崎に対して、黒田は気になっていた事を尋ねた。


 「……どうもこうも無いですよ! 黒田さんに言われて……その子を尾行していたら……その子の護衛みたいな、変なローブ姿の連中に取り押さえられたんです。その後、自衛軍の取り調べを受けて……何とか、誤解を解きましたけど……もう嫌ですからね、そんなストーカーみたいな事は!」


 「ローブ姿の連中……何か、匂うな……」


 思い出しながら怒る中崎を適当に扱いながら、黒田は彼が言った“ローブ姿の連中”に引っかかるモノを感じた。


 (……やはり、石川小春には何か有る……。自衛軍を追うより、彼女に狙いを付けた方が良さそうだな……)


 黒田は“第三者の存在”の存在を追う為……引き続き小春を捜査する事を改めて決定したのであった。


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